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雷帝のメイド  作者: なこはる
序章-マスターメイドナナキ-
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誇り高きメイドナナキちゃん

 どうだろう、似合うだろうか友よ。


 支給された給仕服に袖を通し、与えられた部屋に備え付けられている姿見鏡の前に立つ。以前勤めていたメイドのものらしく、少しばかりサイズは大きいが誤魔化せる範囲だろう。鏡に映るナナキはどこからどう見ても立派なメイドだ。ナナキ凛々しい。


 今日より私は雷帝ナナキ改め、我が主ゼアン・アルフレイドに仕えるメイドのナナキ。


 敬愛なるお母様、ナナキはお母様の言う通り多くの人の役に立とうと努力致しました。けれど、どうやら帝都という宝はナナキには大きすぎたようです。なればこそ、初心に戻りまずはたった一人の役に立とうと思います。出来の悪い娘を叱っていただいて構いません。ナナキはそれを糧と致します。


「お待たせ致しました、我が主」

「気にしなくて良い、よく似合ってる」

「ありがとうございます。ですが粗がないのであれば口に出さなくとも良いのです。私などに気を遣う必要はありません」


 ナナキは彼の従者。主たる彼に気を遣わせては本末転倒。弱小とはいえ貴族であるのならば貴族らしくあるべきだ。誇りを持たない人間をナナキは好まない。誇りがないのであれば、誇りを持てばいい。けれど誇りを持たない人間はただの動物だ。


「振りはする。けど暴君であろうとは思わないんだ。ここは人前ではないからな。他の貴族がそうであるように、俺には俺の振舞いがある」

「ご立派です、良き主」


 芯があるのであればそれで構わない。誇りを持つタイミングは彼が決めればいい、ナナキが決めることではない。彼が私にとって好ましい人物であってほしいというのはナナキの願望だ。出しゃばってはいけない。良き主に相応しい、良き従者となれるように努力しよう。


「それにしても、雰囲気があるな。元五帝なら俺よりも上の立場だったろうに」

「帝都の王宮で働いていた者たちを参考にしております」

「なるほど、帝国給仕の」


 彼女たちの所作は今でも覚えている。戦闘とは方向性が違うとはいえ、その所作は洗練されていた。今はまだ見様見真似ではあるが、ナナキはこの身に誇りを持っている。すぐに追いついてみせる。


「メイドとしての心配はなさそうだが、一応様子は見させてもらう」


 当然だろう。我が主と出会ってまだ一日。たったの一日でナナキを理解したと言われても呆れてしまう。まずは用いてほしい。そして認めて頂く。


 我が主は机の上にあった小さな鈴を鳴らした。透き通るような綺麗な音色が響く。良い音色だと、少しばかり余韻を噛みしめているとやがて扉をノックする音が聞こえた。先ほどまで庭先で感じていた気配だろう。なかなかに移動が速い。


「入れ」

「失礼致します」


 一言の断りを挟んで入室してきたのは背の高い男性だった。二メートル近くあるだろうか、大きな体躯を包む綺麗な燕尾服。なるほど、従者が良い恰好をしているだけでも確かに見栄えは良い。亜麻色の髪に琥珀の瞳。


 その琥珀と目が合った。正式な挨拶はまだだ、頭を下げる必要はない。


「なるほど、肝が据わっておられる」

「だろう。あとはメイドとして使えるかどうかだ。試してくれ」

「かしこまりました」


 主からの信頼が見える。相応の人物なのだろう。ナナキも負けてはいられない。


「当家の執事長を務めております、リドルフと申します」

「ナナキと申します」


 名前だけを告げて腰を折れば、リドルフ執事長はほう、と漏らした。


「よろしく、とは言わないのですね」

「言われてもいないので、まだ雇用の段階ではないのだと判断します」


 我が主ゼアン・アルフレイド、執事長リドルフ、両者からまだよろしくという言葉は頂いていない。これは持論だが、その言葉は未来を約束する言葉だ。今この場で使うべき言葉ではない。それが彼らにどのように映ろうとも、ナナキは己の誇りを優先する。


