月光会である
夜の帳は降りた。
今夜の空は美しい。どうか文明の光はご遠慮頂きたい。美しいドレス、凛としたタキシードで着飾った紳士淑女の皆々様を照らすのは月光であるべきだ。妥当ではなく上等を。月夜が照らす草原に響く由緒あるクラッシックに誘われて人は踊る。
レディース&ジェントルマン、月光会へようこそ。
「よ、ようミーア! 久しぶりじゃねえか」
「お久しぶりです。ヴィルモット様」
ご覧の通り、我が主はミーア様からの援護射撃を受けた。御家のためになるということで大した反対もなかったそうだ。それとナナキが休日の日に勝負に出たらしく、久方ぶりに兄妹二人で一日を過ごしたのだとか。素晴らしい兄妹愛。ナナキも見習おう。
「ヴィルモット、今日は――――」
「ああ、わかってる。約束通りだ、好きに動けよ」
「感謝する。ミーア、また後でな」
「ええ、お兄様」
我が主にミーア様、互いにそれぞれの役目を果たすのだろう。それはこのナナキも同じだ。ダンスパーティーに個人のメイドがうろついているわけにはいかない。給仕係の者はホストであるヴィルモット・アルカーンが既に用意している。ナナキたち従者はその場から離れて遠くより見守るのみ。
主従となったあの日からの逆転劇は鮮やかなものであった。それでも元の場所が低かっただけにたどり着いたこのステージでも主の不利は拭えない。ヴィルモット・アルカーンに招待されたという事実だけで立ち回るのは少々無理があるのだろう。主は未だ声を掛けられてはいない。
対してミーア様はヴィルモット・アルカーンとの会話に専念しているようだ。どれどれ、ナナキの才能を以てして会話の内容を探ってみるとする。唇の動きを追って再現する、それだけ。必要なものは遠くまで良く見える瞳と読解力。それではナナキが参る。
『アルフレイド家を建て直したいなら俺と婚約すればいいとは思わないか』
『はぁ。ナナキ……じゃなくてナナだったわね。来なさい』
『おいおいミーア。従者が居る場所は反対側だ。来るわけねえだろ』
ところがどっこいナナキです。
「お呼びですかミーア様」
「ひぃッ!?」
相変わらず君はナナキに怯えるね、ヴィルモット・アルカーン。想い人の前でくらいは格好を付けた方が良いのではないだろうか。ミーア様は聡明な御方であるからすぐに見破られてしまうかもしれないが。
「驚かせてしまってごめんなさい、ヴィルモット様。うちのメイドは特別なの」
そうそれ。特別。イグザクトリーナナキ。
やはりミーア様はナナキのことを正しく理解していると言って良いだろう。ナナキが特別であることを証明し、ミーア様がそれを理解した。ナナキが特別であることを妬むことなく認め、その従者を誇るが如く特別であることを告げる。ようやくミーア様から信を置いて頂けたと言えるだろう。
これにはさすがのナナキもご機嫌ナナキである。満天の星空に一際輝く御月様。主役はナナキではないけれど、この素敵な舞台に笑顔を送ろう。
満天のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。
さあ、なんなりとお申し付け頂きたいミーア様。主がお呼びにならない限りは今のナナキには仕事がない。それはいけないことだ。特別なナナキの時間を無駄にしてはいけない。人は死に向かって生きているのだから、死ぬまでにより多くを成さなければならない。
「はいこれ。戻っていいわよ」
キャロット。
「それでは失礼致します」
つまりはヴィルモット・アルカーンに対しての牽制として呼ばれたらしい。お役に立てたのであればどんな理由であろうと結構。ナナキはアルフレイド家に仕えるマスターメイドなのだから。それにしてもこのニンジン。ラビットナナキはもう居ないのですミーア様。
「返事が違うわよウサギさん」
「グゥグゥ」
ぴょんぴょんしながら戻った。
◇
月光会は恙無く進行していった。
この場で恐らくはただ一人、この場に相応しくないであろうナナキは大人しく気配を殺すことに努めた。大自然での成長を恥じるつもりはない。あの日々はナナキの誇りだ。けれど文明社会のルールを否定するつもりもない。ナナキはナナキ。貴族は貴族。それで良いのだ。互いに道がぶつからない限りは。
ここにはフィオさんもアキハさんも居ない。彼女たちはメイドではなく騎士としての従者。この月光会の安全のために草原のどこかに配置されているのだろう。必然として退屈に襲われるナナキが取る行動は一つしかない。我が主だ。
美しいドレスを着た女性と踊る我が主を見守る。
あれで四人目。最初こそ声を掛けられることがなかったものの、主は積極的に動いて調子を掴むことに成功した。場の空気を形成してしまえば後は何の問題もない。主の容姿を好む女性は多い。現に主の周りには女性を中心とした小さな群れができている。
今日のために着飾った美しい淑女たち。
様々な色合いのドレスに綺麗なアクセサリー。見事にナナキに似合わない物ばかりだね、友よ。何はともあれ、主は無事に上流貴族たちとの接触に成功した。おめでとうございます、我が主。うん、どうかしただろうか友よ。なに? 顔が怖い? それはおかしい。ナナキは怒っていない。
顔が怖いと言うのなら解せば良い。むにむに。
それでは改めて、月下のナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。
「怒ってるのか?」
「笑顔です」
「なんだ、そうか」
「休憩ですか。我が主」
「まあな」
ナナキとしてはよろしくないタイミングだ。けれどそれはナナキの都合であり主の非ではない。まさか主にまで怒り顔と判定されてしまうとはしきりに反省する。
「主。お休みになられるのならあちらの方に食事や飲み物がございます」
「人の家の給仕は信用しない質でな」
「では私がお持ちしましょう」
給仕係の者たちには申し訳ないが、ナナキは主の従者。最大限の配慮はしよう。気付かなければ失礼があったのだとわからないだろう。迅速に飲み物と軽く食べれるものをまとめて主の下へ。この会場に居る方々でナナキを捕捉できるのはせいぜいミーア様くらいだろう。
「お待たせ致しました」
「ああ」
本当はこういった休憩の時間であっても上流階級の皆々様と会話をしながらというのが好ましい筈。それなのに主はわざわざナナキの居る暗がりへ来て休んでいる。悪手である。これは進言した方が良いかもしれない。
「ある――――」
暗がりが闇になった。
敵襲ではない。このナナキの感知を掻い潜って奇襲を成功させることなど誰であっても不可能だ。見上げれば御月様には厚い雲がかかっていた。星の明かりで完全な闇とまではいかないが、それでも先ほどまでと比べると大きく違う。
文明生活で育った紳士淑女の皆々様にはこの暗闇は慣れないだろう。無論ナナキは夜目が効く。夜の森でフクロウとネズミを捕り合った仲だ。最後はフクロウもナナキのご飯となった。ほらね、育ちを恥じる必要はなかっただろう、友よ。
「月が隠れたか。都合が良いな」
「敵は居ませんのでご安心くださ――――都合が良い?」
妙なことを言う。月光会が滞りなく進む方が主にとっては都合が良い筈。このまま御月様が隠れていれば文明育ちの貴族様たちはまともに会話することもできないだろう。何せ相手が誰かわからないのだから。
「――――踊ろうナナキ」




