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雷帝のメイド  作者: なこはる
六章-神様ロックオン-
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 ほんの少し前、そこはナナキが守るべき聖域だった。


 皇帝陛下のために、延いては多くの人々のために、そう教わって手に取った剣はもうここにはない。それはもうナナキには必要がなくて、捨ててしまったものだから。要らないよと突き返されて、命まで狙われた。それなら、もうそれを拾うことはないのだろう。


 だからナナキは歩く、自分の足で。


 確かにそれは裏切りで、敬愛なるお母様の御言葉を疑う切っ掛けになった。袂を分かったその時は、少し苦しい感情を持ったりもした。けれど、おかげで出会えた人たちがいる。それは歩いたから、世界に否定されてもナナキが歩き続けたから。負けない強さがナナキに在って、歩ける足が在ったから。


 足は進むためについている。思い返せば、いつだったかに帝都に住み、続く平穏に居心地の悪さを感じたことがあった。それはきっと、止まっていたから。尊敬する母に、大好きな母に特別な人間だと、そう言われたナナキが止まっていて何とする。そうとも、ナナキは特別だ。


 だからナナキは進む。


 そこが聖域だろうと、禁断であろうと、そんなものは全てナナキが振り払う。あの日、夕が掛かった校舎の屋上で誓いを立てたのだ。あの時に契約は結ばれた。ナナキはそれを幸福に思う、彼の進む道に共に在りたいとそう願う。


 ――――そう願うのならば、叶えてしまおう。


「道を譲りなさいライコウ」

「ぬぅ……ッ」

「それとも、ここが貴方の命を使う最後の場所ですか」


 立ち塞がる巨大な影に問う。


 ナナキにはわかる、ライコウはもう長くはない。魔法壊死に蝕まれた第二世代、人類の礎となった第一世代から生まれた彼が今生きているだけで十分に奇跡。第二世代の大半の人間は子供を作り、この世を去っている。人類のために尽くしてきたその誇り高い命の使いどころが、この場所で良いのだろうか。


 もし、それで良いのだと、そう言うのなら。ナナキが終わらせてあげよう。


「別に良いじゃない、観光くらい。皇帝陛下に何かする気があるならあの会談が終わった後にやっているでしょう」

「お前もかサリア……お前ら女性陣はナナキに甘すぎだッ‼」

「御言葉だけどね、シルヴァ。貴方の考え方は無鉄砲過ぎるの。”ようやく“ナナキと戦う理由がなくなったのに、たかだかサクラの木を見せる見せないでまた殺し合うつもり? ナナキを敵に回すリスクを考えなさい」

「それではこいつはやりたい放題ではないか!」

「なら勝てるの? 貴方」

「ぐッ……‼」


 サリアの言葉に口元を歪めるシルヴァはさておき、意外にもナナキの加勢をしたサリアを見る。多くの人はナナキと目を合わせるとどうしてかすぐに逸らしてしまうのだけど、サリアやエンビィは違う。サリアの澄んだ瞳に悪意は見えない。何かしらの打算も無さそうだ。


 ではどうして、と考えるまでもない。彼女はナナキと戦いたくない、当然の感情を持っているから。それはエンビィのような愛情とは違って、世界を守護する天帝としての感情。剣帝シルヴァは五帝の頭目というその立場から認めることはできない。けれど、彼女は違う。


 ナナキには勝てない、その結論を出している。


「では、参りましょう」


 待っていても時間の無駄、シルヴァがこの答えを出すのはまだ先。それに付き合ってやるほどナナキは優しくもなければ暇でもない。葛藤するシルヴァを堂々と横切って、未だ立ち塞がるライコウを睨んだ。言葉は不要、ナナキは一度言った。そこをどけと。それでもどかないのならば、ナナキが払う。


「…………」


 諦観、静かにライコウは下がった。これで阻むものはない、実に良い結果と相成った。こういう時には笑顔が必要だとナナキはナナキへと提案する。五帝の皆さまには心労もあったことだろう、労いの笑顔、実に友好的な対応ではなかろうか。それでは参ろう、刮目せよ。


 大感謝のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。


「……チッ、こっちだ」


 わざとか貴様。


 狙ったかのように踵を返したシルヴァに遺憾の意。ぶっ殺したい衝動に駆られるが、博識なナナキは知っている。憤怒、それはナナキの大罪の一つ、慎むべし。主の従者として相応しいナナキで在らなければ。さすがナナキ、立派なメイド。


 けれどせっかくの笑顔、せめて主には見て頂きたいところ。いかがですか、我がある――――


「何を笑っているのかしら、ウサギさん?」


 …………ギィギィ!



 人気のないその庭園にたどり着けば、後ろからは多くの息をつく音が聞こえた。


 薄紅の園、幸いにも今日は天気が良く、皆さまの瞳に映るこの光景は最高の状態のものとなる。かくして、彼女はたどり着いたと言えるだろう。それを目的に帝国騎士を目指していた彼女にとっては、大幅なショートカットになってしまったのかもしれないが、それは自身の運を褒めるべきだ。


 ただひたすらに求めていたという、ニッポンジンの愛したサクラの木。空に舞う美しいこの花びらに、それを咲かすその木に、彼女は何を想うのだろう。無くなってしまった故郷か、或いはそれを教えてくれた両親か。尋ねるのは後で良い、何せナナキと彼女は友人なのだから。


「…………」


 瞬くこともなく、その光景を眺め続ける彼女には、しばしの時間が必要だろう。


 それからは、ただただ静かな時間だけが流れた。ナナキとミーア様、フィオさんを除けばサクラの木を見たことがない面々、この木に心を奪われるのは当然だとさえ思える。それくらいに、この薄紅の花を咲かせる木は美しい。


 声を出すこともなく、誰もが光景に触れていた。ナナキとしても、この美しいサクラは好きだ。久しく見ていなかったこの美しさに触れるのは心が癒える。それがニッポンジンの血なのかは存じ上げないが、綺麗なものは綺麗、それで良いのだ。


 できることなら、お母様にも見せて差し上げたかった。


「……ありがとうございます、ナナ……いえ、ナナキさん」


 ナナでもなく、様でもなく。


 ならば私たちの間にはもう、偽名などは不要なのだろう。彼女の悲願は成った。目的を終えた人間が何をするのかはナナキは知らない。ナナキは未だ未熟で、目的を達成したことはないから。だからアキハさんを、ナナキの友人を見た。


 風に靡くナナキと同じ黒曜の髪、亡き故郷の花びら。清々しい、良い表情をしていた。迷いもなく、次を見ているのだとすぐにわかった。それでこそナナキの友人に相応しいと思うのだ。彼女は誇りを持ってその先へと進むのだろう。


「それなら、感謝を頂けるのなら」


 見返りを求めよう。


「いい加減、要らないのでは。アキハ」

「……そうですね、ナナキ」


 二人で笑った。同族だからではなく、同じ従者からではなく。余りに慣れていないせいで、勝手もわからないことが多かった。彼女は五帝でもなければ、神でもない。それでも、この笑顔と言葉をアキハに送りたいと思ったのだ。


「おめでとうございます、アキハ」


 ナナキの初めての友人へ。

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