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雷帝のメイド  作者: なこはる
一章-婚約者と帝都の因縁-
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ネズミスレイヤーナナキ

 どれだけ疲れてても日が昇れば目が覚める。


 今日は主の登校日だ。のんびりとはしていられない。寝具から身体を起こしたのならばすぐさまシャワールームへと駆け込む。昨日は疲れ果ててあのまま眠ってしまった。ところどころ焼け焦げた給仕服を脱いで心地の良い温水を浴びる。ああ、きっとシーツも真っ黒だろうな。


 シャワーを終えて確認してみれば、案の定シーツは煤に塗れていた。給仕服とシーツはナナキのお給料から天引きして新しいものを買ってもらおう。それとお詫びの品も用意しなければいけない。ナナキの都合で昨日は大変な迷惑をかけてしまったのだから。


 だけど、気分は晴れ晴れしい。


 替えの給仕服を取り出して装着、カチューシャを付ければメイドナナキの出来上がり。おはようございます、世界の皆さま。ナナキです。


 最後に姿見鏡で身だしなみを整える。今日は特に念入りに身だしなみに気を付ける。ナナキは昨日の分も働いて誠意を見せなければいけない。今日のナナキには失敗は許されない。普段通りの業務に加え、主へ朝の紅茶も用意しよう。


 それでは、今日も張り切って参りましょう。


 と言いたいところなのだけれど。何故か中庭から主の気配を感じる。こんな早朝から中庭でいったい何をしているのだろう。簡単だ、気になるのなら会いに行けばいい。そうと決めればナナキは速い、最後にもう一度だけ身だしなみを確認。


 目標中庭、進路気配なし、衝突の危険は皆無、発射よろし。


 弾着。


「おはようございます、主」

「おはよう。……いい加減突然現れるのにも慣れてきたな」


 とても良いことだと思います。もっとナナキを理解して頂きたい。昨日の御恩、ナナキは忘れません。堂々と貴方の御傍に居ます。ですからもっと頼りにして頂いていいのですよ。料理とか。


「模擬剣ですか」


 主の手に握られているのは騎士たちが訓練に使う模擬剣。こんな早朝から中庭で鍛錬、今までそんなことは一度もなかったのに、どういう心境の変化なのだろう。


「ちょうどいい、少し見てくれるか」

「かしこまりました」


 いや、理由はなんだっていい。ナナキはただ我が主のために尽くすだけ。間違っているとそう思った時にだけ口を出せば良いのだ。でもナナキの主は立派な方だから、口に出して注意する日なんて来ないかもしれない。本当に立派な方だと思う。


「それじゃあ……」

「剣は両手で持ちましょう、主」


 さっそく口で注意してしまった。


 よく勘違いしている人が居るが、剣は片手で振るものじゃない。もちろん技術と力があれば斬ることはできるけれど、素人の人間が片手で剣を振っても恐らく紙すら斬れない。見ていると意外と簡単そうに見えるかもしれないが、その実剣を扱うのは多くの技術が要る。


「ほっ! はッ!」


 剣筋、なるほど。筋力、バランス、なるほどなるほど。重心は……なるほど。


「ほッ! ……どうだ?」

「お疲れでしょう、お茶を淹れて参ります」

「逃げることはないだろう」


 別に逃げようとしたわけじゃない。ナナキに逃走はないのだ。けれど多少とはいえ困っていることは事実。さて、どうしたものか。よし、選択の自由を主に与えて決定してもらおう。メイドとはかくあるべきだ。さすがナナキ、立派なメイド。


「評価は辛口と甘口、どちらがよろしいですか」

「まずは甘口から」

「初めてにしては上出来なのではないでしょうか。とはいえ、今から騎士を目指すのであれば相応の覚悟が必要かと思います。また、努力をする時間も人より取らなければならないかと」

「……辛口は?」

「諦めて別の道を探しましょう」

「…………そ、そうか」


 ああ、ちょっと主が傷ついてる。でも両方聞いたのは主なのです。ナナキ悪くない。


 我が主は少しびっくりするくらい運動音痴だった。全ての動作がぎこちない。残念ながらその動きの中には才能の欠片も感じられない。今から騎士を目指しても恐らく無駄だろう。であれば、無駄な時間を過ごす前に、ナナキがガツンと言わなければ。


 とはいえフォローも必要だ。もちろん、剣の才能に対してではない。ナナキとしては、傷ついた主の心を癒すには美味しいお茶が必要だとナナキに提案する。ナナキとしてはナナキの提案に賛成である。満場一致、行動始め。進路厨房、ヨーソロー。


