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雷帝のメイド  作者: なこはる
三章-陽炎の約束-
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ナナコンの神様

「何かおかしいことがあるのかしら、ナナキ様」


 当社比で大好評のナナキスマイルが気に入らなかったのか、アイナ・アイナは露骨に顔を歪めた。たったこれだけのことで剥がれてしまう笑顔は本物ではないよ。自信があるのならば堂々としていたらよろしい。この貴族の都で強者として在ったのだろう。貴族アイナ・アイナ。


「言いたいことがあるのならどうぞ。もう結果は出ていると思うけど」


 落ち着かない、そういった様子だった。優位を確信している人間からそんな言葉は出ない。このナナキとの戦闘を避けるためにミーア様やシエル様を押さえる、素晴らしい。正しくその一点はナナキにとっての心臓と成り得る。弱点を狙うことはなんら恥ではない。出来得る限りの手を打った。誇るべきことだ。


 相手が雷帝ナナキと知ってから残っていた時間的猶予は数時間だった筈。それなのに完璧でないとはいえ、これだけの手を打ってきたのだ。その手腕、人脈は称賛に値する。確固たる意志の下、此度の戦争を覚悟したのだろう。商人としての誇りか、貴族としての誇りか。どちらにせよ、大変な勇気だ。


「いかがなさいますか、主」


 これは最終確認である。


 ナナキは我が主、ゼアン・アルフレイドの従者であり剣。前者は意志であり、後者は力である。敢えて言うまでもなく、この身は強大である。今一度この力を振るうのであれば、それは選択しなければいけない。我が主、ゼアン・アルフレイドの己が意志で。覚悟を頂きたい、その確認を以てナナキは御剣と成る。


「最初から何も変わっちゃいないさ。狙いはアイナ・アイナ一人だ」

「かしこまりました」


 決断は下された。誇り高き我が主に一礼を示し、その剣としての役割を果たす。雷で形成される剣は全てを焼き切る神話の剣。どうぞ光栄に思って頂きたい。これはかつて多くの神を屠ったものの一つ。


「なッ……!? 戦うつもり!? ゼアン・アルフレイドッ‼ 貴方わかっているのッ!?」


 アイナ・アイナも、他の貴族たちも明らかな狼狽を見せた。話が違うではないか、と。


「それはこちらの台詞だよ。アイナ・アイナ」


 正に。


 ゼアン・アルフレイドはこのナナキの主人。然るべく、その意味を彼は正しく理解している。それに比べて主よりも一回りは年を取っているであろうアイナ・アイナは動揺を晒し続けている。これも証明の一つだろう。その席を譲る時が来たというだけの話だろう。


 力なき者が奪われる、これは真理だ。


 それを知っているから六大貴族で結託し、強化を図ったのだろう。ではもう十分によろしい筈。出来る限りの手を打ち、万全ではないものの主との交渉を一方的に蹴ることができるくらいには自信があるのだろう。ならば戦争を再開しよう。


「誰を敵に回したのか、本当にわかっているのか? アイナ・アイナ」

「妹や婚約者はこちらの手の内なのよッ!? 戦うと言うのなら彼女たちを――――」

「確認したのか」

「――――え?」

「本当に手の内に納められたのか」


 主の言葉にアイナ・アイナの顔が蒼白になっていく。そこは彼女にとっての生命線、冗談でも失敗を仄めかしてはならない。たった数分で勝ち誇っていたあの笑みから、蒼白な顔で額に汗を滲ませているある種空しい顔に。化粧が崩れ始めているせいか、少し怖い顔になっている。


 総論に入る。


「――――貴女は”優秀な商人“です。アイナ・アイナ」


 この一言に尽きるのだろう。


 商人アイナ・アイナが雷帝ナナキに対抗するための策はそれなりのものだった。時間的猶予がないことから見ても、絶賛されるべき手腕。さすがは巨万の富が動くとされるこの貴族の都フレイラインで強者として君臨しているだけはあるのだろう。けれど、やはり貴女も間違えた。


