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雷帝のメイド  作者: なこはる
八章-変わり始めた世界-
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蛇の道はヘヴィ

 時刻は早朝も早朝、人が活動するにはまだ早すぎる時間。秋が始まったばかりとはいえ、帝都は極寒で知られる地獄の大地だ。冬の始まりですら氷点下に達し、真冬であれば零下九十度とデタラメな大寒波がこの都市を襲う。そんな帝都の秋は当然寒い。日の光がない早朝ともなればなおさらだ。


 そんな寒空の下。


 ――――サササっと、気配を殺して彼女(・・)を追う。


 帝都ではなかなか見ない、珍しい灰色の髪。少し儚く、それでも綺麗なその髪を後ろで結った少女はこの暗くて寒い空の下を平然と歩いていく。その歩みは凛としたものであり、それだけでも確かな自信が伺える。まだ幼くも、帝都、その中央に立ち入ることを許されているその少女は堂々と道を行く。


 ともすれば、すぐにでも駆け寄っておはようのナナキスマイルをプレゼントしたいくらいには好感が持てるのだけど、生憎とナナキは今、隠密作戦中である。従って、駆け寄ることはできても挨拶はできないのである。駆け寄るくらいならナナキの才能を以てすれば気付かれないのだけど、声を掛けてはさすがに気付かれてしまう。というより、気付かなければどうかしている。


「――――誰かそこに居るのですか?」


 まあ、そんな心配は欠片も無用なのだけど。


 本気ではないとはいえ、ある程度気配を殺しているナナキにこうも早く違和感を覚えてくるのだから、彼女はとても優秀だ。


「気のせい……ですか」


 とはいえ、ナナキはもっと優秀だ。大自然で培った生き残るための技術、経験はもちろんのこと、人知を超えた速度をも行使すればこの通り。彼女が違和感を覚えた先にあるのは見慣れた風景。そこには誰もいないし、何もない。例え彼女の才能が違和感を訴えていても、そこに存在はないのである。


 怪訝そうな表情を浮かべながらも、彼女――――ハーミィは足早に宮廷へと向かう。


 というわけで。


 隠密のナナキスマイル。はいどうも、世界の皆様。隠密中のナナキです。


 帝都では既に厳しい寒さが続いておりますが、暦の上では季節は秋。紳士淑女の皆様におかれましては、きっと素敵な秋を楽しんでいることと存じます。しかしながら、帝都近郊にお住まいの皆様。ご存知かとは思いますが帝都近郊は呆れるほどの豪雪地帯。冬籠りの準備はしっかりと済ませましたか? 神様に御祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えながら凍死する心の準備はオーケー?


 などなど、小粋なトークを挟みつつ、若き宮廷給仕ハーミィを追跡する。


 理由はざっくり二つ。


 まず第一に、先日突発的に開催することとなったアルフレイド家首脳会談――――もとい、主とミーア様の意見交流……という名の口喧嘩。現状に対する危機感のなさを指摘する声から始まり、その改善案に対しての猛烈な反対、果てには武力衝突寸前にまで至ったりと。それはもう、凄まじい言い争いだったのである。


 我が主(いわ)く、新しくメイドを雇う。


 それはもう、当然ナナキも反対した。現状、ナナキが抜ける二日間の穴埋めが急務であることは間違いないのだが、その穴埋めに信用の置けない者を起用しては本末転倒というものだ。ミーア様の仰った通り、科学は科学。例え小さなものであっても、それは魔法壊死に怯える者たちから見れば希望に他ならない。何をしてでも手に入れようとしてくる輩は出てくるだろう。


 そんな状況下で主の傍に新しいメイドなど置ける筈もない。これ以上警戒する人間を増やすのも面倒だし、何よりアルフレイド家のに仕えるメイドはナナキ一人で十分なのである。ともすれば、即座にプラカードを自作して断固反対ストナナキと相成ったのである。


 プラカードに掲げる文字はNOT新人、YESナナキ。即席にしてはなかなかの出来栄えだったのでミーア様にも進呈し、二人で主に徹底抗戦を主張した。でも字が汚いと投げつけられた。頭にプラ角が刺さって涙したのも記憶には新しい。


