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雷帝のメイド  作者: なこはる
序章-マスターメイドナナキ-
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愚は踊り勇は立つ

 教師の入室と共に、それぞれの従者たちは教室から退室していく。ナナキもそれに倣い、無言で抗議の視線を向けてくる我が主に一礼をしてから退室した。主からの説明が正しければこれからおよそ三時間程、休憩を挟まずに授業があるとのことだ。それが終わったら弁解しよう。それはもう粛々と。


 およそ三時間の間にナナキがするべきことは、校舎内の構造の把握。これはメイドというよりは帝国騎士の癖ではあるが、有事の際に地理がわからないでは話にならない。従ってナナキは迅速にこの校舎、並びに周辺の地理を確認しようと思う。


 そんな暇ではないナナキの前に、三人の騎士が立ちふさがった。初めまして、ナナキです。急いでいるのでこれで失礼致します。どうぞお構いなく。


「お待ち頂きたい」


 お断る。ナナキは忙しい。


 制止の声に笑顔で応答ナナキスマイル。三人の騎士の横を通り過ぎれば彼らはしばらく固まり、我に戻ると同時に声を荒げた。


「なっ……!? ま、待てと言っているッ‼」

「貴様ッ、無礼だろうッ‼」


 立ち止まらないとは思ってもみなかったのだろう。なるほど、ナナキの前に我が主に仕えていたメイドはこういった嫌がらせを当たり前のように受けていたのだろう。相手は貴族やそれに仕える誇りなき騎士、さぞや心が折れたことだろう。


 だけど、その現状をただ受け入れていたのなら、それは脆弱だ。


 人には意志がある。それを伝える術がある。言葉にするのでも、行動でもいい。顔も知らない前任者、貴女はその努力をしただろうか。意志を貫けなかったのなら、それは弱さだ。弱者は強者に助けをもとめるべきだ、それは恥ではない。傍に強者が居なかったのなら、それを探す努力はしただろうか。


主は言った、前任者は嫌がらせを受けていたと。従者が主に心配されて何とする。


「止まれと言ってい――――うおッ!?」


 拝聴せよ、ナナキは強者である。


 彼らがどれだけ怒ろうと、どれだけ持っている技術の全てを尽くそうと、その手がナナキに触れることはない。彼らがナナキの歩みを止めたいのであれば、膝をついて頭を下げなければいけない。あの教室で唯一その胸に誇りを宿していた騎士を見習って、許しを乞わなければいけない。


「な、なんでっ……‼」

「こいつちょこまかとッ‼」


 強者は悠然と歩み、弱者は道化の如く踊る。友よ、ナナキは間違っているだろうか。いいや、聞くまでもない。ナナキは正しい、ナナキが正しい。この身が敬意を尽くすのは我が主ただ一人。誇りを持たない虫に誰が敬意を払うというのか。ナナキには虫の言葉はわからない、人の言葉を話せ俗物。


「止まれと言うにッ……!」


 止まらない。


「人の話を……ッ!」


 人ではない。


「この無礼者ッ‼」


 鏡はあちら。


 ナナキは敬愛するお母様から誇りを学び、大自然に生きるための強さを学んだ。君たちは誰から何を学んだ。その立派な体躯は、その品質の良い剣は何のために用意した。その答えも持たない愚か者は愚か者らしく踊っていればよろしい。


 笑ってもらえればそれは幸運だ、喜んでいい。ナナキの笑わせたい人は、もうこの世界にはいない。どこにもいない。もう会えない。だからナナキは強いんだ。誇りを捨てたのなら恥など持つな、這いつくばって生きていけばいい。お似合いだ。


「おの……れ……ッ!?」

「いい加減にしろッ‼」

「このおおおおッ‼」


 かくして、愚か者たちは踊る。手を伸ばし、足を動かし、時には魔法を行使してでも。楽曲もなしに踊る彼らにナナキは歌をあげた。昔、愛する母がよく口遊んでいた歌だ。さあ踊ると良い、ナナキは特別だから仕事をしながらでもしっかりと見ている。


