ヒューマン・デウス
物心が付いた時からずっと、ナナキは特別な人間なのだと教えられてきた。
ナナキの中核はお母様だ。それは自分でもわかっている。大好きな、敬愛なるお母様がナナキは特別な人間なのだと言った。理由はそれだけで十分だった。ナナキが特別な人間になる理由はそれだけで十分だった。ナナキは努力した。誰よりも強く、絶対に生き残るために。約束を果たすために。
「魔法に完全に適応した人類の理想、それがナナキなんだよ」
だから姉の言葉にも動揺はなかった。当然だとさえ思った。
「驚いた様子がないね」
「驚く要素がありません」
どころか、得心がいったというもの。それはナナキ自身への証明にもなったのだ。この身はやはり特別で在ったのだと、特別で在れたのだと。誇りを持って進んできたこの道に、確かな証明を見た。ならばナナキはこれを誇らなければいけない。当然だと胸を張らなければいけない。
何故なら、ナナキは特別なのだから。スペシャルナナキ。
「気付いたのは最近。もともとおかしいとは思っていたんだけどね、あの日に衛星を全て破壊された時に確信した。幾ら神話の雷と呼ばれたイルヴェング=ナズグルでもあれはあり得ない。どう考えてもイルヴェング=ナズグルと同格か、それ以上の魔力が重なってる。そこまでいけば、答えは一つしかなかったよ」
エンビィの言葉に思わず手を打った。
そうか、そもそもが違っていたのだ。意外や意外、ナナキが特別で在ったが故のすれ違いと言ったところだろう。魔法壊死を恐れるシルヴァやエンビィたちは基本的に神様の魔力しか使わない。それが当たり前なのだと、ナナキも例外ではないと判断したのだろう。
それなのにところがどっこい、ナナキスペシャルと相成ったわけだ。大した理不尽をお見舞いしてしまったように見える。五帝の皆さまにおかれましてはどうかご容赦頂きたく。申し訳ナナキ。ぺこり。
無論、ナナキも魔法壊死のことは教わっていて知識はあった。それでも魔法を使い続けたのは幼少の頃より魔法を使い続けても何ら問題がなかったからだ。特別に耐性が強いのだろう程度に考えていたけれど、まさか完全に克服していたとは。
なるほど、自身の魔力を極力使わないのが当たり前であれば勘違いするのも頷ける。つまりは五帝の皆さまはナナキを侮ったということ。このナナキを常識に当て嵌めようなどと、この誇り高いナナキをなんだと思っているのか。
「こちとら超越者とは呼ばれていても人間でね、ノーリスクで最大魔力をぶつけてくる誇りお化けと戦うのは正直に言って勝ち目がない。命懸けで全力を出したとしても五人と四神でナナキとイルヴェング=ナズグルに届くかどうかってところだし」
余程の苦労を強いられたらしい。疲れた様子でため息を零すエンビィにナナキができることは何だろう。せいぜいが労いの言葉の一つでも送ることくらいだろうか。姉を労うのも妹の務めであるからして、ここは一つ真心を込めてエンビィを労おうと思う。
「多難ですね、ご苦労様です」
「アンタのせいだからね?」
心外。ナナキはただ己の誇りを貫いただけのこと。その道を退いてしまったのは一重にエンビィたちがナナキより弱かった、それだけのことだ。ナナキのせいにされても困ってしまう。知ったこっちゃナナキ。
「予言ではナナキは世界を滅ぼすんじゃなかったのか? 滅ぼすどころか唯一の魔法壊死を克服した人間だぞ。科学は隠しているだけで実在するんだろう。それならナナキの協力があれば魔法壊死のメカニズムの解明、抗体の開発だってできるんじゃないのか。世界を滅ぼすどころか救世主じゃないか」
