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雷帝のメイド  作者: なこはる
序章-マスターメイドナナキ-
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友に拍手を求めてはならない

 ――――拝啓、お母様。


 僅か三日という短い期間ではありましたが、ナナキは無事に旅を終え新しい居場所を見つけることが適いました。この居場所が私の愛せる世界に繋がっているのかどうかはまだわかりませんが、それでもナナキはこの道を前に進もうと思います。


 先日は、人生とは往々にして上手くいかないものだと、ままならないと弱音を吐いてしまいました。お詫び致します。ですがどうか見守っていてください、ナナキは敬愛するお母様の娘として相応しい人物になれるように精進致します。


 きっとまだまだ長い月日が掛かるのでしょう。やはりナナキはまだまだ子供だったのです。お母様から生を授かり十六年、人生を語るには早すぎました。この未熟な娘をお笑いください。ですが、やはり期待もして頂きたいのです。娘とは、そういうものなのです。


 図々しくも期待して頂けていると思い、今日という一日も努めて参ります。また近いうちにご報告申し上げようと思います。どうかその日まで安らかにお眠りください。


「おはようございます、リドルフ執事長」

「おはようございますナナキさん。よく眠れましたか?」

「快眠です」

「それは何より。昨日はご苦労様でした。メイドの仕事ではありませんが、助かりました」

「恐縮です」


 屋敷の窓からはうっすらとした明かりが差し込んでいる。時間は早朝、静かな朝の中でリドルフ執事長と朝の挨拶を交わした。結局昨日は例の騒動で私の適性を見る場は改められてしまった。それが幸か不幸かと問われればどちらでもないとナナキは答える。


 ナナキはいつでもナナキだ。時と場所を選ぶようでは二流、いついかなる時も主人のために備えがあるメイドこそが一流。友よ、なんだその何か言いたげな顔は。確かに本から得た知識だが、書物とは学ぶためにあるものなんだ。


「ナナキさんには朝食の時間まで清掃をお願いします」


 清掃、なるほどメイドの基本だ。思い返せば帝都の自宅も腕利きのメイドの皆さまによって常に清潔な空間が保たれていた。


「まずはこの部屋をできる限りで構いませんので進めてください」


 簡単な説明と道具の場所、そして仕事場を手早く紹介された。徹底的に無駄を省いているのだろう。そうしなければ回らないほどの激務なのか、或いはリドルフ執事長の性格か。


「ではまた後程」


 一方的であるのは当然だ。ナナキは試されている。必要な情報は全て託されているのだからリドルフ執事長が足を止める理由は何一つない。しかし、リドルフ執事長はナナキをわかっていない。この采配は妥当ではない、ナナキは特別な人間だ。


 仕方がないことだ、リドルフ執事長はナナキを知らない。新人のメイドに宛がう仕事場としてはまずまずの案件なのだろう、しかし侮ってもらっては困る。意識を改めてもらうためには証明するより他にない。どうぞ覚悟をして頂きたい。


 清掃に与えられている時間は朝食の時間まで。教えられた時間割と照らし合わせてみればそれほど時間的に余裕はない。よろしい、電撃戦はナナキの得意とするところだ。限られた時間に最高の結果を出す、特別なナナキであれば造作もない。


 この身は雷の如く速さも出せれば空を飛ぶこともできる。超越者にだけ許されたこの動きで最高の効率を叩きだす。速く、より速く、しかして丁重に、丁寧に。天井、壁、窓、家具、調度品、床、次の部屋へ。個人の部屋を清掃するには許可が要る、よって主によく使われるであろう部屋から優先的に片づける。


 部屋が終われば次は廊下、そして玄関だ。この二つは来客があればまず目に入る重要な場所、この二つだけは少しばかり念入りに清掃していく。専用の道具の説明は既に頂いている、何の不自由もなく清掃が行えた。


 普段から清掃がしっかりと行われているのだろう、そこそこに綺麗だ。けれど、やはり手間の掛かる天井やシャンデリアには埃が溜まっている。綺麗好きなナナキはこれを許せない、迅速に排除すべし。人ならざる速さは制御できるのであれば便利なことこの上ない。さすがナナキ、立派なメイド。


 廊下と玄関が終われば次は厨房や居間、食堂といきたいところだがリドルフ執事長の気配は厨房にある。恐らく朝食の準備だろう。調理中に埃を巻き上げてはメイドの名折れ、ここは居間を優先しよう。時間を確認すればまだ猶予はある。


