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雷帝のメイド  作者: なこはる
一章-婚約者と帝都の因縁-
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郷愁のサムライソード

 友が元気になった。


 昨日はナナキを守ってくれてありがとう、おかげでナナキは元気だ。なに? レディを守るのは紳士としての義務? さすがはナナキの友だ、君は男前な神様だ。でも時々思うのだけど人間に厳しいくせに人間よりも人間らしいよね君は。痛い痛い、やめて叩かないで。


 敬う心が足りないと怒られた。親しき仲にも礼儀あり。


「到着です」


 御者の小父様の声に、すぐに馬車を降りて扉を開けた。真心を込めて我が主をエスコート。ナナキがメイドとして付き添った初日が懐かしい。今となってはナナキたちに侮蔑の視線を送る者もずいぶんと減った。もちろん零ではない。けれど確実に減っているのだからこれは進歩だ。


 我が主は栄光への道を着実にお進みになられている。その立ち居振る舞いや表情にはもはや弱者だった頃の面影はなく、そこにはただ強者の姿が在る。堂々と胸を張って歩くのは存外に難しい。どうしてか人間は恥を恐れるからだ。そのために誇れる自分でなくてはならない。


 全てを受け入れる覚悟を持とう、肯定した世界のために。


「よおゼアン。待ってたぜ」

「……おはよう、ヴィルモット。新しい付き人か」


 もちろん君も受け入れよう、ヴィルモット・アルカーン。


「ああ、そうだとも。何が言いたいかはわかるよなぁ?」


 再起を図る、今の状況に腐らずに未だ心が折れていないのは称賛するべきだろう。例えどんな人間が相手であろうと、認めるところは認めなければいけない。ナナキとしてはこれまでの非礼を詫びずにすり寄ってくる同級生よりも、ヴィルモット・アルカーンの方がまだ好感が持てる。


 人格はともかくとして、貴族としての誇りだけはしっかりと持っているようだ。少し違うベクトルな気もしなくはないが。


「――――まさか東方の血を引く者が私以外にも居るとは……」


 ヴィルモット・アルカーンの新しい従者の方はナナキを見てぽつりと漏らした。ナナキと同じ黒い髪。肌の色も似ている。亜麻色の瞳がナナキを見つめている。初めまして、ナナキです。


「ヴィルモット様。こちらの御方の従者はメイドのようですが」

「だからなんだってんだよ」

「武器も持たない相手と戦えと、そう仰るのですか」


 ヴィルモット・アルカーンと会話をしながらも、彼女の瞳はナナキだけを見ている。並みの力ではないけれど、ナナキには遠く及ばない。かと言って慢心をするつもりもない。その不思議な武器を向けるのであればナナキがお相手しよう。


 でも出来れば仲良くしてほしい。友好のナナキスマイル。


「恰好に騙されてんじゃねえ! このメイドは化物なんだよッ!」


 残念、化物扱いには慣れている。友好のモンスタースマイル。


「同族と戦うのは気乗りしませんが、戦えと言うのなら戦いましょう。ですがよろしいので」

「ああッ!?」

「このまま戦えばまた敗北を喫することになるかと。何が何でも勝利したいのであれば相手を知ることです」


 なんと清々しい人だろう。立ち居振る舞いもそうだけど、気位が感じられる。やはり実力相応の人格者なのだと思う。であれば、それはナナキにとってはとても好ましいと言える。でも好きとまでは言わない。


「ということで、アキハ・シノハラです。仲良くしましょう」


 ナナキこの人好きだ。


「ナナ・ナナと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」


 すぐに差し出された気高いその手を取った。ああ、シエル様。ナナキに偽名を作る機会を与えてくださってありがとうございます。やはり貴女は素晴らしい人だと思います。心は。


「んぐ……んんっ」


 だからどうして噴き出すのですか我が主。



 主が授業中の間は従者は何もすることがない。となれば友好を深めるのは当然と言える。アキハさんも同じ考えだったようで、ナナキたちは校舎の屋上で話すことにした。例えどこであろうと何かあってもナナキなら駆けつけられる。マスターメイドの嗜みだ。


