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雷帝のメイド  作者: なこはる
一章-婚約者と帝都の因縁-
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肯定するということ

 ――――投げ捨てた雷の剣は虚空へと消えていった。


「――――――――それはバカだよ……ナナキ……」


 そんなことはわかってる。それでもナナキは……私はエンビィを殺したくない。だって、この涙の意味は家族と別れることにある筈なのだから。なんでまた家族と別れなきゃいけない、なんでこんな思いを二度もしなければいけない。それが仮初のものであったとしても、貴女は確かにナナキの姉だった。


「これは……仕方がない……ことだよ……ナナキ……」


 どちらかしか選べないのなら、姉か主か、どちらかしか選べないのなら。己の誇りを貫くということは。これは苦難だ。まただ、またこんな世界になってしまった。覚悟を決めた筈だったのに、もう肯定した筈なのに。それなのに、ナナキはまた迷っている。


「終わらせなよ……これで……一つの呪いは終わる……」


 これがナナキの肯定した世界だというのか。これがナナキの誇りだというのか。


 ――――違う。そうじゃないだろう。


 そうだ、こんな結末を誇れるというのかナナキ。こんなもので自分を認めることができるのかナナキ。否だ、これはお母様の娘であるナナキに相応しいものじゃない。こんなことに屈する娘であっていい筈がない。これじゃない、求めた世界はこんなものじゃない。


 あの日の言葉を思い出せ。


『世界を肯定できるような人間になりなさい』


 またお母様との約束を違えるのか。そうじゃないだろう。


 強者なのだろうナナキ。お前は誰よりも強いんだろう。その強さは何のために身に着けたものだ。思い出せ、ナナキの根幹を。誇りとは何だ、それを貫くということは何だ。この現状を仕方がないで済ませるその脆弱さを強さと呼べるのか。否だ。


 何で一つなんだ、主か姉か、それはナナキが弱いからだ。強く在れと言われた、強くなると誓った、それなのにナナキはまだ逃げていた。辛いのが嫌で、苦しいのが嫌で、都合の良い夢ばかりを追いかけていた。そうだ、簡単なことじゃないか。


 ――――いつまで甘えている、いい加減に目を覚ませ。


 こんな体たらくでお母様が安心して眠れるのか。否だ、こんな弱さを持ったナナキをあのお母様が心配しない筈がない。お母様から頂いた誇りは、強さは、全てこの日のために頂いたものじゃなかったのか。


 強者なのだろうナナキ。


 特別な人間なのだろうナナキッ‼


 だったら証明してみせろッ‼


 呪いだろうが予言だろうが――――世界の全てを受け入れてみせろッ‼


「私はッ……殺さないッ‼」


 世界を肯定するということは、そいうことなじゃないのかッ‼


「――――私はッ、ナナキはッ‼ エンビィの居ない世界を望まないッ‼」


 強者とは、誇りとは、こういうことだろうッ‼


 この先どれだけの苦難が在ろうとも、どれだけの呪いを背負ってでも、自分を誇れるナナキで在る。それが強者じゃないのか。それが誇りというものじゃないのか。そのために身に着けた強さだった筈だ。そのために教わった誇りだった筈だ。


 苦難から逃げるな。辛いことから逃げるな。強者であるのならば、証明してみせろ。その全てを受け入れて、乗り越えてみせろ。それがナナキだ。それがお母様の娘のナナキだ。逃亡は許さない。


 予言がなんだ、呪いがなんだ。いいじゃないか、全部まとめて持ってくればいい。受け止めてやる、抱き止めてやる。誇りを持たないで進む道に意味なんかない、そんなことでお母様の高みに届くはずがない。それでもと、一歩を踏み出す強さを忘れるな。


 だって――――世界は素敵なのだから。


 その世界を見るために、誇りを忘れてはならない。強さを忘れてはならない。今一度証明してみせよう、ナナキが特別な人間なのだということを。今一度肯定してみせよう、この世界を。


「エンビィ、また会いましょう。大好きな貴女に会えるのなら、また何度でも剣を合わせます」

「……ハハ。……そのバカ加減は死んでも治らなそうだね」

「今さっき知ったばかりですが、バカもそう捨てたものじゃないのだと思いました」


 だって、また貴女に会うことができるのだから。


「シルヴァたちは例え敗れても何度だって来るよ。私もだ」

「受け入れます」

「ナナキの大事なものだって狙われるかもしれない」

「守ってみせます」


 貴女のおかげで本当の強さを知ることができたから。


「断ち切る気はないの?」

「背負います。全部。ナナキは強いですから」

「ハハハ、ばーか」

「はい、バカです。だから抱きしめてください。バカな子ほど可愛いと聞きます」

「たはは……まったく……」


 今日、ナナキは強くなった。だから褒められてもいい筈だ。


「――――おいで、ナナキ」


 ボロボロなその身体に飛び込んだ。


 ああ、お母様。やはりお母様の言うことは正しいのだと思います。強くなければこの温もりを守ることはできませんでした。今ならもうその御言葉を疑わなくて済みそうです。やはり世界は素敵なのかもしれません。だって――――


 ――――こんなにも温かいのだから。



 くたくただった。


 空の色はいつの間にか紺へ。ああ、今日も御月様は美しい。こんばんは、ナナキです。勝手で申訳ないのですが少しお話しでもどうでしょう。御月様は太陽をどう思われますか。ナナキはとても美しいものだと思うのです。あの輝きがなくては人は生きていけないのだと思うのです。


 御月様は雲に隠れてしまった。


 きっと太陽ばかりを褒めすぎてしまったから拗ねてしまったのだと思う。また明日の夜に謝ろう。


 今日は色々なことがあったね、友よ。


 友からの返事はなかった。あの一撃からナナキを庇ってくれた友はその力を削られ今は回復に努めている。助けてくれてありがとう。ゆっくりと休んでほしい、ナナキの大切な友よ。


 そうか、じゃあ今日はすごく久しぶりの一人の夜を過ごすことになるのか。


 それは少し寂しい。ナナキは一人が苦手だ。お母様が居なくなってしまった時のことを思い出すから。それはきっと弱さじゃないとナナキは思っている。だって、想わなければいつか忘れてしまうから。お母様がこの世界に居たことを。


 ああ、やっぱり一人は嫌だな。


 屋敷はもうすぐそこだ。明日にはたくさんの人に謝ろう。主にも、リドルフ執事長にも、シエル様にも。謝る相手が居るっていうことが幸せなことなんだって、そう思うから。それは一人じゃできないことだから。


「ボロボロだな」


 ――――それはダメですよ、主。


「ただいま戻りました、我が主」

「済んだのか」

「いいえ、また同じ日が来るのでしょう。ですが私は――――」


 それでも、御傍に居たい。共に歩むとあの日に誓ったのだから。


「早く寝ろ。明日が辛くなるぞ」


 主はナナキの言葉を遮って屋敷の中へと戻ってしまった。


 ありがとうございます、良き主。明日を約束してくれて。この御恩に報いよう。主は望んでいてくれるのだから、ナナキは堂々とその傍に居よう。


 お母様、今日は皆様の夢を見ようと思います。


 我が主とリドルフ執事長、そしてエンビィやシルヴァ、サリアやライコウ。それに今日ナナキのために傷を負ってくれた友の夢を。きっとそれは、幸せな夢だと思うのです。またいずれ、お母様にもご報告を申し上げます。


 おやすみなさい、お母様。

 

 

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