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雷帝のメイド  作者: なこはる
序章-マスターメイドナナキ-
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就職には頭を使え

 私の生きる世界が物語の世界だったのなら王子様は華麗に私を抱きとめてくれたのかもしれない。けれども月明りの美しいこの夜空は紛れもない現実のもの、黄金の髪をした王子様のその胸にナナキの頭が突き刺さると苦悶の声が漏れた。


「ぐおッ!?」


 飛距離、およそ三メートル。


 大変です、お母様。ナナキの頭突きは存外に凶悪でした。


 慌てて彼に駆け寄った。私のように帝国騎士として日頃より鍛えていたのならいざ知れず、何の鍛錬も行っていない一般の人が三メートルも宙を舞う頭突きを食らって無事なわけがない。最低でも肋骨粉砕、最悪心肺停止まで十分に在り得る。


 慌てる私を余所にイルヴェング=ナズグルは心を込めて私を馬鹿にしていた。何がヘッドバットナナキだ、ちょっと語呂がいいからって得意気になるな。事の発端は君じゃないか、ナナキは五割しか悪くない。


「私の頭が申訳ありません! お身体は大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫だ……」


 返事が返ってきた、まずは一つ安心。けれど声はとても弱々しい、呼吸も苦しそうだ。どうか許して欲しい、今から許されるための誠意をお見せしよう。それでダメならば必死に頭を下げよう。ナナキは悪いことをした、このままではお母様に顔向けができない。


「失礼します」


 一言断ってから彼の上着を破いた。傍から見れば私は痴女だろうか、はしたない。甘んじて受け入れるより他にない。彼の胸に手を当て容体を探る。


 やはり肋骨があちこちに出張している。先ほどの大丈夫だという言葉はなんだったのかと問い詰めたい衝動に駆られてしまうが、ここは彼の強がりを立てて治療を優先しよう。ナナキ以外の人間は弱い、だから無理をしてはいけない。


「少し痛みますが強がってください」

「……俺は強がってない」


 なら遠慮なく。


 正直に言って、ここまで肋骨がパラダイス状態だと普通の魔法では治せない。けれど大丈夫、私の魔法は余所とは違う。それを証明するためにも、力を貸してほしい友よ。


 人知の及ばない力を持つ神と私は友人関係にある。だからこそ、私たち五帝は呼ばれるのだ、超越者と。神を従えるには、その人知の及ばない力に打ち勝たなければならないからだ。


 最初は渋っていたイルヴェング=ナズグルもやがて私の頼みを聞いてくれた。ありがとう友よ。私は優しい君が好きだ。だから私も君が好きでいてくれるナナキで在りたいと思う。でもそれはそれとして、やっぱり納得いかないから言わせてもらうけど今回の引き金を引いたのは君だ。


 治療をしている間、私は心の中で友と罵りあった。



 敬愛なるお母様、人生とは往々にして上手くいかないものなのだとナナキは本日学びました。若かりし日のお母様もそうであったのでしょうか。それとも、ナナキの力不足でしょうか。帝都に尽くそうと思えば敵対し、日銭を稼ごうと思えば門前払いにあい、ネズミをリスペクトすれば王子様を頭突きました。


 どうすればお母様のようなお人になれるのでしょうか。


 最近では失敗ばかりを重ねてしまいます。どうか教えては頂けないでしょうか。これが甘えなのは重々に承知してはおりますが、これまでの苦難を乗り越えた娘に褒美を頂けないでしょうか。ただ一度だけでいいのです、ナナキはまたお母様に甘えたいのです。


 わかっております、まずは目の前のことをすべて終わらせてからだということも。ですがそれはそれとして、丈夫な身体に産んで頂けたことを深く感謝致します。ナナキの頭は元気です。


「この度は大変なご迷惑をおかけしまして誠に申し訳ございませんでした」


 平伏叩頭、大地にヘッドバット。


「ああ、気にしないでくれ」

「ですが」

「それより、君の頭は大丈夫か?」


 人間の言葉は難しい。彼が私の心配をしてくれているのは十分にわかる。なんて紳士的な人なのだろう。けれども、その心配がどちらの意味で心配してくれているのかはわからなかった。とりあえず、ナナキの頭はどちらの意味でも大丈夫だ。心配してくれてありがとうございます。


