何かが足りない
口を開けばニンジンが飛んでくる。そんな不思議な空間に身を置くこと十分。状況は一向に動かず、ただただミーア様のご機嫌ばかりが悪くなっていく。主も必死で説得しているが、シエル様の名前が出るだけでミーア様の目が釣り上がる。兄妹愛とはかくも恐ろしいものだっただろうか。
「恐れながらミーアさ――――んぐっ」
本当に口を開けばニンジンが飛んでくる。美味しい。
「俺のせいで命が狙われるかもしれないんだ。見捨ててはおけないだろう」
「対談にはナナキも同行するのでしょう。ならうちに呼んだところで安全性は変わらないわ」
「将来帝国魔法士になる天才が居るだろう。そしてその従者もな」
「本当、お兄様は都合が良いわね」
当然なのかもしれないが、主が口を開いてもキャロット砲は発射されない。察するにナナキに口を出してほしくないのだろう。ミーア様にはミーア様の考えがある。それは十分に理解できる。けれど、本日は時間がないのだ。動くならば迅速でなければならない。こうして時間を潰しているだけの余裕はない。
であれば、このナナキが風を吹かせるしかないのだ。我が主に追い風を。
「恐れながら申し上げま――――す、ミーア様」
飛んできたニンジンを刹那で完食した。御馳走さまでした。
「不思議ね、ウサギさんが人の言葉を喋っているわ」
「不思議な国より参りましたので」
ミーア様には申し訳ないが、正直に言えば飛んでくるニンジンなどナナキにとってはただのおやつに過ぎない。正確無比なコントロールでナナキの口に投げ込むのは大変よろしいが、それでいつまでもナナキが止まったままでいると思われても困る。
食べながら喋るとエンビィに殺され――――怒られるので一度は止める。けれどすぐに完食してしまえばよろしい。このナナキ、最近ではニンジンを好物とするところ。このナナキを止めたくば相応の量が必要となりましょう。これでもナナキは育ち盛り真っただ中。可能性の膨らみ。
さあミーア様、ニンジンの貯蔵は十分か。
「ミーア様、このナナキは交わした約束を果たします。ですからどうか、格好の良い貴女様で在りますように。ミーア様に無様は似合いません」
ミーア様はナナキに全てを守れと言った。その約束、ナナキが果たそう。だからこそ、ミーア様もその望みの代価を支払って頂きたい。どうしても譲れないとで言うのならナナキも納得しよう。けれど貴女はそれを口にしていない。それではナナキは認めない。
ナナキはミーア様を好ましい御方だと思っている。だからこそ、そんな貴女の無様は許さない。人には言葉がある、譲れないものであるのなら堂々とそれを口にすることができる。それをしないのはミーア様の傲慢である。人は言葉なくして分かり合えない。理解してもらいたければその努力をしなければいけない。
ナナキは視線と言葉で問うた。
幸いにして、キャロット砲が飛んでくることはなかった。
「……本当、憎たらしいメイドを雇ったものね。お兄様」
「俺の運も捨てたもんじゃないだろう」
諦めたようにミーア様は鼻を鳴らした。承諾、とみていいだろう。であればシエル様への説明はミーア様に任せ、主とナナキは敵地へ赴く準備をしなければいけない。どうやらあの男は無事にその役目を終えたようだった。
ナナキにだけ見える場所で彼は紙切れをその場に落とし、素早くその場から姿を消した。
「お手紙が届きましたよ、我が主」
ラブレターではなく果たし状ですが。
◇
待ち合わせの場所は倉庫街。如何にもと言った具合な雰囲気に主と共に笑った。誰の案内もなく、ただ手紙が示しているその場所へ、主とナナキの二人だけで歩く。歩幅はいつも通り、主は三歩前へ、ナナキは三歩後ろへ。あの日から続く歩幅。ナナキはこの距離が好きだ。
「六人です。正面、間もなくです」
細やかな幸せを感じている中で、空気の読めない気配に口を開く。邪魔をしないで頂きたい。ぷんすか。
「……嫌に少ないな」
予め人払いが住んでいるのだろう。六人以外の気配は感じられない。感知に自信のあるこのナナキを欺ける者が居るとも思えない、大した度胸だと言える。彼はしっかりとナナキのその名を伝えただろうか。そうそう同名の人間なんて居ないと思うはずなのだけど。