 ナナキよりアイナ・アイナへ。


 いったいどの様な物差しで、このナナキを測った。


 自分でも言っていたじゃないか、アイナ・アイナ。雷帝ナナキと、そう言っていたじゃないか。正しくその通り、ナナキは雷帝ナナキとして生きていた頃が在った。今はマスターメイドナナキではあるが、それは些細なことだ。本質は一切変わってはいない。


 ナナキはナナキ。それを知った上で、貴女は間違えたんだ。アイナ・アイナ。


「……ア、アイナ・アイナッ! 強襲部隊と連絡がつかない……ッ!」

「…………なッ」


 戦争に優しさを持ち込むべきではないよ。それでもお礼だけは言っておこう。ありがとうアイナ・アイナ。ありがとう六大貴族の皆さま。


 ――――人間扱いしてくれて。


 有効であったのだろう。十分な策だったのだろう。相手がこのナナキでなければ。私はナナキ、単騎で神をも下す超越者が一人。人の枠組みに嵌めてこのナナキを自分の物差しで測った時点で、貴女は誤っていたんだよ。アイナ・アイナ。


 あなた方は優秀な商人である。けれど商人は戦場を知らない。この一度終わった世界には超常と呼ばれる力が存在する。それは人の想像では及ばないものだ、故に諸君は一切悪くはない。ただ知らなかった、それだけのことだ。


 巨万の富が動く貴族の都。聞こえは良いが帝都からは遠く離れた片田舎だ。主は殺し合いがどうのと言ってはいたが、熾烈な戦いが多い帝都での生活に比べれば何ら刺激のない平穏な日々である。古代の街並みに古代の暮らしをしているせいで、ここの常識は酷く古いのだ。


 僭越ながら、このナナキが答え合わせを行おう。これが超越者の出す解の一つである。心して見よ。


 単独のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。


 君たちには見えないだろうけれど、昨日からナナキの傍に居るべき友が居ない。ナナキと彼が友人となったあの日から、常に共にあった彼がこのナナキの傍に居ない。だから実はかなり寂しかったりする。アローンナナキ。どうだろう、答え合わせの結果は良好だったろうか。


 拝聴せよ、ナナキは特別な人間である。


 諸君は敬愛なるお母様の娘にして、神話の雷イルヴェング=ナズグルを友とするこのナナキを侮った。この身は千里を刹那で駆けることもできれば、神と友人になることもできる。ナナキは生涯の友人となる彼に頼った。人間が嫌いな彼はナナキのためにそれを了承してくれた。


 神話の雷の前に、五百の兵など初めからなかったものと同義だったろう。


 アルフレイド邸には神話の雷と呼ばれる恐ろしくも優しい神の加護がある。それをたかだか五百の兵で突破しようなどと、命をダストシュートである。彼の強さはこのナナキが一番理解している。何せこのナナキが殺されかかったのだから。


「チェックメイトです、アイナ・アイナ」


 ナナキがここに終幕を宣言する。


 もう手札は尽きたろう。アイナ・アイナは武力がない代わりに財力や人脈を駆使して戦った。決してこのナナキから逃げることなく、最後まで戦う意志を見せた。ならばそれに相応しい最期をナナキが送ろう。称えられるための一撃を。


「……ナ、ナナキ様」


 命乞いはしてくれるな、それでは何のためにナナキと戦う覚悟をしたのか。どうか最期まで強者らしく在ってほしい。さようなら、アイナ・アイナ。主の糧になることをどうか誇って逝ってほしい。


「……チェックメイト――――したのはこちらの様ですよ、ナナキ様」


 気でも違ったのか、アイナ・アイナが再び邪悪な笑顔を浮かべた。或いは、まだ手札は残っていたのだろうか。しかし残念ながらそれが間に合うとは思わないことだ。決着は目前なんだよ、アイナ・アイナ。


 戯言に付き合っていても仕方がない。終幕の一振りを今ここに振り下ろ――――


「――――まさかお前が一人になるとはな、ナナキ」


 あっまってやっばいこれ。

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