「すぐにお茶を淹れて参ります」

「ま――――」


 遠慮することはないのですよ我が主。


 ナナキは前回の失敗を覚えている。二度も同じ失態を見せはしない。まずはリドルフ執事長の動きを完全再現、ここまでは良い。問題は温度である。まさかあの無駄に時間を掛けていると思っていた一連の動きが熱を冷ますためのものであったとは。


 タネさえわかればそんなものはナナキにもできる。ナナキは特別な人間だ、お茶の一杯も淹れられないでマスターメイドを名乗ることはできない。名誉挽回、今こそナナキのメイド力を見せる時が来た。


 とはいえ、だ。


 紅茶の温度はどうやって適温と調べればいいのだろう。リドルフ執事長はどうやっていただろうか。完全に無駄な動きだと思い記憶していなかった。なんたる失態。カップに手を当ててみても正確な温度がわかるわけもなく、飲んで確かめればまた火傷してしまうかもしれない。


 正に八方ふさがり、否ナキ。


 ナナキに諦めるという選択肢は存在しない。この胸に抱く誇りは世界を肯定することを選んだ。ナナキには全てを受け入れる用意がある。覚悟がある。苦難から逃げてはいけない。立ち向かうからこそ誇りは輝くのである。今のナナキにはこれの解が出せるのだ。


 さあ、これで適温だ。主の下へ。


「ナナキにしては遅かったな」


 冷ますのに時間がかかってしまったのです、どうかお許しください。ですが今回は完璧にお茶を淹れてみせた。さあお召し上がりください。このナナキ、二度も同じ失敗を繰り返すほど愚かではありません。


「……お、普通にうまいな」


 完全勝利である。思わずにっこりナナキスマイル。世界の皆さま、マスターメイドナナキです。


「ちょうどいい温度だな、やるじゃないかナナキ」


 思えば、紅茶の温度を確かめるなんて簡単なことだった。どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのか不思議なくらいだ。これもエンビィとの一戦を経て得たものと言っていいだろう。ナナキは受け入れる。


ひゃふぇどふへ(火傷して)ふぁしかふぇへば(確かめれば)ひいんでふよ(いいんですよ)

「早く冷やしてこい」



 氷をたくさん舐めながら朝の仕事を終えれば、朝食の準備を手伝おうと再び厨房へ向かった。


「おはようございます、リドルフ執事長」

「ああ、おはようございますナナキさん」

「何かお手伝いすることは――――」

「ありがとうございます。お気遣いだけ頂いておきますね」


 有無を言わせぬ良い笑顔ですね、リドルフ執事長。退室、粛々と。


 ということは今ナナキは手持無沙汰だ。いいや、やることなんてものは探せばいくらでもある。まずは今朝の清掃に見逃しはないかをチェックしよう。それから調度品の状態も――――


「……ほ?」


 この気配は、まさか。


 最高速度で気配のする場所まで駆ける。疾風迅雷、駆けることナナキの如く。目標視認、確保。まさかフレイラインでも出会うことになるとは、これは運命に違いない。手中で騒ぐ君にナナキスマイル。


 どうもネズミさん。ナナキです。


 丸々と太ったその身体、大変よろしいと思います。ナナキは鼻が利く、このネズミさんはどうやら病気は持っていないみたいだ。いくら遥か昔の街並みが残ってるからといっても、インフラは最新だ。人の出すゴミにはありつけないだろうに。君は何を食べて生きてたのだろう。


 弱肉強食、百獣の王よりもナナキは強い。出会ったが最後、どうかナナキに美味しく食べられてほしい。いや、せっかく手に入った食材だ。これはリドルフ執事長に食べてもらおう。それにナナキはシエル様の件で一週間はお肉を食べてはいけない戒めを架しているのだった。


 だけど一つ問題がある。


 どうやら普通の人はネズミを食べないらしい。もしこの子を料理してリドルフ執事長に食べてもらえなければ、この子の命は無駄になってしまう。それは良くない、自身の血肉にするための捕食とは違う。譲れないものがあるのならともかく、無駄な殺生はいけないとお母様も言っていた。


「……もうナナキの前に現れちゃダメだよ」


 次は食べちゃうぞ。


 ネズミは大慌てで中庭から出て行った。ネズミは賢い、もうこの屋敷に潜り込もうとは思わないだろう。御達者で。


「あっ」


 見送ったネズミは鷹に捕まった。そういえば貴族の間では鷹狩とかが流行っているとか。ここは貴族の都フレイライン、鷹が飛んでいるところは確かによく見る。ネズミは悲しい断末魔を上げながら空へと消えていった。


 ……御達者でッ!

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