2話 新月
これでも2話です
ルウの突然の依頼に、
「新月っ!!」
さっきまで自分の所に来いと取り合いをしていた一人が怒鳴る。
「横から来てその発言かっ!! 最近図に乗り過ぎじゃないか!!」
今にも殴り掛かりそうになっているのを、
すっ
シャイアと呼ばれた精霊使いの青年が間に入って、相手を怯ませる。
「悪かった。こいつにはきちんと教えておく」
サーシャと呼ばれた少女が詫びる。
やれやれと溜息を吐いて、とんでもない事をしでかしたルウを叱るように視線を向けるのも忘れない。
「サーシャ?」
「ルウ。彼女は冒険者の登録が終了したばかりだ。――意味分かるな」
「………つまり、講習も研修もしてないって事……あっ」
ルウは意味が分かったと顔を上げる。
「それは悪かったな」
「あの…?」
意味が分からない。
そんなセレンの態度にサーシャは再び溜息を吐いて、
「ここに来る前にこの界隈の常識を教えた方がよかったんじゃないのか」
とぼそっと後ろにいる護衛二人に文句を言う。
「……登録したばかりの人は講習と研修を受けるまで仕事は引き受けられないんだ。受ける場合はどこかのパーティーに加わっての行動だけど、ルウが声を掛けた事で、ルウが遠回しに自分のパーティーに入れようとしたという事になるんだ」
そんな事一切考えてないんだけどな。
呆れたように漏れる溜息。
「ごめんね。とんでもない事を言って!!」
「いえ……」
お気になさらずに。
そう告げるとほっとしたようにこちらを見てくる。
黒髪はよくいるけど、黒い眼は珍しい。
他の大陸の人だろうか……。
「でも、予約はさせてくれない?」
「はい?」
「君が講習終了したら俺ら……の依頼受けてくれるって」
「ルウ」
「だって、サーシャ。あの件は神聖魔法が出来る者しか無理なんだろう」
「………間違えるな。それは最低条件だ」
サーシャの叱るような声に。
「――俺の勘は彼女がいいと思うんだ」
ルウの言葉に。
「……………」
サーシャは何かを言い掛けて口をつぐむ。口をつぐんでいたがそっと視線をセレンに向ける。
「……あなたの名前は?」
サーシャが尋ねる。
「セレン………」
「愛称だけでいい」
正式名を言おうとしたら口を塞がれた。
「あたし達は新月。一人前になったとお墨付きを貰ったら冒険者協会を通して連絡をくれ。正式な依頼をその時にするから」
なんかとんでもない事を言われた気がする。
「あっ、あの……⁉」
「新月っ!!」
「――誤解ないように言っておくが」
サーシャが文句を言おうとしている他の冒険者たちに視線を送り。
「あたし達が欲しいのは前衛。戦士とか剣士だ。後衛はもういらん」
お前達が神殿関係者が欲しいのは分かるけど、こっちはそうじゃない。
「依頼達成のお金です」
受付の女性が今まで騒ぎに加わっていないなと思っていたらどうやらお金の用意をしていたようだ。
「受け取った」
シャイアがルウとサーシャに声を掛ける。
「ありがと。悪い」
いつの間に受け取りに行ったんだ?
ルウの問い掛けに、普通に行ったがと答えるシャイア。
「じゃあ、騒がせてすみません」
ぺこり
頭を下げて去ろうとするルウの服を掴んだのはとっさだった。
「姫様っ!!」
グレミオが叫ぶ。隠していたのに姫呼びしたらバレてしまうと思いつつ――とっくにバレているのを知らない――今は注意している場合じゃないと判断して、
「あの……」
呼び掛ける。
「えっと……?」
どうしたの?
ルウが戸惑いこっちを覗いてくる。
「あの……冒険者の……」
「うん?」
「実地研修は、こちらでどこに入るか選べるんですよねっ!!」
さっきまで対応してくれた受付の女性に尋ねる。
「えっ? えっ。ええ……」
まさか自分が声を掛けられると思ってなかったという反応。
それでもそう答えてくれたので、
「あの…わたくしがこの方々の所で実地訓練したいと希望を出す事は出来ますかっ⁉」
「姫様~っ!!」
グレミオが叫ぶ。
アレクの目が大きく開かれる。
(アレクさんが反応するなんて珍しいですね)
自分の発言がそこまでさせるなんて驚きました。
「………えっと」
ルウが困ったようにサーシャとシャイアを見る。
「………」
「ルウに任せる」
シャイアとサーシャの反応はルウに一任するもの。
「……この三人の主導権はルウが握っているんですね」
正直意外だ。
そうアレクが呟くのが耳に届く。
「う~ん。でも、前衛が欲しいんだよね」
「だな」
「ああ」
「だったらお断り……」
そう結論に達しそうになったタイミングで、
「セレンの実地研修には、私とグレミオさんも加わりますので」
アレクが言い終わる前にそう告げると。
「なら、いいか」
ルウの判断。
「いいのか?」
サーシャの確認。
「うん。――だって、この人」
ルウがアレクの手を見て、剣を見る。
「強いよ」
「――私からすればあなたも強そうですけど、盗賊なのが信じられない位に」
アレクの言葉に。
「俺は、我流だからね」
だから、剣士や騎士と名乗る程の腕はないから。そう告げられて、
「………そうですか」
にこにこ
アレクの表情は読めない。
「………」
ルウも困ったように目を逸らす。
「いくら急に言われても困るし、そっちも後ろで納得していない者が居るようだ。――一晩考えてから結論を出したらどうだ」
あまり長文をしゃべっていなかったシャイアがこちらを見て、そう結論を先送りする。
「風車亭に泊まっているから結論が決まったらこればいい」
シャイアがそう結論を出す。
「さっすが、そうすればいいのか」
「無理に結論を出す必要もないからな」
ルウが感心している。
そして、三人はそれだけ告げるとさっさとこの場を後にする。
「あの、さっきの新月と言うのは……」
アレクが受付に尋ねる。
「実力は折り紙付きですよ。前衛が居ないのに依頼解決は迅速ですし」
受付嬢がそう教えてくれる。
「盗賊と精霊使い。魔法使い。バランス悪いパーティーですけどね」
実力は折り紙付きですよ。
その言葉に。
「アレクさん。グレミオさん」
二人にお願いするように。
「わたくしはあの人達の所で研修を受けます」
「姫様っ!!」
依頼したい。
そう告げたという事は助けを求めているという事。
「わたくしは助けを求めている方を見過ごすわけにはいきません」
そう決意して引き受けるために彼らのパーティーに加わる事にしたのだった。
前衛がルウしかいない偏っているパーティです(笑)