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雷帝のメイド  作者: なこはる
一章-婚約者と帝都の因縁-
13/143

来ちゃった

「―――――……はッ!?」


 放心している場合じゃない。主の婚約者から挨拶を頂いているというのに何をしているのかナナキ。誇り高い主の従者であるナナキが無様を見せるわけにはいかない。深く腰を折り恭しく一礼。初めまして、ナナキです。大変な失礼を致しました、お詫び致します。


 そしてお母様、お母様から頂いたこの名を偽ることをお許しください。ですが、これもすべてはお母様が仰っていた素敵な世界を見るためなのです。


「ナナ・ナナと申します。以降、何か御用向きがありましたらお申し付けください。シエル様」

「……ぐくッ……んんッ」


 何故噴き出すのですか我が主。


「まあ、なんて素敵な従者なのかしら! さすがゼアン様、連れている従者も品があるわ!」


 ああ、お詫び致します。お詫び致します、シエル様。貴女はナナキの品格を褒めてくれた。それなのにナナキは貴女の大変に恰幅の良いその外見を見て絶句してしまった。人とは外見で決まるものじゃない。その証拠に彼女は人を褒めることのできる人間だ。心の美しい人だ。


 それなのにナナキは自分の理想にそぐわないからと、なんたる愚かさか。これはナナキの誇りを汚す行為だ、償わなければならない。かと言って口でお詫びを申し上げても彼女を傷付けるだけ。ならば態度で誠意を示すしかない。今日という一日が最高であったと彼女が思えるだけの御もてなしを。


 それに加え、ナナキは自身に罰を与える。これより一週間、肉を食すことを禁ずる。これを戒めとし、シエル様には誠心誠意努めさせて頂く。違う友よ、ナナキは別に美味しそうだなんて思っていない。ナナキは人を食べない。でも豚は好きだ、美味しいから。


「さあ、馬車を用意してあります。これまで会えなかった互いの日々を語りながら帰りましょうゼアン様!」

「……そうだな」

「もちろんナナさんもご一緒に。さあ、お隣にお座りになって、ゼアン様」


 有り難いことにナナキにも声をかけてくれた。けれどシエル様、その馬車にはもうナナキが入れるスペースはないのです。どうぞ御二人はそのままに。ナナキにはやらねばならないことがあるのだから。


「ありがとうございます。ですがどうかお構いなく」

「そう? 遠慮することはないのですよ?」

「ナ……ナナにはちょっとした用事を言いつけてある。気にしなくていい」


 さすがは主、スペースがないことを悟らせないための良い気遣いだ。紳士とはそうでなくてはいけない。御二人に一礼をしてから扉を閉める。かくして馬車は発車し――――ない。


「……すみません、お願いできますか」

「かしこまりました」


 泣きそうな顔でナナキに縋る御者の小父様にナナキは頷いた。難儀なさっているのですね、お任せください。このナナキが力となります。馬車の後ろに回ってゆっくりと力を込めて押す。ナナキの力は人のそれではない、思いっきりやってしまえば馬車は星になってしまう。


 車輪が動いた。一度動き出してしまえば大丈夫。あとは任せたお馬さん。ナナキにはまだやらなければならないことがある。この今にも浮きそうな片輪、この傾きはすぐに対処をしなければならない。ナナキにはわかる、このままでは確実に横転する。


 一度回った車輪は軽快に動作した。しかし重量のバランス問題は深刻、馬車の軌道は大変に危なっかしい。けれどご安心を、ナナキが参る。すぐさま浮きかけている車輪の側に飛び乗り体重をかける。これで少しは安定するだろう。前を見れば御者の小父様が良い笑顔で親指を立てていた。


 少しはしたない気もしたが、ナナキも笑顔で親指を立てて返した。この帰路を無事に終えるにはナナキと小父様のチームワークが必要不可欠だ。互いの主のために頑張りましょう、小父様。


 かくして馬車は走る。


 車外に身を晒して掴まるナナキは注目の的だった。お騒がせしておりますフレイラインの皆さま、ナナキです。この多くの視線には少しばかりの照れを感じてしまうけど、これは我が主とその婚約者であるシエル様の身を案じてのこと。恥ではない、胸を張ろう。


 風が気持ちいいね、友よ。


 そういえば、帝都に居た頃にサリアから借りた本の内容でこんなシーンがあった気がする。でもあれは確か馬車ではなくバスだったかな。人が科学の追及をやめて魔法へと走った今では、もうあれを再現することは適わないかもしれない。