 雷帝改めメイドナナキ、推して参る。



「すごいことになってるな」

「ええ、私も驚きました」


 我が主と執事長の感嘆の声、誠心誠意努めた甲斐があるというもの。一切の手抜かりをなしに、ナナキはその実力を披露した。特別な人間であることに誇りを持つのであれば、特別な様を見せつけなければならない。人それを矜持と言う。


「あまりすごいことをされても給与は上げられないぞ」

「お構いなく」


 給与の問題ではなく、ナナキの誇りの問題なのだ。雨風を凌げる部屋、日々の糧を頂けるだけでナナキは感謝する。


「朝食はリドルフか、いつもの味だ」

「ここまで早く掃除が終わるとは思わなかったので。まだ料理の手腕は見れていません」

「期待しておこう」


 我が主が食事を終えた後、執事長と二人で手早く朝食を済ませる。先ほどの話題からして、次はナナキの料理の腕前を披露する時間となりそうだ。その証拠にとても美味しい朝食をリドルフ執事長は少量しか取らなかった。ナナキの料理を味見するからだろう。


 朝食を終えたら素早く洗い物、時間にしておよそ二分といったところ。後ろから覗いていたリドルフ執事長はその大きな目を丸くしていた。心配しなくても丁寧にやっています、ご安心ください。でも結局は指で確かめていた。その後に花丸を頂けたから良しとしよう。


「それではナナキさんの料理の腕を見させてもらおうと思います。これも本来はメイドの仕事ではないのですが、当家では人数が少ないのでできる部分は分担しようということですが、もし不満があれば聞いておきます」

「特には。取り掛かります」


 貴族と言えばお抱えの料理人が居たりするものなのだろう。けれどナナキはそういう部分に詳しくはないので別段と気にならない。仕事量の話であれば出来る人間が多く働く、自然なことだ。そこに給与の話が加わるのであれば気にするのも無理はないのだろうけど、ナナキは金銭にそこまで執着しない。


 お母様が亡くなってからしばらくは大自然の中で生き抜いた。あそこではお金なんて何の役にも立ちはしない。人間に必要なのはその環境で生き抜く術だ。それがお金だというのならナナキ以外はそうしたらいい。蛇は寸にして人を呑む、ナナキは特別なのだ。


 大きな冷蔵庫の中身を覗く。中にはナナキの見たことがない食材がたくさんあった。きっとそこそこに高級なものなのだろう。だけども、ナナキはこの手の食材の調理法を知らない。であれば、知っている食材を取ってきてしまえばいいのだ。


「リドルフ執事長、少し出かけて参ります」

「何か足らないものでも?」


 その通り。幼少期のナナキの主食にして、我が主をヘッドバットした事件の元凶。


「ネズミを捕まえて参ります」

「お待ちなさい」


 止められた。


「ナナキさん、ネズミは食べられません」

「食わず嫌いはよくありません、リドルフ執事長」

「わかりました、ナナキさん。人は、ネズミを食べません」


 ちょっと何言ってるかナナキわからない。


 ネズミは食べられる。彼らネズミは凄まじい勢いで繁殖するが故に、大自然の中では貴重な食料だ。とはいえ、ネズミとは賢い生き物だ。数十倍の体躯を持つ人間が相手でも、寝込みを襲うなどして齧ってくる。天敵であるフクロウですら、目の利かない昼を狙って殺すほどに狡猾なのだ。


 しかし、如何にネズミが賢かろうとナナキはより賢い。襲ってきたネズミは全て完食してやった。そして賢いが故に学ぶことのできるネズミはナナキを避けるようになった。大自然の中で、ナナキは王となった。


「一口食べてもらえればご理解頂けると思うのです」

「はい、理解しました。食事は私が担当します」


 完全否定の極みを見た。


 結局、リドルフ執事長には聞く耳を持ってもらうことができず、ナナキは食事の担当からは外されてしまった。お母様、やはりナナキは出来の悪い娘です。


 その後は洗濯や他の家事などを一通りこなし、結果は明日通達するということで解散の流れとなった。与えられた部屋に戻り、寝具に身を投げ出した。疲れはまるで無い、帝国騎士の激務と比べればこんなものはなんてことないのだ。


 どうだっただろうか、友よ。ナナキは立派にメイドとしての役目を果たせていただろうか。もし君の目にそう映ったのだとしたら、友よ、拍手を。


 ――――庭に雷が落ちた。


 ……なんてことをするの、友よ。

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