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雷帝のメイド  作者: なこはる
序章-マスターメイドナナキ-
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震えるナイトハート

 あれから一週間が経ちました、お母様。


 ナナキは無事に我が主ゼアン・アルフレイド様のメイドとして認められ、人前に出ても恥ずかしくないようにリドルフ執事長ご教授の下、勉強を重ねました。そして本日、ようやく我が主のメイドとして人前に出ることが許されたのです。褒めてくださいお母様。


 ナナキは学んだのです、友に拍手を求めてはならないと。あの日の友の拍手が残した爪痕は後日ナナキがしっかりと処理致しました。やはりナナキが褒めてもらえるのはお母様しかいないのです。友は少し拗ねてしまいましたが、ご安心ください。私と友は仲良しです。


「さて、今日から学校にも同行してもらうわけだが……」


 我が主が通う魔法学校へと向かう馬車の中で、歯切れが悪そうに切り出した我が主。つい先日までは我が主が学生だということも知らなかったナナキだが、このように居心地の悪そうにする様は初めて見た。もしやナナキに何か不安があるのでは。


「私に何か不安でも?」

「いや、そうじゃない……わけでもないんだが」

「ならば仰ってください。私は我が主のために努めます」


 私とイルヴェング=ナズグルのように心で通じ合えるのならともかく、人と人では声にしなければ伝わらない。如何に特別なナナキでも主の心の中までは見えないのだ。


「最初に言ったように、俺の家は弱小だ。それが原因でナナキの前の付き人は嫌がらせを受けて辞めてしまった。多分ナナキにも手を出してくると思う」

「問題ありません、お任せください」

「かと言って大事にはしたくない」

「心得ております」


 ナナキへの不安かと思えば、心配をしていてくれた。ありがとうございます、良き主。ですがご心配には及びません、ナナキは強いのです。弱小という立場故に大事にしたくないということも理解している。ナナキは主の力になりたい。


「あとはそうだな……一人だけ、あからさまに絡んでくる奴がいるがナナキは……」

「リドルフ執事長より聞き及んでおります。私が介入するのは我が主の身に危険が及んだ時だけです」

「それで頼む」


 正直に言えば自分の主が悪く言われているのを黙って見ているのは忍びない。けれどもそこでナナキが出しゃばったところでどうにもならないのだ。立場を弁えて耐え忍ぶのみ、本当に辛いのは我が主本人なのだから。


 少しばかり陰鬱とした空気となった車内。それを吹き飛ばすのは学校到着の報せ。馬車を先に降りて扉を開き、主の手を引いた。普通は男女逆なのかもしれないが、ナナキはメイドだ。これで正しい、筈なのにたったこれだけの時間で何やらずいぶんと視線を感じる。


 ナナキは自分の所作に自信がある。ということはこの視線は主を快く思っていない皆々様の視線だろう。初めまして、ナナキです。庶子の身の上ではございますが、我が主ゼアン・アルフレイド様のメイドをしております。出来れば仲良くしてください。


「……騎士を連れてる方もいらっしゃるようですが」


 主の後を慎ましく歩きながらも周囲を見回せば、どうにも素人ではない人間が多く目につく。先ほどの陰鬱な空気を長引かせないためにも会話を試みてみた。


「騎士を連れてると金持ちに見えるだろ?」

「なるほど、騎士様もお暇なようです」

「ハハハ」


 笑ってくれた。ナナキはお役に立てましたか?


 少しだけ心配もしたが、どうやら見渡せる範囲には帝国の騎士はいないようだった。となればここに居るのは帝国騎士の試験に落ちた地方の騎士たちか。どうやって生計を立てているのかと思えば、こうして貴族たちの見栄の道具にされていたとは。剣が泣いているだろうに。


「しかし帯剣しているのは気になりますね」

「心配しなくても滅多なことはないさ。彼らは大人だ」


 と、主が言うのでナナキは今起こっている滅多なことについては伝えないでおいた。今は登校の時間、だというのにどうして先程から多くの人とすれ違うのだろう。そちらは校門ですよ。


 一言で状況を表すのなら、ナナキ大人気。


 さっきからすれ違う人がナナキに手を出してくる。手癖が悪いので少し躾けてあげようと思う。


 素早く手を出してくる地方騎士。なるほど、素人であれば気付かないまま胸元のボタンを取られてしまうだろう。だけど私はナナキ、君と握手。相手はぎょっとした表情を浮かべて固まってしまった。ナナキと握手できたのだから喜んでほしい。


