No3 赤い電波塔
ここで私が住む街について説明しよう。半径50キロメートル、直径にして100キロメートル、月面にあるコロニーのように円形に形成されており、基本円外から出ることは出来ない。
もちろん、何事にも抜け穴があるように、手がないわけではないが、ただ永遠に広がる荒野に何か用事があるわけでもなく。
結果、私は街から出ることはない。
山來夕庫という人間には、これぐらいの世界が非常に適している。
◇
◇
◇
「ヤマクちゃん、このくれーぷ? おいしいね!」
一度家路に着き、その後学園で落ち合い、エルフ(仮)に街の案内を始めた。どこを案内しようかと考えたが、エルフ(仮)には行きたいところが決まっていたらしく、その区域を案内することとなった。
電車にておよそ20分。私たちは広大な自然公園の中心に建立された赤い電波塔の鑑賞に楽しんでいた。
もっとも、私は幼いときに散々見てきたので、見慣れたものであるが、エルフ(仮)にとっては違うらしい。
そして、楽しみ切ったエルフ(仮)とともに、近くのベンチにてコンビニで買った100円クレープを食べるに至る。
「うん。おいしいね」
日照りで熱く、疲れ切った体にこの冷たさと甘さはかなり嬉しい。癒される幸せを私は今感じている。
「ねえねえ! ヤマクちゃんのミルク味も一口ちょうだい!」
「いいよ。はい」
私はクレープをちぎり、切れ端を渡す。
「ありがとー! もくもく……おいしいー! ミルクの味がするー!」
ミルク味だからね。
「ヤマクちゃん、私のいちご味も食べる」
「頂こう」
同じようにエルフ(仮)からいちご味のクレープの切れ端を頂く。
……うん、やっぱりいちご味だ。いちご味でなかったらかなりの問題になるのだが、パッケージ通りの味であることを舌で確認すると、心が安心する。
イメージも好みの際もそれぞれ。いかに、自分の好む味付けをする製造会社を見つけるかが、食通のこだわりだ。
私は食通ではないけど。
「どう、おいしい?」
「うん。いちご味で安心した」
「その言葉に私が不安になるよ!?」
……?
何か不味いことを言ったのだろうか。エルフ(仮)の少女はぶつぶつと何かを言っているが、声が小さくて聞き取りにくい。
「ねえ?」
「はいっ!? なに、ヤマクちゃん」
私の声に吃驚している。正気に戻ったというか、現実に戻ったというか、我に返ったというか。様々な言葉が当てはまりそうだが、考え込む彼女の横顔は、プラチナブロンドの髪と色白の肌が映え、雅ということだけは確かだった。
もうしばらく見ても良かったのだが、今日は二人で遊びに来ているのだ。一人で妄想されては、せっかく二人で来た意味がない。
何より、今まで一人故の反動なのか、二人で遊ぶということを満喫したい私である。
「どうして赤い電波塔を近くで見てみたいって言ったの?」
なので、私は当初から気になったことを訊いてみる。本当は最初のうちに訊きたかったが、電車に乗って子どものように感激を表現する彼女に訊くタイミングがなかったのだった。
彼女の好奇心故であり、赤い電波塔をよく知っている私には分からない感情なのはもちろんなのだが、それでも態々近くで見る必要性がないと思う。
もっと言えばロボットの先生に訊くなり、画像や動画を見るなりすればいいだろうに。そのようにエルフ(仮)に言っても良かったのだが、なんだか無粋な気がした。
私は赤い電波塔を注視する。少し離れた程度であるので、その電波塔の巨大さを感じるには充分である。
そもそも、この電波塔は先人たちが築き上げた人類のシンボルとして残したく残したものらしく、電波塔としての役割はない。ただ、記念碑のようなものだとロボットの先生が言っていた。
「う~ん。よく分からないんだけど、何か大切なものだと感じたからだよ!」
記念碑のメッセージが伝わったのか、エルフ(仮)の好奇心を刺激することに成功したらしい。
文字だけでは伝わらないメッセージがこの赤い電波塔にはあるようだ。
◇
◇
◇
「あれ~、おかしいな~」
「てっきりこの街のレーダーだと思ったんだけど、機能してないな~」
「機械は存在しているから、文明レベルは高いと思うんだけど」
「う~ん? 何か意味があると思うんだけどな~」
昼とはまた違う、夕日の光を浴びた赤い電波塔の姿に、満たされたような表情で彼女は後にする。