「~♪」


 この歌は、母に届くだろうか友よ。



「彼女が優秀だったのです」


 弁解の時間、張り切って参りましょう。


「気付かれたか?」

「……どうでしょうか」

「君が尽くすべきは俺だ。それにここには誰もいない」


 さすがは我が主。言葉を選んだことをすぐに見破られた。ナナキは誇りのある人間を好む、それ故にあの誇りある騎士に気を遣ってしまった。あるまじき失態、お詫び致します。御言葉を胸に刻み、次からは真実を告げることをここに誓います。


「あの程度であれば気付かれることはないでしょう。とはいえ、稀に鋭い感覚を持った者が居ます。彼女のように」

「アルカーンが雇った従者をあの程度、か。さすがに格が違うな」


 違うのは次元なのですよ、我が主。


「ヴィルモットは大層お冠だったよ」


 見下していた家柄の者に絡んで従者に噛まれた、それはそれはお冠だろう。捻じれすぎて千切れているのではないかと思う性格だ、いったいどんな報復を考えているのやら。けれど問題はヴィルモット・アルカーンではなく、我が主だ。


「……さて、どうしたものか」


 我が主は相変わらず、表情を変えない。


 たった一人の優秀な騎士によって我が主は窮地に陥った。ナナキを雷帝ナナキと知って雇ったのは我が主、これはナナキの非ではない。ならばどうする、主がナナキを試すようにナナキもまた主を試させてもらう。頭を垂れるのか、或いはナナキを下衆に差し出すのか。それとも――――


「よし……腹を括るか」


 ――――そうではなくては。


 思わずナナキは笑ってしまった。まったく、呆れるほどに似ている。飲み水がないと伝えたら、なら湖を作ろうと言い出した敬愛なるお母様を思い出す。ああ、お母様。ナナキは、だからこそナナキは、ここに在りたい。


「確認だナナキ。どれだけを振り払える」

「如何ほどでも、御望みの限り」


 元とはいえこの身は五帝の名を背負った身。単騎で神を討ち、超越者となったこの力、人の考えが及ぶものではありません。これは人知を超えた力なのですから。


「それは絶対か」

「この誇りにかけて」


 さあ、御立ち上がりください我が主。


 おめでとうございます、我が主。貴方はたどり着いた。主はナナキに応えた、なればこそナナキもまた応えましょう。その御心に。


「偶然とはいえ、覆せるだけの力がそこにある。だったら答えは一つだ。使えるものはなんだって使う。良いな、ナナキ」


 そう、それで良いのです。貴方は臆していた、ナナキの力に。全てを覆す逆転の一手を持ちながら、それを使っていいものかと恐れていた。力を恐れ、才を恐れるは人の本能。しかし、それを使ってみせてこそ我が主なのです。


 手にしているのです我が主。本来ならばこのフライゲル大陸で最も高いその場所に居る御方にしか扱うことのできない、比類なき力の一つを。現状に甘んじているのならば脆弱、立ち向かうのであればそれは勇だ。


 ――――貴方は今、誇りを持った。


「私の名をお呼びください、我が主」


 今ここに、真なる契約を。


「その名は、貴方に仕える者の名です。どうか胸に刻んで頂きたい。如何なる時にも駆けつけましょう。仇名す敵を屠りましょう。その栄光ある道に立ちふさがるすべてを払いましょう。さあ、お呼びください我が主。御身の剣の名を――――」


 見よ、誇りなき者たちよ。


 これが剣というものだ。


「……そうだな、もう遠慮はなしだ」


 主は笑った。晴れ晴れとして、良い笑顔だった。それでいい、もう十分に耐えたろう。もう十分に憤ったろう。


「煽ったのはお前だ。付いてきてもらうぞ――――ナナキ」


 私たちは今日、主従となった。

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