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滝馬室という男(2)

 大学卒業後、国家公務員総合職試験を受けるが、力及ばず不合格。

 続く国家公務員一般職試験で、努力が実り合格。

 警察学校をへて卒業後、巡査部長の階級を拝命。

 セミキャリアとして警察人生をスタートさせた。


 国家公務員総合職試験を合格した警察のキャリア官僚は、警察学校を出た後、警察庁に奉職することになるが、セミキャリアは卒業後、幅広い経験を積むため、各都道府県警や警察署を渡り歩く転勤組となる。

 

 いずれ出世して、部下に命令を下す立場になれば、きっと十代の時に味わった悲しみを繰り返さない。

 そう信じて滝馬室は、高見を目指し邁進する。


 仕事は激務ではあったが、昇進試験を乗り切り警部補へ。

 人事査定で評価され係長に任命。

 その後、警部に昇進し警視庁へ異動。

 警視庁内の人事を回されつつ、捜査二課というエリート集団に入り、社会を揺るがす汚職捜査に参加した。

 

 しかし、そこでは滝馬室の正義のあり方や倫理観は、足下から崩れさる。


 そこは見えない犯罪を見つける部署。

 犯罪者は善人を騙し、悪人にしたて上げるのもいとわない人種ばかりだ。  

 世の闇に紛れる連中は、見つけるのが容易ではない。

 当然、捜査二課の刑事達も合法的な方法では限界がある。

 闇は闇に溶け込むほうが手っ取り早い。


 汚職をした企業側から、汚職に関わった末端企業を教える代わりに、汚職を指示した大手企業を見逃すよう取引をした。

 

 摘発は八百長。

 企業にとって不都合な人間を、汚職の主犯に仕立て警察が、その人間を逮捕する。


 犯罪捜査も細く長く、というべきか。

 何年も何十年も、いつ尻尾を出すかわからない大物より、手近に捕まえ数を多く見せれば、大きな成果を上げたように見える。

 これにより、手柄を得て出世した刑事もいた。

 

 勿論、厳正に秩序を守り、公正に法を執行する立場の警察官が、嫌疑をかけられた当事者の持ち掛ける取引を、容認するとは言語道断。

 

 どんな司法制度にも該当しない、違法な"取引"だ。 

 

 なぜ、このような取引が、警察の内情を知らない、一般企業との間で出来たのか?

 

 それは、汚職をコントロールしている人間が、警察庁から天下りした警察官僚だったから。

 

 だがやはり愚行は人々の目に余るもの。

 度重なる不祥事で、警察機構の改革が叫ばれ始める。

 

 その時の滝馬室は、若かった。

 組織改革にほだされ、警視庁で内部告発をした。

 正義の為と信じて、たった一人で改革を起こそうとしたのだ。

 

 しかし、敵に回すには、相手が大きすぎた。

 

 滝馬室という男は、警察組織においては、一警察官。一人間。

 全国の警察機構で、二十九万人以上、在籍する職員の一人。

  

 警察機構の改革の名の下に、汚職刑事は淘汰されるが、それは表向きで、事実はうやむやにされた。

 汚職を疑われた刑事達は、転属願いを出し、逃げるように散り散りに消えて行った。

 

 それだけならまだしも、最悪なことに、汚職刑事達と主戦場を共にしいた滝馬室が、刑事部で汚職に関わっていたと認識され、組織の規律を正す警務課、しかも「警察の警察」こと、監察官から何度も質疑応答を受けた。


 不服なのが、警務課の人間は、端っから滝馬室が汚職刑事だと決めつけ、話を進めていた事だ。


 風紀を取り締まる警務課も、組織改革というお題目に、過剰に反応を見せた。


 ”あなたは警察に泥を塗った背任者だ”

「俺じゃない! どこにそんな証拠がある!」


 ”これだけ証拠があって、言い逃れできると思っているのですか?”

「こんな物知らない! 俺はハメられたんだ!」


 ”自分で人間としての価値を下げていることが、わかりませんか?”

「どうして解ってくれないんだ!?」


 ”罪を認めるまで、徹底的に追い詰めますよ…………”


 何て厳しい追及だ。

 完全な犯罪者扱いだった。

 同じ警察官なのに、まったく手心を加えない。

 監察官による連日の追求。

 辛辣な言葉で侮辱し、プライドを引き裂かれた。


 今まで自分が被疑者に対して、行っていた取り調べ。

 過激な言葉や好戦的な態度で、相手を牽制けんせいしてきた。

 犯人ホシを落とす自信もあった。


 なのに自分が、その立場に追い詰められるとは、夢にも思わない。

 屈辱的な厳しい追求で精神は限界だ。


 それにより取り調べに恐怖を覚え、これまで自負していた、自分の捜査への取り組みに不信を持ってしまった。

 もう、刑事としてやって行くことは出来ない――――。

 

 加えて、監察の取り調べ受けたことで、警視庁内での視線が変わった。

 

 ――――裏切り者――――


 そんな言葉が聞こえてきそうなほど、冷徹な目。


 他の警察官からすれば、監察対象となった滝馬室は、精錬潔白を嘘で塗り固めた偽善者でしかない。

 理不尽な扱いに、腹が煮えくり返った。


 だが監察に睨まれるというのは、こういうことだ。

 警察内部に置いて、クロだと言っても過言ではない。


 事実上、警察人生は終わる。

 起死回生はありえない。

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