1話
神高野球部の雰囲気をひとことで表すと「ゆるい」。
選手のミスに対して監督から怒号が飛ぶとこもなければ、野球を通して仲間とぶつかる事もない。みんな「程々に」部活をこなしているのだ。その結果、3年間公式戦未勝利という不名誉な記録から抜け出せないでいる。
ただ、自分はこの雰囲気を批判する訳ではない。そもそも自分自身は「熱血すぎない」からこそ、キャプテンに選ばれたという側面もあるのだ。
去年の夏、先輩たちが最後の夏の大会を初戦敗退という結果で終え、秋になって自分たちの代の新チームが発足した。自分自身もレギュラーの座を掴み意気込んで望んだ秋季大会だったが、初戦であっさりコールド負け。この頃から部内の空気は、さらに「ゆるく」なっていった。
「石浦が辞めるらしいぞ」
秋季大会で敗退した翌日の練習前、副キャプテンの塩谷優輔しおや ゆうすけがそう切り出してきた。
「なんで、また急に」
「勉強に集中したいんだとさ」
一年生の石浦は、元々練習に出たり出なかったりの部員だった、ちゃんとした理由があるのならば、無理矢理退部を止める権限もない。
そうか。と返答をすると、塩谷は続けた
「あと、監督から聞いたんだけど、来週からサッカー部がグラウンド全面使うらしい」
「来週から?いつまでなんだ?」
野球部にとってグラウンドをどれだけ使えるかは重要な問題である。サッカー部に全面を使われると、野球部は内野部分の確保すら危うくなる。
「さぁ、サッカーの方の大会が終わるまでじゃないか?だとすれば結構長い」
「そんな・・・・監督になんとかするよう頼んでくれよ」
「頼んでもあの監督が動いてくれるとは思えんな」
野球部監督は現国担当教員の片野かたの先生である。秋になったというのにまだ日焼け跡の残る黒い肌と、がっちりとした体形でいかにもスポーツマンというなりをしている。一見頼れそうな雰囲気をしているが、その実体は「極度な面倒くさがり屋」。
「自主性」「放任主義」と言って練習メニューやノックを部員に任せることも多いし、土日練習にもなにかと理由をつけて出てこないこともある。
遅れて部活に顔を出した監督に、ダメ元でサッカー部とのグラウンドの交渉を頼むものの「『了解です』って言っちゃったし、もうムリ」と一蹴され不発に終わった。
こうして、神高野球部は後々まで悩まされることとなるグラウンド縮小問題を抱えたまま、二年生の秋は暮れていった。