「主人のことを主と呼んでいるようですが」

「落胆させるつもりはない、ということです」


 言い放てばリドルフ執事長は少し驚いたように目を広げ、笑った。


「ハハハ、これはこれは……」

「どうだ、一筋縄ではいかないだろう?」

「そのようです。まったく、大したお人を連れてこられたものだ。試す立場のこちらがひやりとしましたよ」

「相手は元五帝だ。それを知って高圧に出れるお前も十分に大したものだよ」


 二人は楽しそうに笑っていた。少しばかりの疎外感を感じれば、イルヴェング=ナズグルが慰めてくれた。ありがとう友よ、ナナキもこの輪に加われるように努力するよ。だからもしナナキが挫けそうになってしまったその時は、こうしてまた励ましてほしい。


「さて、顔合わせも済んだ。今からリドルフに――――」

「――――お待ちください」


 我が主であるゼアン・アルフレイドの言葉を私は遮った。この行いは良き従者とはとても言えたものではない。けれど、謝罪の前に確認しなければならない。友よ、準備を。


「もう一人おられるようですが、その方は?」


 瞬間、我が主と執事長が顔を見合わせた。


「――――ご命令を、我が主」

「殺すなよ」


 即断即決、お見事でございます。


 行くよ、イルヴェング=ナズグル。


 ナナキは特別な人間、お母様の言葉は正しい。人が分を掛けて歩く距離をこの身は秒も要らない。人が空を飛ぶこの時代、人であるこの身が雷となって駆けることはなんら不思議なことではない。だというのに、その不届きものは私の存在に酷く動揺している。


 屋根の修繕でも行っているのかと思えば、まさか賊だとは思ってもみなかった。早くより存在に気付いておきながら、なんたる失態。償いは迅速であるべきだ。


「……ッ‼」


 素人ではない。


 不届きものは構えをとった。突然に表れた私への動揺も常人よりは短い。あからさまな恰好のため顔は見えないが、どうやらこういった行いは一度や二度ではなさそうだ。であれば、この誇りにかけて信賞必罰を明らかに。主に益ある者には祝福を、主に害ある者には鉄槌を。


「――――えッ」


 そこそこに鍛えられている。けれども構えが悪い。型が悪い。重心が悪い。備えが悪い。何よりも相手が悪い。そして不届きもの、貴方が悪い。不届きものの驚愕の声は己の肺から溢れる空気によって遮られた。気が付けば打ち付けられていた、そう感じたことだろう。


「ただいま戻りました」


 不届きものを捕まえ、迅速に主の部屋へと戻る。私の高速の移動は常人には耐えられないだろうから魔法でその身体だけは守ってあげた。お母様、ナナキは人を思いやれる人間に育ちました。褒めてください。


「……疾風迅雷とはこのことだな」


 お母様じゃなくて主に褒められたよイルヴェング=ナズグル。なに、メイドの仕事ではない? なるほど尤もだ、友よ君は正しいことを言える素敵な神様だ。だけどナナキは君にも褒められたい。だから褒めていいよ。


「な、なにが……」


 ようやく肺が落ち着いたのか、酷く咳き込んでいた不届きものは声を発した。最初の声で気付いてはいたが、やはり女性のようだった。問答無用でその顔を隠す布を取る。初めまして、ナナキです。


「……見た顔だな」


 はあ、とため息を付く我が主と何やら複雑そうな表情を浮かべ沈黙するリドルフ執事長。どうやら何か事情がある様子。とはいえ、ナナキが口を挟むことではない。決定は主が下すものだ。


「放してやってくれ」


 元々押さえ付けたりはしていないため、逃がしてやれということだろう。よろしいのですか、と問うような真似はしない。主の決定だ。それに、彼女であれば脅威にはなりえない。


「……ッ」


 女性は一瞬だけ申訳なさそうな表情を浮かべ、すぐさま部屋の窓から飛び出していった。まだ万全ではないだろうに、ナナキ以外の人間は無茶をしてはいけない。


 しばし部屋に沈黙が漂ったが、やがて我が主はふう、と息を吐き出してから言った。


「いずれ話す」


 お待ちしております。

 

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