 とまあそんな感じで首脳会談は泥沼化していったわけなのだが、私とミーア様は直前で主が言った一言を失念していたのである。いや、それを聞く前に反対してしまったと言うべきか。


『――――まあ、心配してくれてるのはわかるさ。でも、俺にも考えがあるんだ』


 そう、主は考えがあると言った。そして、事実あったのだ。詳細を聞くに、悪くない。ともすれば最良の一手では? と絶賛すること然り。さすがはナナキの御主人様であると関心をしたものだ。友には鮮やかな手のひら返しだと褒められてしまったので、お詫びに鮮やかな手のひら返死をもう一度見せてやった。


 まあ、要するにだ。


 ナナキの居ない二日間をそれなりの武力を持ち、信用の置ける人物で穴埋めしたい主は皇帝陛下を利用しようと言い出したのである。


 ナナキを雷帝に戻すという約束で、ゼアン・アルフレイドから科学は再び世界に放たれた。とはいえ、主に与えられた科学は世界を激変させるような大きな代物ではない。何故ならそんなものを世界に放ってしまえば人々は魔法を使わなくなる。それは魔法壊死の克服を目指す帝国にとっては致命的だ。皇帝陛下が許す筈もない。


 けれど、そんな皇帝陛下にとってさらに致命的なのは、復活した科学の出所が知れ渡ることだ。


 詰まる所――――


『監視という名目で宮廷給仕を引き抜いてしまおう』


 ということである。


 いやはや、我が主ながら大したものである。宮廷給仕一人を遣わせるだけで主のことを安全に監視できるのなら、なるほど、皇帝陛下にとっては願ってもない好機かもしれない。何せ監視らしき存在はいつもナナキが威嚇して追い払ってしまっている。協力関係になったとはいえ、覗かれるのは気分が悪い。主にも止められていないしね。


 皇帝陛下にしても安全に主のことが監視でき、主にしても優秀でそれなりの武力を持った給仕を雇うことができる。信用という点については協力関係上問題はない、と思いたいところだが万が一もある。


 だからこそ、こうしてナナキが人選を任されたのである。


 そして真っ先に思いついたのはやはり彼女、ハーミィのことだった。幼いながらも凛々しく堂々と在るその姿は実に好ましいし、戦闘力についても既に確認済みだ。差し迫った現状を鑑みても申し分ない。正に適任と言えるだろう。


 とはいえ、事は主の命にも関わる大事な使命。安直な答えは出さず、こうしてハーミィという人間を改めて観察している次第である。さすがナナキ、立派なメイド。今のところハーミィに気付かれた様子もないし、このまま慎重に――――


「何してんの?」


 うーん、さすがにエンビィレベルには気付かれるか。どの程度で気付くかというテストで完全に気配を消していないとはいえ、こうも容易く居場所を特定されるとは。さすがに五帝レベルともなると魔力に敏感だ。魔力が大きくなってきた最近ではもう隠れることもできないかもしれない。


 ともあれ、まずは朝の挨拶をしよう。せっかくこんな早朝から大好きな姉に会えたのだから、気持ちの良い一日を始めたいと思う。それにはやはり、朝の挨拶が大事だ。


「おはようございます。エンビィ」

「ん、おはようナナキ」

「じゃ、ナナキはこれで」

「いや、だから何してるのさ」

「ハーミィをこっそり追っています」

「ハーミィを? 何でまた」


 さて、なんて答えたものか。やはりここは知的でクールなナナキをお見せするのが良いのではないだろうか。ここ最近、どうもエンビィに勉強を押し付けられることが多い。ともすれば、この辺りで一つナナキの知性をアピールしておくのも良いと思うのだ。


「同じメイドですからね。蛇の道はヘヴィと言いますし、ハーミィのあの小さな身体では何かと大変かと思いまして」

「うーん、色々言いたいことはあるけど、とりあえず今から一緒に勉強をしようか」

「蛇、ナナキはこれで」


 そんなヘヴィな朝はお断る。


購入報告など頂けて嬉しい限りです。ありがとうございます。

また更新を続けていきますので、書籍共々、よろしくお願い致します。


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