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雷帝のメイド  作者: なこはる
六章-神様ロックオン-
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六姫

 帝都の観光、その最初に選んだそのサクラ舞う庭園でしばらくを過ごした。美しいそれに言葉を忘れてしまったかのように誰も口を開かないので、空を見上げた。蒼穹を舞う薄紅の花は綺麗で、これだけ美しいのならお母様もきっとお喜びなのでは。いかがですか、お母様。


「ナナキ」

「どうか致しましたか、サリア」

「来て、皇帝陛下がお呼びよ」


 意外な人からの御呼出しに多少意表を突かれたと言える。さて、どう答えたものか。互いの立ち位置的には余り関わらない方が良いとも思うのだけど。


「ゼアン・アルフレイド、貴方もよ」


 主も?


 主と顔を見合わせて、失礼ながら少し笑ってしまった。だってその蒼い瞳には欠片も動揺がなかったから。どころかその表情はフロスト帝国の皇帝、その威光に平伏すものではなかった。それでこそ、と。そう思ってしまうのは、きっとナナキもずれていて、彼がずれていることが嬉しいからなのだろう。


 不純、けれど存外にそんなものなのかもしれない。人を好きになるということは、好きな人にそうであってほしいと思うことは、そんなにおかしなことではないのかもしれない。いつだって勝手、それが人間というものだとナナキは思うから。


「お兄様……」

「心配するな、ナナキも一緒だしな。むしろナナキがいなくなるそっちの方が心配だよ俺は」


 互いの身を案じる美しい兄妹愛を見た。或いは、育ちが同じであったのならナナキとレオンもこう在れたのかもしれないと、すごくどうでもいいことを思った。仕方ない、ナナキはアレが嫌いだ。あの弱さをお母様の血統と認めるわけにはいかない。


 と、あの間抜けのことなんてどうでも良い。それよりも、不安そうにされているミーア様に安心感を与える笑顔が必要だと思うのだ。となるとナナキ、そうナナキの出番だ。マスターメイドたるもの、いつでも手鏡は持ち歩いている。鏡の向こうのナナキにこんにちは、今日も綺麗だね。


 髪良し、笑顔良し、意気や良し。問題はなく良好そのもの。きっと最高の笑顔をお届けできること請け合い。ナナキの笑顔であれば厄を払うくらいの加護は当然、家内安全、金運上昇、天下無双に一騎当千などなど様々なご利益があって然るべき。


 うん? 最後の方は違う? なるほど、友よ君は博識だ。でも細かいことはどうでも良いのだよ。大事なのはナナキが居れば大丈夫と伝えることだから。そのためにも今必要とされているのはやはりナナキスマイル。ミーア様の不安を吹き飛ばし、アキハやフィオさんに勇気を与えるナナキの笑顔。


 篤と見よ、画竜点睛のナナキスマイル。


「ご安心くださいミーアさ――――ぐえぇッ!?」

「頼むわよ? 本当に頼むわよナナキ?」

「ミ、ミーア様!? 首! 首締まってます!」

「フィオは黙ってなさい!」


 ナナキの意識が吹き飛びそう。



 サリアの先導に従って進む大理石の酷く長い回廊。雷帝時代に幾度も通ったこの回廊に少しばかりの懐かしさを感じながら、主の背中を見る。臆している気配は微塵もなく、物珍しそうにこの回廊のあちらこちらに目を向けているあたり、彼に限っての心配は不要に思える。


 特に会話もなく歩き続けた果てに、たどり着いたその一室で彼女(・・)は待っていた。


「久しぶりだな、ナナキ」

「ご無沙汰しております、皇帝陛下」


 亜麻色の髪をした長身の女性。鋭いその眼に映る鳶色が、ナナキを見ていた。身に纏う装束の全てには皇家の紋章、歳の頃はおよそ四十前後。前にお会いした時より、少し老けたかもしれない。