 次から次へとすれ違う。その度に伸びてくる手をぺしぺしと叩き落とす。敬愛なるお母様、お母様によく似たこの容姿のせいでしょうか、ナナキは大人気です。


 最後の人は何やら自信がありそうな表情で悠然と歩いてきた。すれ違う瞬間、伸びた手はなるほど、確かに今までの人々より格段に速い。大変良くできました、そんな君にはナナキからプレゼント。相手の手を取ってそっとボタンをプレゼントした。それは今さっきまで君の胸元に付いていたものだよ。


 相手は自分の胸元を確認するや否や、脱兎の如く校門の方へと走っていった。遅刻するよ。


 それにしてもここまで地方の腐敗が進むとは、ため息が出る。


「……帝国騎士になれないわけだ」


 道具どころか尻尾を振るとは、恥を知ると良い俗物。


「何か言ったか?」

「いいえ」


 お口チャック。



「ねえゼアン君、どこで拾ってきたのさこの美人なメイド」

「路地から飛び出てきたよ。危うく死にかけたが」

「ふーん、本当のとこは教えたくないんだあ。おかしいなあ、もうアルフレイド家なんかに仕える奴はいないと思ってたのに」

「本当のことさ」


 紛れもない事実だよ、と思わず言ってしまいそうになる。


 教室に足を踏み入れればとても意地の悪い顔をして主に絡んできた青年。彼が件のヴィルモット・アルカーンだろう。家柄を盾に好き放題をやっているらしい。


「ねえゼアン君、このメイドさん俺にくれない? すごい好みなんだ」

「本人に聞いてみれば良い。俺は従者の色恋沙汰に口を出すつもりはないよ」

「ということらしいけど、どう? 俺の愛人にならない? 幾ら?」


 耳が腐りそう。けれども嫌な顔をするわけにもいかず、張りぼての笑顔でご容赦ください、とだけ伝えた。人間とはかくも醜くなれるものなのですね、お母様。


「ご容赦ください、じゃないでしょう。俺、アルカーンの長男だよ?」


 手を掴まれた。


 さて、どうしよう。主が絡まれた時の対処は命じられたが私が絡まれた場合は想定していなかった。この貧弱な手を捻りあげるのは容易いが、主は大事にはしたくないと言っていた。かと言ってナナキの貞操をこんな低俗な人間にくれてやるわけにもいかない。


「――――お辞めください」


 救いの手は意外なところから現れた。


「は?」


 アルカーンの長男は不快そうな声を上げて声の主を睨んだ。それもそのはず、彼女はヴィルモット・アルカーンの従者だ。


「今お前が言ったの? 従者が? 主の俺に? なあ?」


 ヴィルモット・アルカーンは私の手を放して自分の従者の下へと向かった。汚いから拭いておこう。


「お前何考えてんの? 誰が金払ってんの? なあおい、言ってみろよブス」


 なんとまあ口の悪い。矢継ぎ早に悪口を並べ立てるその姿は私の目には人間には見えない。これが貴族、なんと醜いことか。仕えたのは自分の意志なのだろうから同情はしない。けれど、助けてくれたことへの感謝だけはしよう。ありがとうございます。


「恥かかせやがって! なんとか言えよおいッ!」

「――――私にはッ‼」


 大きな声だった。


「貴方を守る義務があるのですッ‼ ですからお辞めくださいと申し上げているのですッ‼」


 さすがの暴君も呆気に取られたのか、口をパクパクと動かしながら固まっている。


「な、何を……」

「いいから私の後ろへッ‼」


 勇敢なる騎士に称賛を。


 貴族の道具として成り下がる者をナナキは騎士とは認めない。けれど誇りを忘れずに臥薪嘗胆の心で今を生きているのなら、その誇りに免じてナナキは許そうと思う。


 ――――ナナキに対して構えたことを。


「……どうか慈悲を頂きたい」


 声も身体も震わせて、騎士は慈悲を乞うた。けれど、その姿勢は今にも抜剣できる臨戦態勢。彼女は優秀だった。ナナキは何もするつもりはない。だけど、たとえ何があったとしてもその剣だけは抜かないでほしい。私は誇りを持っている人間が好きだから。


「……」


 ふと視線を感じれば、主が無言で何かを訴えている。ナナキは首を振った。ふりふり。


 勘違いされては困る。ナナキは本当に何もしていない。ただ、彼女が優秀だったのです我が主。ですが言いたいことはわかります。どう収拾を付けるのか、ということでしょう。何の心配もありません、我が主。もうすぐそこまで来ているのです、収拾を付けられる人物が。


「何をしている。席に着け」


 教師とは偉大なり。

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