 だけどせっかく似たような状況にあるのだ、完全とはいかなくとも真似だけでもしてみようと思う。確かこうやって更に身を乗り出して、身体のすべてで風を感じるのだ。そして対向車線からやってくるバスで同じようにして身を乗り出し、飛び移ってくる恋人を抱きとめる。


 そして二人は走るバスの車外で愛を誓うのだ。


「愛してるぜキャサリン……私もよマイケ――――るごッ!?」


 車外で掴まっている時に絶対に身を乗り出してはいけない。街灯があるから。



「本当に助かりました、ありがとう」

「いえ、こちらこそ」


 目的地である我が主の屋敷が見えてくると、御者の小父様からこれまた良い笑顔でお礼を頂いた。困った時は助け合うのが人間なのだ。だからナナキも笑顔で返した、感謝のナナキスマイル。でもごめんなさい小父様。ナナキはついさっき気が付いてしまったのです。


 魔法を使えばよかったのでは、と。


 失念。サリアから借りた本のストーリーに気を取らていたばっかりに、御者の小父様に無用な苦労を強いてしまった。その上、口にするのも恥ずかしい失態を重ねてしまうとは、ナナキは少し反省した方がいい。あの威力はナナキでなければ死んでいた恐れがある。


 丈夫な身体で本当に良かった。強い身体に産んでくれてありがとうございます、お母様。おかげ様で少し痛かったですがナナキは無傷です。


「ふぅ、さあ到着です」


 やがて馬車が止まった。これで小父様の役目は終わりだ、お疲れさまでした。馬車から降りて屋敷を見れば既にリドルフ執事長が待機している。さすが執事長と言われるだけはある。もっとも、屋敷に居る従者はナナキとリドルフ執事長だけだけども。


 馬車の扉を開け、まずは主の手を引いた。中でどのような話をされたのかはわからないが、その顔は頂けない。疲れ切った顔にあの意志のあった瞳が淀んでいる。今は来客中、もっと凛として頂かなければ。次にシエル様の手を取る。手が肉に包まれた。


 美味しそ――――大きな手だと思いましたはい。違うよ友よ、ナナキは何も言ってないし思ってない。間近で見ると女性にしては大きい身長のせいでまるで壁のようだ。大変に肉付きが良いせいで、どれがお腹でどれが胸でどこまでが胴なのかわからない。


「ありがとうございます、ナナさん」


 わざわざお礼を口にして頂けたので笑顔で一礼した。そしてすぐさま移動、駆け足。リドルフ執事長の隣に並んで頭を下げて待機。ようこそ当家へ、ナナキです。でもこれはリドルフ執事長の台詞だから出しゃばってはいけない。さすがナナキ、弁えてる。


「ようこそ当家へお越し頂きました、シエル様」

「お久しぶりです、リドルフさん」


 我が主の婚約者なのだから、当然リドルフ執事長との面識もある様子。ナナキは特別な人間だ、だからこそ一つの予想を立てた。空の色は蒼から紅へ、従ってシエル様は本日のディナーを当家でお召し上がりになるのではないだろうか。


 そう、ナナキが知りたいのはそこなのですよリドルフ執事長。


 面識があるのならわかるはず、果たしてシエル様はどれだけお食べになられるのか。これはナナキの想像でしかないが、相当な量が必要とされるのでは。その量を、良い品質を維持しながら量産できるでしょうか、その身一つで。


 それはなかなか無理があるとナナキは思うのだ。ナナキ以外の人間は無茶をしてはいけない。やはり人は助け合うべきなのだ。命じて頂けたのならすぐにでも食材を確保する用意はある。ナナキはその食材たちが好む場所をよく知っている。さあリドルフ執事長、助け合いましょう。


「本日のディナーはどうぞ当家で。腕利きのシェフをお呼びしてあります」

「まあ! それは楽しみですね!」


 ナナキは楽しくなかった。


 ナナキが厨房に立てる日はまだ先のようだ。いつか来るその日のために食材の目処だけは立てておこう。いつかその口から美味しいと言わせてみせる。ナナキの手料理を食べれば――――


「――――ナ。……どうかしたのか? ナナ」


 ――――ああ、これはいけない。誇り高き主の言葉を聞き逃すなど、なんたる失態だ。お詫び致します、我が主。ですがその前に、感謝をしたいのです。貴方と出会って手にしたこの良い日々に。ナナキはこの今を全力で守り抜く努力をしなければいけない。


 あの日の選択に誇りを持つのであれば、その誇りは貫き通さなければいけない。


「――――暇を頂けますか。我が主」


 そうか、よりにもよって貴女が来たのか。


 ―――――――エンビィ。

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