「おかげ様で」

「なら良かった」


 できた人だなと。突然殺されかかったというのに、その相手の心配ができる人はそうはいない。何よりも不思議なのはその声音からまったく怒りが感じられない。どころか、とても落ち着きのある心地の良い声音だ。お母様、ナナキは不思議な人に出会いました。


「大変に申し上げにくいのですが、今は日銭にもことを欠く有様でして。お詫びになるものを用意することができないのです」


 彼を善人とナナキは断定する。だからこそ、その善意に甘えるつもりはない。それはナナキの誇りが許さない。だからありのままを伝えた。恥とは恰好ではない。恥とは財産ではない。恥とは、今ここで善意に縋り嘘をつくことだ。


「詫びなんていい。それと、頭を上げてくれ。膝もつかなくていい。女性にそんな真似をさせたら父に顔向けができない」

「ですが私は母に顔向けができません」


 こればかりは譲らない。非があるのはこちら。お心だけ頂いておきますジェントルマン。

 

「……わかった。なら一つ、話を聞いてくれ」

「お伺いします」


 少しばかりの沈黙の後、彼は折れてくれた。心の中で深く感謝、笑ってるイルヴェング=ナズグルにヘッドバット。


「実は今、少しばかり困っていることがある」


 ナナキにだろうか。


「付き人を探しているんだが、俺の家は没落寸前の弱小なんだ。この街には貴族なんてごろごろと居る。給与も薄給と呼べるだけの額しか用意できない。そんな家に仕えたいと思ってくれる人はそうそう居なくてね」


 卑下している、というわけではなさそうだ。ありのままを話しているのだろう。その証拠に彼は先ほどと何一つ変わらない表情で話を続けている。


「日銭にもことを欠く、と言っていたから話だけしてみた。でも正直、恩に着せるみたいで気乗りはしないんだ。貴族社会っていうのは見栄が何よりも大事なものでね、それが用意できるか用意できないかで立場がガラっと変わってしまう。元より大層な立場ではないけどな」


 お母様、この道は愛せる世界に繋がっていますか?


「二つ、問わせてください」

「聞こう」


 確かめて参ります。どうか見守っていてください。


「私はフロスト帝国の元五帝、雷帝ナナキと申します。その事実を知って、私を雇用することができますか」

「構わない」


 一欠片の動揺も見られなかった。


「帝都で何があったかはご存じですか?」

「知ってるよ。大勢亡くなったらしい」


 またも即答。


「では――――」


 既視感がある。私は彼の存在に覚えがある。


「帝国からの追手が現れた際に、貴方は私を見捨てることができますか」


 彼は善人だ。


 だからこそ、最後にこれだけは問わなければいけない。でもどうしてだろう、私には彼がなんて答えるかはわかっていた。


 ああ、そうかこの人は――――


「見捨てるよ」


 ――――お母様に似ている。


 表情をまるで変えず、穏やかなままに彼は即答した。彼はずれている。このどうしようもなさが酷く懐かしい。涙が零れそうになる。だって、似ているから。私にも、お母様にも。


 この世界に噛み合ってないのだ、致命的なまでに。まるで鏡、このどうしよもなさと懐かしさに心が潤ってしまう。失ってしまったものが目の前にあるかのように。


「お名前を――――我が主」


 お母様、この道が正しいのかは私にはわかりません。後悔をすることも、きっとあるのでしょう。でも人は正しく在っても後悔をしてしまう生き物なのだと思います。ですから、ナナキはこの道を進もうと思います。ここには、お母様の面影があるのです。


 いつまでも甘えん坊の娘でごめんなさい。いつまでも心配をかけてごめんなさい。いつまでも頼りない娘でごめんなさい。


 ――――行って参ります。


「ゼアン・アルフレイドだ」

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