水売るオトコ
そう言うと彼は、ノートパソコンのモニターをこちらに見せる。
モニター画面には、とあるブログが表示されていた。
シンプルかつ整頓され、誰が見ても馴染みやすいレイアウトだ。
ブログのタイトルは「水売るオトコ」
ブログの隅に貼られている、サイト管理者の写真は四十過ぎた会社員風の男で、満面の笑みを見せていた。
その屈託の無い笑顔は、隙だらけで、むしろ間抜けに見える。
滝馬室は写真の男に見覚えがあり、立ち上がった――――――――。
「お前ぇ!? これ、俺じゃねぇか!?」
「はい」
「『はい』じゃないよぉ~」
「サイバー犯罪で、犯人と思われる人物をあぶり出す時、犯人が食い付きそうな、ホームページやブログを発信するのは、常套手段です」
「つまり――――俺は囮で使われているってことか」
「はい」
「だから、『はい』じゃないでしょぉ~。俺達、極秘の監視任務をしてるんだよ? 顔出してどうすんのよ? しかも、なんだよ、このタイトル? 水商売してる人間のブログみたいじゃないか?」
滝馬室は顔をしかめ、迷惑そうに言う。
「早く、このブログを消してくれ」
その提案に優妃が噛みつく。
「何言ってるんですか!?」
中年独男が、部下の勢いに押され思わず黙ってしまうと、彼女は更に押す。
「ただ、見張るだけでは事は進展しません。ほうって置けば組織犯罪は横行すします。見張るだけと見逃しているのは、時に同じことです。こちらから仕掛けなければ、解決への糸口は掴めません! 加賀美さん。このまま、お願いします」
心強い後ろ盾を受けたサイバー捜査官の加賀美は、話の先を続ける。
「ここに、贔屓にしている業者とトラブルがあり。商品であるミネラルウォーターの仕入れが出来ず、困っていると、書き込んであります」
滝馬室の文句は止まらない。
「それ、本当にひいきにしている、ウチの仕入れ業者が見たら、どうすんだよ?」
「その為に、以前から仕入れ業者を、いくつもピックアップし代わりが利くようにリストアップしています。なので、別の業者を使えば済む話です」
「簡単に言ってくれるなぁ……もしかして、こんなことが、あることを考えていたの? 今まで、ずっと?」
「こんなことが、あることを考えていました……ずっと」
「えぇ~……」滝馬室は脱力する。
滝馬室は身分を凍結されているものの、曲がりなりに刑事だ。
常識外れの場面に、何度も出くわしたことがある。
ゆえに、大抵のことは驚きはしないが、さすがに、勝手にプロフィールを使われ、ブログを開設されただけでなく、本人になりすまして、内容を更新されたことについては引いてしまう。
ニ人の部下に、主導権を握られた滝馬室は、ダメ元で代案を投入する。
「ここまでする意味あるのかい? 警視庁で追ってる詐欺グループなら、向こうに任せればいいだろ? 俺達がやることは何もない」
彼の案に、優妃が過敏に反応した。
「そんなことありません! だからこそ警視庁を出し抜き、先に犯人を見つけて、手柄をたて警視庁に返り咲くんです!」
ダメだ。
この女は完全にのぼせ上がっていて、こちらのネゴシエーションが通じない。
滝馬室が諦めると、優妃はサイバー捜査官を支持する。
「加賀美さん。引き続き、囮をお願いします」