ひとしきりに話を聞いた後、主は核心を攻めた。これだけの人数が集まっているというのに、口を開くのは基本的に主とエンビィ、時折ナナキとシルヴァと言ったところ。ミーア様も少しは口を出すけれど、他の面々は完全に場の雰囲気に飲まれてしまっている。やはり主はズレていると再認識。よろしいと思います。
「そう、それだよ。予言、これについて私たちはもっと考えるべきだった」
「というと」
「まあ普通に考えたのなら科学の存在が露見して帝都が崩壊することだよね。現に今はその一歩手前まで来ているわけだし。君たちがナナキの戦力をバックに帝都へ進撃してきたらどちらが勝っても帝都は滅びるだろうしね」
「……そんな曖昧なものなのか? 五帝は予言のメカニズムを知っているんじゃないのか?」
「予言を下すのは神。世界の均衡を保とうとするいくつかの神様は人間に協力的だったりするんだよ。だから予言自体は大雑把、それでも的中率はほぼ百だね」
「また神様か……」
それな。
魔法で何でも解決する万能な存在が支配する世界なのだから、仕方がないとはいえあんまりである。人類が魔法を手に入れてようやく戦う手段を得たと思えば魔法壊死という問題が浮上して、その克服のために科学を隠せばそれについてなんやかんやとナナキと五帝が戦って。振り回されっぱなしである。
曖昧な予言だけを残して、ナナキがどれだけ迷惑を被ったか。
いい加減にしないとそのうちぶっ殺して――――ぶっ殺して?
「…………あれ?」
「どうしたナナキ?」
「いえ……あれ?」
予言、神様、世界、滅ぼす、ナナキが。
「あの、エンビィ」
「うん。多分だけどそれが予言の正体なんじゃないかなって私は思ってる。だから今日集めたんだよ」
そうだとすると、ナナキたちは今まで大変な勘違いをして、本当に意味のない戦いをしていたことになる。これは途方もない考えだ、だから間違っている可能性だってある。それでも、ところどころに見える予言の不自然さには説明が付くのかもしれない。
そもそも人間が魔法壊死を克服しなければいけない理由とは何だろう友よ。そう、君たち神様の存在だ。神様の理不尽に人が対抗するには魔法が要る。でも使うと人は死んじゃう。いつまで経っても後手後手で話にならない。そうだよね、友よ。そうだよね、そう、だったよね?
「魔法に完全に適応して魔法壊死を克服していて、あのイグレイ=アライラーすらをもナナキは屠った。従えるのは彼の有名な神殺し、神話の雷イルヴェング=ナズグル。そしてその神話の雷を単騎で破る天賦の才。これって僥倖じゃないの、シルヴァ」
「……何が言いたい」
「だからさ、生まれたんじゃないの。”神様の天敵“が」
誰もが息を飲んだのが聞こえた。すとんと、心の中で何かが落ちた。綺麗に。そうだ、どうして今まで思わなかったんだろう。
「神様が予言したのは、ナナキが世界を滅ぼすこと。私たちはそれを科学の存在と結び付けて帝都の崩壊だと思っていたけど、果たしてそれを世界って言うのかな。それは人間の世界だよね」
「……おい待て、何を考えている?」
「いいから聞きなよシルヴァ。世界の崩壊って何? 神様の言う世界って何だと思うシルヴァ。雷帝ナナキが世界を滅ぼす、それが予言だったよね。私にはどうしてもこの子がそんなことをするようには思えなかった。それじゃあナナキが滅ぼそうとする世界って? ナナキが自分から滅ぼそうとする世界って何?」
ああ、そうか。だからナナキを殺そうとしたんだ。もしこれが本当に正しいのなら、ナナキはずっと攻撃を受けていたことになる。それはナナキへの敵対だ、ナナキの敵だ。敵は殺す、それはナナキが生き残るために必要なことだ。そうか、これはエンビィたちに向けなくて良かったんだ。
ずっと勘違いをしていた。
「それってさ」
そうだ、ナナキの”敵“は――――
「――――神様が支配するこの世界じゃないの?」
五章-完-




