第1話「登校初日、やっぱり寒い」
学校。
青春。
そんな美しいフレーズに必ずと言っていいほど付きまとう私の大嫌いな生き物。
リア充。
私はリア充が大嫌いだ。
奴らリア充という生き物は、元々フラットであったはずの人間関係に、何かと上下関係を付けるのが大好きな生き物であり、常に他者を見下しては、自分たちの優位性をアピールして、欲しくもない同情と哀れみを強引に擦り付けてくるという、なんとも身勝手な生き物なのだ。
そんな彼らの性質は、一途に『傲慢』という言葉で締めくくることができるだろう。
本来何事にも、例えば人間関係においても、自らの居場所やそこでの充実は自分自身でつかみ取らなければならないものであり、それは他人に与えられるものであってはならないのだ。
与えられた居場所など、所詮は与える側の身勝手な自己満足のためのものでしかなく、そこに愛だの友情だのは一切こもっていない。
もしそこにそんなものが感じられたのならば、それはただの錯覚だ、どこまでも傲慢な身勝手によって生み出された偽物でしかない。
そして、そういった偽物で作りあげられていく人間関係もまた、まさに根底からそうであるように、どこまでも中身のない偽物の関係でしかなのだ。
時間だけをひたすらに浪費して、それによって生み出されるのは中身のない偽物。
そんな無駄としか言えない空回りを、正しいと思って続けているのがリア充なわけだ。
それはもはや、リアルが充実してるとも言い難い。
全てが偽物によって作り上げられた錯覚に過ぎないのだ。
つまりリア充とは、表面上充実しているように見えるだけの、薄っぺらな偽物の充実感に酔っているに過ぎない愚かな生き物なのだ。
だから私はリア充が嫌いだ。
私はそんな愚かな生き物に成り下がるくらいなら、青春の甘い香りも、友人関係も、何も、何もいらない。
私はただ自分の信じる道をただ独歩していくだけだ。
たとえそれがいばらの道であったとしても、自分が選んだ道ならば、それはきっと本望だと言って片づけることができるはずだ。
ただの直観で、確たる証拠は無い。
無いが、道は足を踏み出す前ならば選択することができる。
進み切った先で来た道を振り返った時、そこにあった自分の足跡を見て、私はその時いったいどのような感情を抱くのか。
それは進んでみなくては分からない。
分かりようがない。
故に、そこに自分の足跡を見て恥じる自分がいるのか、はたまたこれでよかったと安堵する自分がいるのか、そんなことは足を踏み出す前は考えても仕方がない。
それこそ、私の嫌うリア充としていることは一緒で、時間の無駄なのである。
だから今は直観に過ぎない。確たる証拠はどこにもない。
だが、少なくとも私は、リア充なんていう腐った愚劣な存在にだけは絶対になり下がりたくない。
それが私、長井 竜美の、生きる上でのささやかな願いだ。
十月。
冷たい風が肌を撫ではじめ、秋から冬へと季節が移ろう境目の時期。
通学路は、真秋ならばその紅葉を楽しめたであろう色失った茶褐色の落ち葉で薄く覆われていた。
道行く人間は私一人ではなく、同じ制服を着た人間もいれば、これから仕事に向かうのだろうスーツを着た人間もいる、はたまた人間じゃないのもわんわん吠えながら同じ道を歩き、その飼い主であろう人間と共に、落ち葉をがさごそと掻き乱した。
少し行ったところのバス停で四五分ぼーっとし、バスに乗りこむ。
バス内は暖房が効いていて、外気温と内気温との違いを肌で感じる。
席に座った私は、首元から伝わってくる心地よい暖気に、家を出た時振り払ったはずの眠気を再び呼び起こされ、コクリと首を落としながら、夢の世界へのおさそいに身を任せた。
だがこれが不思議、目的地に着くのにしばらく時間があると知っていながらも、ここでは完全に眠ることができず、落ちるか落ちないかのすれすれのラインで意識をとどめておくのである。
これは少し不快だ、あまり好きではない。
