剣の帝
さすがのナナキと言えども、どうしてと、そう思わずにはいられない。
如何にアローンナナキと言えども、感知性能が極端に下がっているわけではない。それなのに、今この瞬間までシルヴァの発見が遅れた。剣帝と称されるその力をナナキが見逃すなんて、そんなことがあるだろうか。まるで突然にこの場所へと現れたような。
一先ずはアイナ・アイナ、貴女に謝ろう。ごめんなさい。今まで偉そうなことばかりを想い大変に失礼致しました。出来得る限りの手を打ったのだろうと、ナナキはそう言っていたのに。まさかこの短時間で遠く離れた帝都に、それも五帝の中で一際忙しい剣帝シルヴァを連れてくるなんて。
こうなってしまった以上は仕方がない、敬意を以て当たらせて頂こう。
呪いは時も場所も選ばない、覚えておきます。シルヴァ。
「――――ッ」
紙一重。
ナナキは避ける。そんなことはわかっているとばかりに続く第二の撃を蹴落とす。ならばと繰り出される第三の撃。この一振り一振りは全てを両断する必殺のもの。間違っても刃を受けてはならない。叩き落とすのは剣の腹。幸いにも速度はナナキの得意とするところ。手数の勝負ではナナキには勝てない。
けれど彼は剣帝シルヴァ。奇襲など最初から成功させるつもりもなかったのだろう。でなければナナキに声など掛けなかった筈。彼はいつだって正々堂々を好み、それを成そうとする。
「――――栄光の剣帝」
問答無用の武装顕現。顕現する白銀のフルメイル。御婦人方に大人気を博すその凛々しい顔はヘルムに包まれ、白銀の鎧は彼の正義を主張する。剣の王がここに君臨した。
「来いッ――――アルシャ=ジオッ!」
そう、この機会を逃すシルヴァではない。
正義の剣アルシャ=ジオ。何を以て正義とするのか、それはとても簡単な問である。剣帝シルヴァが定めたものが悪となり、彼自身が正義であるのだ。彼の正義は簡潔だ。それ故にぶれず、折れることなく強い。単純であるからこそ強いのだ。不必要なものを排除した、綺麗な強さ。
「あれがお前の気にする男か、ナナキ」
「ご紹介致しましょうか」
突然の出来事であるにも関わらず、主は大した動揺も見せずにナナキとシルヴァを見ている。その度胸は大したものだが、ナナキとしてはできるだけこの場から遠く離れていてほしい。武装顕現だけならばまだしも、神を降ろされたこの状況では生身の人間は危険過ぎる。
「心配をするな、あれには気にかけてやる。お前の厄介な広域殲滅が封じれるからな」
「……アイナ・アイナたちに気をかけてはあげないのですか。驚いていますよ」
「あれらは大人だ。どうすれば良いのかは自分で判断できる」
なるほど、もっともだ。
降臨した神は誰にでもその姿を見ることができる。この夏空の下に降り立った剣の神様はアイナ・アイナたち貴族の視線を集中させた。改めて思うことだろう。これが超越者の力なのだと。ならば逃げなければ。ここに居てはいけない。そう思わなければ。
「ここで死ね、ナナキ」
「何度か聞きましたね、それは」
それを合図にシルヴァから距離を取る。友とリンクしていない今のナナキの速度でもシルヴァを大きく上回る。確実性を取るのであれば友が戻ってくるまで時間を稼ぐことだけれど、どうにも今回のことは仕組まれているように思う。意図的に分断されたのだろうか。
もしそうであるのならば、これ以上何か起きる前にここでシルヴァを叩いておいた方が良い。
「参ります、シルヴァ」
「生身でぶつかってくるか、怪物め」
アルシャ=ジオが操る十二の巨大な剣が落ちてくる。その大きさからは想像もできない速度での一閃は倉庫街の建物を美しく両断していく。舞う十二の剣の中を躱しながらシルヴァへとたどり着く。この剣の舞の中でシルヴァと戦うのはリスクが大きい。狙うは短期決戦。
