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アクシデント=死神(1)

 滝馬室・仁喜ひとよし憤慨ふんがいていた。

 本当なら、とっくに役目を終えて、いつも通り有限会社ミズーリの業務に戻っていたはずだが、部下の優妃が被疑者の送検に立ち会いたいと諏訪警部補に懇願した為、詐欺のリーダーを見抜いた功績から、同行が許された。

 あくまでも、詐欺事件を証言する関係者という、体裁を成している。

 

 ――――警視庁の廊下。

 詐欺犯のリーダーを検察庁に移送する為、制服の警護官二人が被疑者の後方に付き監視する。

 口野の両腕に手錠、腰には逃亡を防止する為にロープが巻かれ、ロープの先は後ろを歩く制服警官が掴んでいる。

 

 その後方を諏訪警部補。

 部下の優妃。

 そして、滝馬室が連なるようについていく。

 

 彼は拒否したが、優妃によって強引に連れられて同行するはめとなった。

 優妃は滝馬室に、歩調を合わせると話かける。

 声は潜めているものの、浮足立ち、弾む声音は抑えきれないようだ。


「この事件やまも解決したので、これで私達・・も晴れて本庁に戻れますね」


「私達、か……戻る時は君だけでいいよ。俺は今の所に留まる」


「タキさんは刑事に戻りたくないんですか?」


「今更、戻ったところで役に立たないさ。加賀美君も会社の方が居心地よさそうだし。それにウチの会社が無くなったら、営業先のお客さんだって困るしね」


「もう捜査はしないんですか?」


「俺には営業職が向いてるよ」


 それの返しに優妃は、表情を曇らせ寂寥せきりょう感を覚えているようだった。


 一階まで降りると、一行は搬入経路を伝って駐車場まで足を進める。


 後少しでお役御免。

 また、いつものように満員電車で通勤し、営業先でお客さんと世間話に勤しみ、会社に戻れば部下である優妃の小言に肩身を狭める。

 いや、彼女は本庁に戻る気でいるので、もうヒステリックに責め立てられることもない。

 これからは、悠々自適に普通・・と呼ばれる生活を満喫できる。


 駐車場まで百メートル足らずのところで、目の前から台車で、山積みの段ボールを運ぶ業者の姿が見えた。

 緑の作業服、帽子を目深にかぶり、顔を伏せがちで荷を運んでいる。

 先頭を闊歩する被疑者と警護官は、台車を押す業者を通す為に、通路の左へ寄った。

 先頭が退けると、滝馬室にも業者の姿が視界に入る。




 ――――デジャブ。

 唐突に滝馬室の脳裏に、そんか言葉が過った。

 滝馬室はデジャブなど錯覚に過ぎず、その根底には必ず、過去の経験からなる因果があると踏んでいる。

 過去の経験と現結果との類似性。

 

 恐らく瞬間的な嫌悪感。


 自身の中で上手く概要が掴めず、歯切れの悪さがこみ上げる。

 嫌悪感の正体はなんなのか、彼は憂慮し探る。

 間違いなく、ふいに現れた"業者"に対しての嫌悪だ。

 しかし、なぜ見ず知らずの他人に、懐疑心が芽生えるのかはわからない。


 ――――――嫌な予感がする。

 早くこの嫌悪感を特定せねば、惨事に見舞われることは必須。 


 滝馬室は注意深く、現れた業者を観察した。

 帽子で顔の半分が隠れれたことで、類似する特長を捉えやすくなった。


 色白で青髭が目立つ、腫れぼったい唇。

 右の顔面が少し吊り上げられたように、口元を歪ませる。

 その異様さは、冥府より死神が迎えに来たような恐怖が、背筋を沸き立たせる。


 フラッシュバックが広がり、過去に見た残像と合致する。


 間違いない――――本庁の前にいたパーカーの男――――。


「優妃さん。あの男――――」


 滝馬室が隣の優妃に、危険を促そうとした時だった。

 

 業者の男が動く。


 押していた台車の振り上げ、被疑者目掛けて段ボールの山をぶつける。

 突然の事でひるむ先頭。

 鈍い音を立てて段ボールは転げ落ちる。

 箱の中から出て来たのは、ペットボトルの水。

 投げ出さたペットボトルは、雪崩のように警護官を飲み込む。

 警護官は突然の急襲に横転。


 口野を移送する警護官は憮然ぶぜんとする。

 段ボール箱に気を取られていると、男がズボンの又に手をいれて、何かを取り出す。


 ――――ナイフ。

 刃渡りは一〇センチ程。

 金属が放つ光沢とは違い、濁りのある刃先。


 警視庁の金属探知機をスルーして持ち込むことを考えれば、密度の高いプラスチック性のナイフと思われる。

 男は大声で叫ぶ。

 

「口野ぉぉぉぉおおおおお!!」

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