睡眠とは、疲れた脳に休養を与え、そのうえ考えや記憶を整理するというとても効率的なものであり、それには労力を割く必要もなく、ただ無意識に夢でも見ていれば、覚醒したときにはそれはもう完遂されているという、少ない、というか皆無に等しい労力によって大きな成果を挙げるという非常に優秀な生理学的現象だ。
だが、私が今まさに味わっているこの、眠るか眠らないかの境界線をさまよっているかのようなこの感覚は、完全に眠っているわけではないのだから脳の休養もとれはしないし、ましてや記憶や考えの整理などされるはずもない。
さらに言うのであれば、眠ろうとするたびにそれを意思で引き戻すという、なんとも気の疲れることをしている。
これは、一の労力でもって現状を保つ、すなはち、何も生み出さない状況を維持するという非常に非効率的なものなのだ。
故に今すべきことは簡単だ。
中途半端に眠って体力を消費するより、カフェインでも取って強制的に眠気を吹き飛ばしてしまえばいい。
私は鞄の中に手を突っ込み、まだ暖かさの残るスチール缶の感触を確かめた。
家から持ってきたお好みの一本。目を覚ましたい時にはこれに限る。
取り出し、私は指をかけ力を込めた。
ぱしっという音が周囲に響き、自然とこちらに注目が集まる。
「あ、すいません・・・」
軽く首で会釈しながら、速やかに小さく謝罪の言葉を口にした。
なんとも言えない罪悪感を覚えながら、缶の中身をくいっと一気に口に流し込み、ついでに罪悪感も一緒に飲み込んで、やがてはコーヒーと一緒に消化された。
いや、これは誤算だった。
これからの高校生活、私はできるだけ周囲からの視線を浴びないように気を使わなければならない。
私のような人間は特にそれに気を使い、特別それを好む。
十分ほどバスに揺られていると、やがて目的地に着いた。
運転席の左にあるドアが、空気の抜ける音とともに開く。
地に降り立ち、外気を肺に送り込む。すると再び外気温は私の頬を軽く撫で、次に首元をさっと触っていった。
「寒いな・・・」
思わず声が漏れ出た、寒い。
鞄から地味な紺色のマフラーを取り出して、長い白髪もろともそれを首に巻き付けた。
首元を吹き抜ける寒風がなくなるだけで、だいぶ体感温度は変わるもので、多少はましになった。
マフラーに顔を埋めて、はぁと息を吐く。
息は布地の隙間を通って空中に白く残り、やがて消える。
横を独り、同じ制服を着た女生徒が横切った。
それに続いて何人もの生徒が私を横切って前方へと足を進めていく。
連られて、私も彼らの行く方向に目をやるとそこに目的地はあった。
「国立創府州大学付属高等学校・・・」
白い立派な門構えと巨大な校舎を前にして、私は思わずその目的地の名前を口にした。
国立創府州大学付属高等学校。
山の上に建てられたマンモス大学。国立創府州大学に付属する高等学校。
いわゆるお嬢様お坊ちゃん学校というやつで、ここに通うほとんどの人間が、大企業の御曹司やご令嬢、つまりはリッチ層の連中。
周りの生徒を見渡せば、一見普通の女子高生に見えるやからも、友達と一緒に会話しながら登校している男子生徒も、よく見ればその一つ一つの素行にはきちんと教え込まれた礼儀があり、どこか品があるように見える。
本来は四月の時点で入学式はすでに行われているのだが、私の登校が今日が初めてであることには、きちんとした理由があった。
私はいわゆる追認入学生というやつで、追いつき入学とも言う。
詳しくはウェブでともいかないので簡単に説明すると、受験は他の生徒と同じ日に受けたものの、様々な家庭の事情によってその後の入学手続きが遅れ、入学そのものが他の生徒と時期がずれてしまった生徒のことを言う。
まあ私にも様々な家庭事情があって、こうして入学が五か月近くも遅れてしまったのだ。
校門を潜り抜けると、まっすぐ生徒用玄関口へと向かった。
幸い事前に下駄箱の位置とクラスだけは電話で伝えられていたので、迷うことなく自分の下駄箱を探し出すことができた。
なんとそれは生徒用玄関口の一番奥の一番隅、しかも一番下の段。一番靴が取りにくい位置。
「はぁ・・・」
登校初日朝一番に憂鬱な気分に晒され、自然とため息が漏れる。
いちいち愚痴を言っても始まらないので、ここは妥協しておとなしく上履きに履き替える。
