出会っちまったな
「ゼアン、よく考えろよ。自分の立場をな」
「また明後日な、ヴィルモット」
本日の授業が終われば温度差のある別れの挨拶を交わし、ヴィルモット・アルカーンは去っていく。敵意を周りに振り撒きながら去っていく彼の後ろを歩くアキハさんに小さく手を振った。明日は登校日ではないので次に会うのは明後日。今日はありがとうございました。
アキハさんは当然のようにナナキに応えてくれた。ナナキはアキハさん好き。
「月光会か……ナナキは踊れるのか?」
「お望みとあらば習得致しますが、従者には不要かと」
「それもそうか」
ナナキの運動神経は天稟のものだ。覚えろと言われたならばすぐにでも覚えよう。けれどナナキは従者。貴族の世界には疎いがダンスパーティーで踊る従者など居るわけがないのはナナキにもわかる。マスターメイドたるもの、慎ましく在らなければ。
けれどまあ、本音を言えば少しだけ憧れていたりもする。
強者であるとはいえナナキも女子だ。素敵な王子様とのダンスは女子であれば誰もが一度は憧れるもの。ナナキと言えども例外ではない。けれどこの憧れが叶うことはないのだと思う。ナナキは血生臭い道を歩んできた。そしてそれを誇りに思っている。必要であればこれからもその道を歩む。
紅いドレスを着たナナキと踊りたい人は居ないだろう。
いつか素敵な人に巡り合えたその時は一度だけお願いしてみようと思う。ナナキと踊ってくださいと。断られてしまうかもしれないけど。おや、ようやく起きたのか友よ。お寝坊さんだね、君は。なに? 君が一緒に踊ってくれる? 君はやっぱり紳士だね。ありがとう。
でもやはりナナキにドレスは似合わないと思う。
今のナナキに似合うのは給仕服。なにせナナキは誇り高きマスターメイドだからね。だから友よ、君とのダンスはしばらく後になる。それまでにナナキも練習しておくよ。気持ちはとても嬉しかった。ありがとうナナキの親友。
「……ナナキはたまにそういう顔をするな」
「いったいどのような顔でしょうか」
「遠いところにいる気がする。そんな顔だ」
不思議なことを言う。ナナキはここに居るというのに。
「例の秘密と関係があるのか」
「いいえ。ただ――――いえ、止めておきましょう」
「まだ秘密か」
「ええ。それともう一つの理由もあります」
「もう一つ?」
前をご覧ください、我が主。
「ゼアン様ー! ナナさーん!」
いつもの。
◇
「おかえりなさい、お兄様」
アルフレイドの屋敷の前ではミーア様が腕を組んで立ちはだかっていた。表情にはご機嫌ナナメと書いてある。ナナキとしてはできればご機嫌ナナキであってほしかった。ミーア様の背後で控えているフィオさんも顔を青くしている。
「ダメじゃないお兄様、動物をもう一匹連れてきては」
未だにナナキは動物扱いされていた。ラビットナナキは学校への到着と共に不思議な国に帰りました。今ここに居るのはマスターメイドナナキです。故に、それとなく人間アピールをすることも忘れない。想いよ届け、伝心のナナキスマイル。ミーア様、人間です。それとシエル様も人間です。
「…………」
ゴミを見るような目で射抜かれながら、そっとニンジンを渡された。想いが届かナナキ。ところでこのニンジンはナナキのために用意してくれていたのだろうか。もしかすると案外気に入って頂けているのかもしれない。何事も前向きに捉えていこう。
ミーア様はナナキに無言でニンジンを手渡した後に主とシエル様を睨んだ。お兄様大好きミーア様と主大好きシエル様の対面である。今この場ではナナキたち従者は何もできない。従ってこの場では御三方で話を付けて頂かなければならない。応援しております、主。
「ただいま、ミ――――」
「お久しぶりね、シエルさん」
僅か一言で旗艦中破。主の発言に強引に被せてきた。開幕から一方的な状況になってしまった。急いで立て直してください、主。このままでは婚約者であるシエル様が集中砲火を浴びてしまう。ナナキは助けに行くことができないのです。援軍はありません。
「まあミーアさん! お久しぶりです。お元気でしたか?」
「ええ、それはもう。シエルさんも相変わらずお元気そうですね」
「ま、まあ立ち話もなんだ。とりあえず中へ――――」
「お兄様、少し黙っててもらえます?」
旗艦轟沈、作戦は失敗。昨日に泣かしてしまったがためにあまり強く出られないというのもあるのだろう。こうなってしまえば最早御二人だけで解決を図るしかない。奮戦空しく敗れた主に心の中で敬礼。戦況は最終局面へ。
「せっかく来ていただいて申し訳ないのですけど、今日はお兄様とお話しなければいけないことがたくさんあるので御引き取り願えますか。満足な御もてなしもできそうにないので」
「あら、私のことは気にしなくてもいいのですよ? ミーアさん」
直訳すると邪魔だから帰れというミーア様に対して恐らく本気でお構いなくと思っているシエル様。なるほど、これは非常に相性が悪い。ナナキとしてはどちらも主にとっての大事な方、であれば御二人にも仲良くなって頂きたい。しかしこの様子ではそれは難しそうだ。
「ホストが恥を忍んで御もてなしができないと言っているのですシエルさん。それとも実力行使でなければ理解できないかしら」
主がナナキを見た。一礼にて応える。
少しばかり過激と言える兄妹愛の前では、どうやら婚約者であるシエル様は完全に敵と見做されるらしい。しかし何事にも限度と言うものがある。ミーア様の魔力が上がっていく。もし傷害に発展するような状況になればナナキの出番だ。友よ、準備を。
「あら私ったら……ごめんなさいミーアさん。そこまで気が回らなくて……失礼しました」
「それとリドルフから聞いたのだけど、ここのところ毎日お兄様を迎えに行っているそうですね。正式な婚姻を前に少々はしたないのでは?」
「申し訳ありません……しばらく会えなかったものですから……」
見ていて少し気の毒になる。けれどどちらかと言えばミーア様が正しいのかもしれない。婚約者同士の仲がよろしいのは大変に良いことではあるが、毎日のように主を出迎えていれば周りがどう思うかはわからない。貴族でなかったのなら問題はなかったのだろう。
「反省します……ゼアン様、連日押しかけてしまい申し訳ありませんでした。今日は帰ります」
「あ、ああ。またこちらから連絡を入れる」
「ありがとうございます。ゼアン様」
去っていくシエル様の後ろ姿はいつもより小さく……嘘はいけないナナキ。大変に大きい後ろ姿ではあったがその背中には悲しみが見えた。とはいえこればかりは当人同士の問題となる。メイドであるナナキが出しゃばっていい問題ではない。
「先に戻ってるわよ、お兄様」
鼻を鳴らして屋敷へと戻っていくミーア様。その姿が見えなくなれば、主は大きなため息をついた。幸せが逃げてしまいますよ、我が主。
「これから月光会の話をしなきゃならないのか……」
完全に失念していた。それは少しばかり大変な話し合いとなりそうだ。その件もナナキはお手伝いできない。マスターメイドを名乗るナナキは無力であった。せめてこの陰気な空気を吹き飛ばそう。ナナキにできることはそのくらいだ。
消え去れネガティヴ、後光差すナナキスマイル。世界の皆さま、ナナキです。
笑って逆境を跳ね返す。それくらいの意地を見せてください我が主。とはいえ、轟沈した主にはリペアが必要だ。それくらいならナナキにもお手伝いができる。どうかこれで元気を出してほしい。
「主、これを」
「…………気持ちだけな」
キャロットアウト。美味しいのに。