今回用意されたのは対話の場。だからと言ってなんの備えもないのは不用心を通り越してただの間抜けだ。主やミーア様の反応からするに、アイナ・アイナという人物は相当の切れ者である印象を受けたのだけど、思い過ごしなのだろうか。
「……なるほど」
と。
開けたその場所で待っていた六人を見て、主は苦笑をした。その意味がナナキにはわからない。形勢は有利か不利か、前進か撤退か。その全ての判断は主が下さなければならない。つまり、ナナキにできることは信じることのみ。こと主に対してはナナキの得意分野だった。
「初めましてゼアン・アルフレイド。私がアイナ・アイナ」
「初めましてアイナ・アイナ。よろしく」
如何にもと言った立ち方で自分を主張していたのはそれなりに美しい女性だった。年の頃は三十くらいだろうか。その立ち居振る舞いは美しくはあるが、戦闘に適したものではない。どうやら武官としての経験は無い様子。周りの五人も同様だった。一先ずは良しとしよう。
「どうぞ座って」
倉庫街の開けたその場所にぽつりと置かれたテーブルに椅子。とてもシュールだった。どこかに一室用意するのでなく、わざわざこうして屋外に対談の場を設けたのは何か狙いがあってのことだろう。遠距離からの狙撃も警戒しておこう。ナナキのソナーの感知外からとは考え難いが。用心だ。
「そちらの要求は私のエリアでの商売。それも大掛かりな。合ってるかしら、ゼアン・アルフレイド」
「そうかもしれないな」
「ではそうだと仮定します。その上で私アイナ・アイナの返答をお聞かせするわ」
無駄がない。それはナナキの好むところだ。ナナキはこういった話は苦手だが、要はいきなり答え合わせをするぞ、ということだろう。実によろしい、徹底抗戦か和平か。ナナキはどちらでも構わない。
「お断りするわ。子供は子供らしく分を弁えなさい」
「そうだろうな。そう言うと思った」
決裂、さて主はいかがなさるか。
「六大貴族の全員が結託してるんだ、はいそうですかとは言えないだろうさ」
ろくだいきぞく。あまり美味しくなさそうな名前が聞こえてきた。
「言ったろ。この街で言う五帝みたいな六人が居るって。ここに居るのが全員そうだ」
そういえば聞いた覚えがある。五帝みたいな、と仰っていたからまさか全員がそうだとは思わなかった。
「割とお暇なのですね」
「ぐくッ」
主が噴き出した。
五帝であればやることが山の様にあるがために、ろくに休日も取れないのが普通だった。五帝の五人が集まるのも余程のことがない限り滅多にない。せいぜい御前試合くらいの時だ。
「ご挨拶ね。雷帝ナナキ様」
おやご存じで。そうであるのなら手っ取り早い、実によろしいと思います。
「ナナキ様のおかげで六大貴族が一丸となる奇跡が起きたのですよ。たった一人で立ち向かうには大きすぎますもの」
「アイナ・アイナがやられたら次は自分たちだと保身に走っただけだろう」
「悪いことかしら」
いいえ。何一つとして悪いことではない。むしろ賢いとすら思う。この短い時間でアイナ・アイナはよく動いたのだろう。やはり噂通りの切れ者。大したものだ。
「ここに誰も居ないのはね、全部貴方の屋敷に注ぎ込んだからよゼアン・アルフレイド。急だったからそんなに多くはないけれど、五百は集めたの。元五帝を止めるのに戦闘はありえない。心臓を抑えないとね。貴方の妹さんや婚約者さん、もうとっくにこちらの手の内よ」
アイナ・アイナは勝ち誇っていた。言っていることは正しい。ナナキと戦う、その選択が間違いであることを先の二回の犠牲で学んだらしい。アイナ・アイナが醜く微笑んだ。なるほど、金に憑かれた亡者はこのようにして笑うのか。勉強になった。
それではお礼にナナキがお手本をお見せしよう。
聖なるナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。
滅せよ不浄。セイントナナキ。
「……何を笑っているのかしら?」
なんでだと思う?