肉薄には成功した。剣技を得意とするシルヴァの距離であると同時に、近接戦を大得意とするナナキの間合い。神様であろうが人間であろうが、超越者であろうが、大昔からやることは同じだ。争いなんて、自分が得意なものをぶつけるに限るのだ。
シルヴァがこの十二の剣でアドバンテージを取るように、ナナキにも近接での必殺が在る。友とリンクしていない以上、今回は必殺とは呼べないけれど無傷では済まないよ。
放雷。
「――――ぐッ!?」
シルヴァとナナキが居るこの空間だけに雷のフィールドを形成する。確かそう、プラズマと言っただろうか。この中に生身の人間が足を踏み入れれば一瞬で蒸発する。例え武装顕現の鎧に守られていようと、この中でナナキと近接戦を行う余裕があるのか。
答えは否、シルヴァはたまらずにその場を離れようとした。
終幕だ。それを逃すナナキでは――――
「――――ぬおおおおおおおおおおッ‼」
「――――ッ」
まただ。どういうことだこれは。
「いったいどこから現れたのです。ライコウ」
ナナキの形成するフィールドの中をものともせずに突貫してきた筋肉戦車。一撃確殺の破壊力に桁外れの耐久力を持った巨人。武帝ライコウ。
「すまないライコウ」
「フンッ! まだまだ若いなぁシルヴァよッ!」
五帝が二人。しかもまた突然に現れた。思考を変える必要がある。ここはまずい。
「シルヴァ、ライコウ」
そうと決めればナナキは早い。
「逃げます」
一礼、さらば。
今出せる最高の速度でその場から離れる。ここは危険だ。仕組みはまるで理解できないが、このままエンビィやサリアまで現れてしまえば手遅れだ。友の存在を無しにあの四人と戦うのは危険過ぎる。ナナキは死ねない。それはお母様との約束だから。ナナキは生きたいから。
何が起きているかわからず、そのままでは危険。であるのならば逃げるしかない。熱くなってあのまま戦っていては相手の思うつぼだろう。一先ずはこの単独の状態を解消するためにこちらから友を迎えに行く。これが激戦を経験してきた人間の機転と言うものだ。
ただそれは向こうも同じ。ナナキは覚悟をしなければならない。
この場から離れるにあたってナナキがクリアしなければいけない条件。それは主の存在だ。主を連れてこの場を去る、であるならばそこがナナキの唯一の隙となる。どうしたってその場を狙われる。それなら、ナナキはそれを受け入れよう。
「――――すみません、主。少し汚れます」
激痛。お腹が熱い。
「なッ――――」
絶句はシルヴァからだった。
下手に防御をすれば手足が切り落とされる。それではナナキと言えども御終いだ。そうなるくらいなら突き刺された方が断然に良い。燃えるような熱さと死にそうなくらいの激痛。覚悟をしていたとはいえこれはなんというかもうほんとクッソ痛えぜったいあとでぶっころしてやるおぼえとけよおまえ。
ハッ、意識が少しだけ飛んでいた気がする。呆けている場合ではない。
少しだけ生まれたシルヴァの隙を見てナナキパンチ。これで済んだと思うなよ。
「――――ぐあッ!?」
お腹に刺さった剣。本当は抜かない方が良いのだけど、それなりの重さがあるので抜いていく。今速度が落ちるのは非常にまずい。ナナキの巨大な魔力で全力の治療を行っているけれど、ナナキの力は人のものであって神様のものではない。一刻も早く合流しないと。まだ頭が回っているうちに。
流血が続けば頭が回らなくなる。急いで、急がなければ。
「ここから逃げます。捕まっていてください主」
「ナナキ」
「なんでしょう」
「死ぬなよ」
「はいッ」
まだまだ死ねない。主の行く末を見届けるまで。




