妖精の湖の妖精
「ふむり」
どうだろう友よ、似合うだろうか。
更衣室に備え付けられている姿見鏡の前ターン。異常なし、オッケー? オッケー。友と一緒に水着に不備がないかチェックした。何しろ初めて着るものだから勝手がわからない。まあ恐らくは問題ないだろう。特別なナナキであればこの程度は着こなして見せるのである。
「ナナキはタンキニにしたのね」
「タンキニ……? え、ええまあ」
呪文?
良く分からないけれどとりあえず頷いておいた。察するに水着のことなのだろうけど、ナナキはこういうものに詳しくない。露出が少なくて変でなければ良い、それだけの理由で選んだものだ。生きていく上でオシャレを必要としないナナキには不要な知識である。
「あら、フィオまた大きくなった?」
「ど、どこ見てるんですかミーア様……」
「……チッ」
うん? まさか、誇り高きナナキが舌打ちなんてすると思うかい。空耳だよ友よ。
ナナキはただきゃっきゃと燥ぐミーア様とフィオさんを無心で見つめていただけだよ。そう、無心で。御二人ともナナキの水着よりずっと布の面積が少ないものを着用しているなあって思っていただけだよ。
それにしても御二人の胸は大きいね。これでもかと主張している胸を薄布一枚で覆って外に出ようとしているのだから、これははしたないと言えるのでは。エンビィから色々と常識や生活を学んだけれどやはり文明生活はどこかおかしい。
女性ははしたないことをしてはいけない、と聞かされたのにこれは良いのだろうか。いいや、きっと良くない。ともすればこれは破廉恥だ。打開策としては胸を小さくしてみるのはどうだろう。主張し過ぎなければ良い塩梅に落ち着くのではないだろうか。ナナキみたいに。
「それにしても……」
ミーア様がナナキを見た。ナナキです、にっこり。
「信じられないくらい綺麗な肌してるわね貴女。傷跡すらないなんて……こないだ大怪我していたでしょう。どうなってるの?」
褒めてから追い込むのやめて。
アイナ・アイナの件で血まみれナナキをご披露してしまっているのを思い出した。ナナキを雷帝ナナキと知らなければそれはそれは不思議で仕方がないだろう。さて、どう誤魔化したものか。いっそのこと神様の存在を明かしてしまった方が今後苦しまないで済むのかもしれない。
いや、それはもう少しミーア様との仲を深めてからにしよう。雷帝ナナキに憧れを持っていたミーア様がメイドのナナキを見てどうなるかがまるで想像できない。ここは安全策で行こう。
「せ、生命力が人一倍強いものでして」
「まあ、そうでしょうね。ナナキが死ぬところなんて見当が付かないもの」
さらりと出てきた言葉だけど、ナナキにとっては至上の褒め言葉であった。これは、一人でも生きていけるようにと厳しくしてくださったお母様が正しかったことを証明するものだ。そう、ナナキは強くなった。この命は終わらせない、ナナキが紡いでいくのだ。
「ありがとうございます、ミーア様」
やっぱりナナキはミーア様が好きだ。この御方は色々と棘があるけれど、認めることのできる人だ。ナナキを敵視していた頃もメイドとしての実力は認めてくれていた。そして敗北を認め、ナナキの強さも認めてくれる。誇りがなければできないことだそれは。誰かを称える、認めることは簡単ではない。
「……? 何か感謝されるようなことを言ったかしら」
不思議そうにするミーア様に笑顔で返した。これはナナキの一方的な感情だから、口に出すことではないのだ。感謝はもう伝えた。だからミーア様が更に歩み寄ってくれるその日を待つのである。
「何を笑っているのかしらね、このペタンコウサギは」
来いよ、かかって来い。
◇
「感想をどうぞ、お兄様」
「妹の水着姿に感想が必要か……?」
「当然でしょう。世界で一番必要なものよ。ちなみに二番目は妹への愛情よ」
「妹に甘い世界だな……」
主の前で水着姿を披露するミーア様は実に楽しそうだった。黄金の髪に良く映える蒼の水着。白く美しい肌とのコントラストはきっと多くの男性を魅了するのだろう。魔法士だから運動は苦手と言っていたけれど、贅肉の類などは見られない。美しい身体だった。
その後ろで控えるフィオさんもまた凄いと素直に言える。良く鍛えられている身体に映える白の水着。清く正しい彼女に良く似合っている。いつもは結っている亜麻色の髪は今日は解けている。新鮮なセミロング。可愛い。
そんな御二人に比べてナナキはどうだろう。そうそう負けてはいないと思うのだ。そうだね、とある部分においては敗北を認めるしかない。だけど果たして女性の魅力とはそこだけなのか。違うよ、違うね。ナナキはすごいよ、どんな場所でも生きていける。ナナキと一緒ならどこだって大丈夫。
食料だって取れるし、獣からだって守ってあげられる。安全を保障できる、こんな素晴らしい女性がナナキの他に居るだろうか。これだけのセールスポイントに対して、ただ胸が少し小さいというだけで女性としての魅力が激減するものだろうか。否ナキ。
結論からして、ナナキは女性としても魅力的であると言える。
「ああ、まあ良く似合ってるよ。我が妹ながら美人だしな。フィオも似合ってる」
「フフ、当然でしょう」
「あ、ありがとうございます……」
満足そうに腕を組むミーア様とは対照的に赤面をしながら俯くフィオさん。嘘偽りのない本音だろう。実際、ミーア様は本当に美人な方だし、フィオさんも水着が良く似合っている。やはり主も女性らしい女性が良いのだろうか。それは、少し困る。
「ナナキは……そうだな、妖精みたいだ」
湖のフェアリースマイル。世界の皆さま、ナナキです。
さすがは主、ジェントルマン。なるほど、水着の必要性について少し理解できたかもしれない。布地の少ないのはどうかとは思うけれど、選んだ水着を褒めてもらえるととても嬉しい。だから皆さまはあれだけ時間をかけて選んでいたのか。また一つ学んだフェアリーナナキ。
「……従者を口説いてどうするの? お兄様?」
「か、感想を言っただけだろう」
「そう、なら婚約者の水着姿にもしっかりと感想を伝えてあげなさいね」
そう言ってミーア様が視線を動かすものだから、皆でその視線を追った。
「すみませんー! お待たせしてしまいましたわー!」
ドムドムと布に包まれたお肉が揺れていた。あ、違う、シエル様だこれ。だって喋ってるもの。余りに衝撃的な光景だったため思考が麻痺していた。ナナキをスタンさせる人がこの世に存在するなんて、恐ろしきはシエル様。
「ひぃ、ふぅ、お、お待たせ致しました皆さん」
まだ湖に入っていないのに、ボタボタと水滴が落ちていた。
御見苦しいものをお見せしてしまうから、と別の更衣室で着替えていたシエル様。なるほど、遠慮することはないと思っていたけれどこれは少し規格外だと言わざるを得ないのかもしれない。さて、主はシエル様の水着姿の感想をどう伝えるのだろう。
布の面積だけでナナキを軽く包めてしまいそうだ。お肉がたるんでいるのを持ち上げるためか色々と紐のようなもので縛っている。お肉に食い込んでいてとても痛そうに見えるけれど、水中では変わるのかな。あれ、なんだろう。今のシエル様、どこかで見たことがあるような気がする。
「や、やあシエル。その……良く似合ってるよ。まるで……その……」
あっ、ボンレスハムだ。