「……気になりますか? カタナという武器です」


 カタナ。聞き覚えのある名称だ。帝都にあったとても古い書物に記載されていた古代の武器。刃は薄く、耐久性は皆無。だというのに達人が扱えば斬れないものはなく、折れもしないのだとか。確か別の名称もあった筈だ。


「伝説のサムライソードですね」

「まあ、そうですね。これは本物ではなく、今の時代に合わせて作られたものですけど」


 作られた。確か書物によればサムライソードの製造は非常に難しく、その技術は失われてしまったとあったけれど。もしその技術が失われていなかったのだとしたらもしかするとアキハさんは歴史的に重大な存在なのでは。ロストアーツ現代に蘇る。


「ナナさんは日本人と呼ばれる人種をご存じですか」

「いえ」

「やはりそうですか。ご自身のことですよ。その黒い髪と顔立ちは東洋のものですから」


 ニッポンジン。実のところナナキは幼少を大自然で過ごしたせいで歴史には詳しくない。エンビィ協力の下、聞かれれば大雑把に答えられる程度の知識は得たけれど、ニッポンジンは知らない。何しろ千年以上も前のことだ、機会があれば程度に考えていた。


 人種と言っていた。確かにナナキのこの黒い髪はお母様以外には見たことがなかったけれど。するともしかしてニッポンジンは珍しかったりするのだろうか。ナナキは希少種だった? さすがナナキ、特別な人間。


「私たち日本人の本当の故郷は神界戦争時代に沈んでしまったそうです」

「沈む……? 大陸がですか?」

「生まれたのが大陸ですからね、そう思うのもわかります。ですが、私たちの故郷は島国だったそうですよ。小さな、それでも強い国であったと聞かされています」


 つまり、神界戦争時代にその島国から大陸へと移ってきたのがナナキたちのご先祖様、ということだろうか。神々が争いあったという熾烈な時代であれば、それは島の一つや二つは沈んでしまうだろう。


「国を捨てて逃げ出してきた東洋人は大陸に馴染めなかったそうです。酷い差別を受け、その数を次第に減らしていったと。今では数が減りすぎて差別すらも自然消滅しましたが」


 本当にナナキは希少種だった。


「私の家は日本人の誇りを忘れてしまわないように、代々その心を伝えてきました。日出る国。とても素敵な国であったそうです」


 エンビィもニッポンジンだったのかもしれない。


「家族以外で初めて同族に会えました。とても嬉しく思います」

「私も思わぬ自分のルーツを知ることができました。ありがとうございます、アキハさん」

「私たちの主、というよりは私の主が一方的に絡んでいるだけのようですが。いずれ決闘を行うのだとしても、それが終わっても良い関係でいたいと思います」

「こちらこそ」


 もしかしてこれは友人と言って差し支えないのでは。大変です、お母様。ナナキに新しいお友達ができました。驚いてください、なんとニッポンジンです。ナナキやお母様と同じ人種だそうです。故郷はもうないそうなので、アキハさんから色々とお聞きしようと思います。


「あっ」


 アキハさんの頭上に悪い虫がいる。あの虫は人を刺す攻撃的な虫だ。これはいけない、ナナキの友人はナナキが守らなければ。なに? 俺が最初の友達? もちろんじゃないか友よ。それはこの先何があろうと変わることのないナナキと君の関係だ。


 それではいざ、害虫駆除――――と思ったのに虫が真っ二つに切れた。


 神速、までは届いていない。彼女は超越者ではないのだから当然だろう。けれど、その速さは人間としてならばある種の限界に到達していると言っていい。刹那の抜剣、目標を両断し納める。鮮やかな一連の動きは帝国騎士にもまるで劣らない技量を伺わせる。


「居合という技術です」

「決闘前に手の内を見せてよろしいのですか?」

「通じる相手ではないでしょうから」


 綺麗な笑みだった。笑顔ならナナキも自信がある。栄光のナナキスマイル。世界に届けナナキの笑顔。


「可愛らしい笑顔ですね」

「ありがとうございます」


 綺麗な笑みのつもりだったのはナナキの心の内にしまっておこう。

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