 ふと、何かを待っているかのような間を感じた。思いつくことと言えば、なるほど、ナナキが頭を下げるのを待っているのだ。既にナナキが彼女に対して頭を下げる理由はないというのに、少しばかり滑稽なので口を開くことにする。


「お呼びとのことですが、どのようなご用件でしょうか」

「…………シルヴァやエンビィから聞いた。予言についての仮説、ナナキの体質についてだ」


 彼女の顔が歪むことはなかったけれど、少しばかりの間に何かを思ったのだろうということは察せた。だからナナキは会わない方が互いのためなのでは、とそう思ったのに。


「予言のことはどうとでもなる、それは良い。だが問題は、”完成していた“ということ。単刀直入に言おう、戻ってこいナナキ。お前には人類のためにするべきことがある」

「お断りします」


 何言ってんのコイツ。


「皇帝の言葉に従わないつもりか。エンビィから教わっただろう、ナナキ」

「はい。ですが私が優先するのは母の教えです。貴女の言葉じゃない」

「人類は我ら皇家の言葉でこれまで生き残ってきた。それがわからないか?」

「ならば滅びてみますか、貴女の言葉で」


 ナナキにはそれができるよ、皇帝陛下。


「……見えるな、奴の意志が。死して尚、この私に牙を剥くか……六番目」


 よくわからないことを口にした彼女は、表情を一変させた。一つだけわかるのは、今のナナキが彼女にとって好ましい状態ではないのだろうということ。皇帝アベルタ・G・フロスト、彼女の瞳にはナナキじゃない誰かが映っている。


「あいつは気付いていたのだろうな。だから私が制御できないように育てている。人類の存亡よりも己の娘の命を優先した愚かな女、ああ忌々しい。人類の悲願を邪魔するかのように、その鍵に生き残ることだけを教えた。そして奴の思惑通り、コントロールのできない怪物だけが今ここに居る」


 語り出した何か。それはきっと、ナナキのルーツなのだとわかった。けれど然程の興味もなかったから、適当に聞き流す。だってそれを知ってもナナキは変わらない、ナナキは必要なことは全てお母様に教わったから。


「エンビィの報告を聞いた時に気付くべきだった。特別な存在と、そう言い聞かせていたという意味を。まさか七番目で完成するなどと、都合の良いことはないと思っていた。その浅はかさのせいで、奴に先を越された」


 奴、それが母ムツヒメのことであるのなら、皇帝陛下とお母様は敵対していたということになる。おやおや、それはもしかすると、皇帝陛下はナナキの敵となるのでは。お母様が討てなかった敵だと言うのなら、ナナキは娘としてその心残りをなくしてあげないといけない。いかがだろう。


「……ゼアン・アルフレイド、ナナキに命令しろ。私に尽くせと」

「それが俺を呼んだ理由か?」

「お前が主なのだろう。ナナキが母親の言葉を誇りだと言うのなら、お前の言葉には従う筈だ」

「帰るぞナナキ」


 イエスサーナナキ。不肖ナナキが先導仕る。こちらでございます。


「止めろサリア」


 ――――ああ、邪魔だなコイツ。


「そろそろぶっ殺すぞ?」


 その首を掴んだ。捻ればコイツは死ぬ、とても簡単なこと。


「……私が死んだら人は滅びるぞ」

「ンフフ」


 それが?


「ま、待ってナナキッ‼ お願い待ってッ‼」


 一歩も動くことのできなかったサリアが懇願している。だけど、ナナキはいつも敵は殺してる。だって敵は生かしておくと邪魔をしにくるから。シルヴァやサリア、ライコウにエンビィ。五帝の皆とは関りがあって、色々な感情を持った。でも、コイツはもうナナキに必要がない。


 だったら殺――――


「二度も言わせないでくれ。帰るぞナナキ」

「グゥグゥ!」


 申し訳ナナキ、反省のぴょんぴょん。


「なんでウサギになった……」


 戒め。

挿絵(By みてみん)


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