「今日ほんっと寒いね~」
「ほんとほんと~もう冬だね~」
「あ!手あったかいね~」
「うそ~そんな変わらないよ~」
陽気な笑い声と共にそんな会話が聞こえてきた。
目をやると、二人の女生徒が窓際で体を寄せ合って手を握り合っている。
私は表情を変えないが、それでもスリッパを持ち上げた手が一瞬止まった。
正直ああゆう女女子の会話はわからない。
寒くて温まりたいのなら暖房をつければいいし、もしそこにないのなら、こうやってカイロを握りしめていればいい。
ポケットの中に手を入れ、ぽかぽかカイロをぎゅっと握りしめると、その温かさは冷えた手にとても染みた。
ほら、わざわざ人肌に触れなくたって、こうしてぬくもりは確保できるのである。
ああやって友情という言葉を掲げて体を寄せ合い、その人肌を感じてぬくもりを得るという行為は、むしろ他人の体温を奪い利用する行為であり、あまり良い行いとは言えない。
それとも、あの女子達の間には友情以上ただならぬ密接なつながりがあるのだろうか、恋なのだろうか。
女の子同士の恋ならば私にも許せる、なんかああゆうのは見てて良い、百合最高。
スリッパに履き替え、人の行き交いが激しい廊下を抜ける。
なるべく目立たないように気配を殺して歩いていても、それでも完全に集視を抑えることはできない。
長い白髪に赤い目というなんとも異質な容姿は自然と人の注目を集めてしまう。
すれ違い際に何人かの視線は私を捕らえ、そのうち何人かとは目が合ったが、その度にすぐ視線を外した。
校舎内の構造は非常に複雑で、まるで迷路のようだ。さすが国立大付属校と言わざるを得ない。
当てもないまま歩いてても校舎が広すぎてらちが明かないので、階段を上る前に一度、壁に飾ってある校内案内図を確認し、職員室の場所を把握すると、その場所はすでに通り過ぎていたことに気づく。
私その場で踵を返し、この後上る予定だった階段の前を後にした。
生徒用玄関口の横を通り過ぎ、そのすぐ横にある保健室の向かい側。
そもそもスリッパに履き替えた後の最初の曲がる方向を間違えていたのである。
扉の上のプレートの『職員室』の文字を確認して、私は扉の前に立った。
その場で立ち尽くした。
なんだろう、職員室って別に何も悪いことしてないのに、なぜか入りずらいものだ。
たぶんこれは共感できる人多いと思う。
私は深呼吸をして、入室の覚悟を決めた。
恐る恐る手を伸ばして扉をノックし、失礼しますと小さく言って扉を横開ける。
中に入ると、そこにはすでに見知った顔がいた。
「おっはよう!新入生、さて、まずは自己紹介と行こうかな」
束ねた黒いセミロングの髪を肩から垂らし、同じ色を受け継いだ黒のスーツを着た女性が、腰に手を当ててそこに立っていた。
内心少し引いたが、それでも外面は平静を装った(つもりだ)。
「・・・・・聞かなくてもわかっているでしょう高橋先生」
「ははっ、なーに、前置きは物語において必要不可欠な大切ものなのだよ、何より物語が始まらない」
「物語の始まり方にはあまり意味がない、常にそこにある今こそがもう物語の一部なんですよ」
「・・・・・」
引き。まさかの引き。
ちょっといいこと言ったつもりだったが、そこまで響かなかったようだ。
「・・・・」
「・・・・」
沈黙。
目を合わせたまま固まる。
数秒後、英語主任、高橋清羅がにこりと微笑み、それに返して私も口元を緩ませた。
表情でのコミュニケーションは、たとえ数秒であったとしても、普通の会話の何倍もの情報が行き交うから怖い。
私は手を後ろに回して扉を閉める。
廊下にはかすかにガタンという扉の閉まる音が響いた。
だがそれは誰の耳にも止まることはなく、行くところ向かい行き交う人間の話し声と足音でかき消された。
新アカウント初投稿作品(作品と言うにはお粗末なものですが)「それでも私は生きなければ」いかがでしたか?
まず、最後まで読んでくれてありがとうございます。
これで終わりにしたくない気持ちは私の中にありますので、もし、ご不快な気分をそそらないものであるならば、次もがんばりたいと思います。