0話 裏
まだプロローグです
魔力が集まる地。
「我らの魔力を奉げます」
そこには三人の人影。
「我らの魔力を贄に。我らの世界を救う光。今この地に降り立ちたまえ」
その声に導かれるように何かがゆっくりと姿を作り出した――。
学校の帰りだった。
親父が警察官で、警察官が学ぶ剣道道場があるからと小さい頃から通わされていた俺は、学校から家に帰るよりも直接そっちに向かった方が早いのでそっちに向かっていた。
「んッ?」
その途中。誰かに呼ばれたような気がした。
振り向いたら反応があった事を喜ぶように黒い靄が一瞬で俺を吸い取った。
そして、目の前には得体の知れないフードを被った三人の姿。
「ここはっ⁉」
どこだよ。一体何が起きたんだよ!!
慌てて――それでもとっさの時にどうなるか分からないからという教えで武器を探す俺はどこか冷静だったんだろうな――辺りを見渡すと。
「――わたくしの名は」
三人のうち一番手前に居た人物がフードを外して自己紹介をする。
風が吹いて周りの音が届かない中その名前だけはっきり届いた。
「我が名をもって、貴方様に隷属する事を誓いましょう」
すると。そのフードを外した人物の首に俺の手から謎の首輪のような光が現れてその首に絡みつく。
「これでわたくしは貴方様の所有物です。お好きにしてください。――殺す以外」
その人物が告げる。
「意味。分かんないんだけど……」
所有物?
「理を曲げてこの世界に召喚しました。近く魔王が復活するのを阻止してもらうために」
勇者様。
勇者と急に呼ばれる。
「えっ……?」
「異界では、どのような身分か分かりませんが、おそらく戦争とは無縁の世界でしょう。武術を学んでいても」
「………分かるの?」
「武器を持っていない。それでもとっさに動くように対応していた。それが武術をしていても実戦をしていない証でしょう」
さっきからこの人しかしゃべってないな。
「勇者様。僕は……」
「――奴隷宣言するのはわたくしだけでいい。黙ってなさい」
後ろに居たフードの……小柄な青年? 子どもかな? が口を開こうとするのを遮る。
……もう一人は端から傍観しているだけで動かない。
「意味が分からないと思いますが、貴方にすべてを教えます。貴方の質問も偽りなく答えましょう」
信じるか信じないかは貴方次第ですが。
「……じゃあ、勇者ってなんだ?」
「そのままです。この世界に現れる魔王を倒せる存在」
「じゃあ、阻止って……」
「それもそのままです。魔王はまだ完全に復活していません」
復活していない。
「隷属の証を結びました。それ故に貴方に告げます。わたくし達は魔王が復活するのを未然に防ぎたい。――自分の死と引き換えであっても」
「……………」
黙って傍観していた者が反応する。何かを耐えるように――。
「なんで隷属?」
「……わたくし達は本来の召喚方法とは異なるやり方をしました。それゆえ、本来なら事が終われば帰れるはずですが、帰る術を失いました
」
それは………。
「俺は帰れない……元の世界に戻れないという事か」
「――勇者として本来与えられるはずの名誉も栄光も閉ざされています。そして、本来ならこんな世界に召喚されずにささやかな幸せを受け取っていたはずなのにそれを奪ってしまいました。そして、わたくしは貴方に残酷な事をさせてしまう。あるのはひっそりと魔王を倒して、この世界で生きるだけ」
帰れない。
勝手に呼びだして!!
「ふざけんな!!」
叫ぶと同時にそいつの首が光り出して、
「くっ!!」
痛みに表情を歪める。
「姉上っ!!」
「……っ!!」
後ろで控えていた二人が駆け寄る。
「来なくていい……」
それを手で制したのはフードを外している唯一の存在。
「帰れないと言われて怒りを抱かない者などいない……当然だ」
罰せられるのは。
「……お前」
「いくらでも罰してください。だけど、この二人に手を出さないで下さい……。この二人はわたくしの我が儘に振り回されているだけですから」
「ちがっ⁉」
「わたくしは貴方からすべてを奪いました。それゆえ、いかようにも従いましょう。――死以外」
「………何でここで死に拘るんだ」
不自然だと尋ねる声は掠れている。
「それは……この身体を壊してしまったら魔王復活が早まるからです」
だからできない。
「………どうして」
「それがわたくしの罪だから」
「違いますっ!! 僕が!!」
後ろから叫ぶ少年? をもう一人が抑える。
「話してくれるか……」
聞くのを正直躊躇う。だけど、聞かないと判断できない。
「分かりました」
そして、長い長い説明をされる。
「”今の内容に偽りがあったら首が絞まれ”」
命じるが起きない。
それに安堵する。
「”全て告げているのなら自らの手で弟を殺せ”」
その言葉に抵抗しようと――聞きたくないと縋るように――変な風に力を入れながらも弟の首を絞める彼女を見て、
「”その命令はなかった事にする”」
と告げて、止めさせる。
「勇者様……」
「自分の命ならいくらでも犠牲にするけど身内なら偽りじゃ傷付けれないだろう」
本当はしたくなかったけど。これが真実を見抜く手段だ。
「誰にも評価されない勇者だけど、引き受けるよ」
そう告げると。弟が。
「我が名。………は貴方様に忠誠を誓います。命令に逆らう時は、この魂は貴方様の魔力として栄養になりましょう」
姉が止める間もない忠誠。
再び、出現する首輪。
その日から俺は勇者になった。
正規の勇者として評価されない。
泥を被る勇者として。
表よりも先の話です