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雷帝のメイド  作者: なこはる
一章-婚約者と帝都の因縁-
11/143

その顔が気に入らない

 本日は休日、されどナナキの朝は早い。


 起床は日の出が望ましい。まだまだ薄暗いお空へ朝の挨拶、おはようございます。窓を開けて少しばかり涼しい朝の空気を室内へと取り入れる。雨の匂いはしない、今日も天気は良さそうだ。


 ナナキはメイド、朝はやることが山のようにある。手早く寝間着をキャストオフ、洗面所で顔を洗う。ささっとシャワーを浴びてしまいたい誘惑に駆られるが、ナナキはこれから憎き埃との闘いが待っている。二度手間は時間の無駄、すぐさま給仕服へトランスフォーム。


 着替えが終わったのなら姿見鏡の前で身なりをチェック。髪良し、服装良し、意気や良し。最後についこの間新しく買って頂いたカチューシャを付ければメイドナナキここに在り。肯定した世界の皆さま、朝です。そしてナナキです、おはようございます。


 準備は整った、いざ出陣。


 朝の仕事はまず洗濯から始まる。それぞれの部屋の洗濯籠を秒で回収し、一人ずつ回す。主と使用人の洗濯を分けるのはわかるのだけど、リドルフ執事長とナナキまで分けるのは正直手間だ。ただリドルフ執事長が分けたほうがいいと強く勧めるのでナナキは承諾した。


 リドルフ執事長もまだ若く、見た目も女性に好まれる紳士だ。きっとお年頃なのだろう、手間というだけで面倒ではないのだからリドルフ執事長に気を遣うべきだ。友よ、何で君は首を振っているんだ。ナナキは何か間違えただろうか。


 きっと構ってほしいのだろう。だけどナナキは今忙しい、後で時間を取るからその時にめいっぱい話そう。ナナキは友人を大切にしたい。


 さて、洗濯機がぐるぐると回っている間に高級服の洗濯を済ませよう。高級な生地は手で優しく洗う。従って室内ではなく屋外へ移動、駆け足。


「お――――」


 着いた。けど今リドルフ執事長が朝の挨拶をくれていたと思うので高級服を一度洗濯桶に入れて再度駆け足。急がばナナキ。


「――――はようございます、ナナキさん」

「おはようございます、リドルフ執事長」

「相変わらずすごい速さですね」

「取柄です」

「豪快ですね。本日はゼアン様の登校日ではありませんのでシフトは二番になります。それでは本日も一日、よろしくお願いします」

「こちらこそ、お願い致します」


 一礼。そして互いが頭を上げたことを確認したなら三度駆け足。大きな洗濯桶に水を張っている間に洗剤と柔軟剤を用意。目分量は禁ず、計量。誤差僅か、許容、投入よろし。すかさずかき混ぜる。特別なナナキは洗濯機にも劣らない、それぐるぐるぐるぐるぐる――――泡に包まれた。あわわ。


 一度濡れたら後は同じ、素早く、されど優しく高級服を洗っていく。だけどどうしても傷んでしまうものはある。そればかりは素人ではどうしようもないので専門の業者にお任せする。餅は餅屋、雷はナナキ。


 高級服は終わり、最速で自室へ。そしてパージ、すべて脱ぎ捨て脱衣所に折りたたんでシャワールームへ滑り込む。危ないからナナキ以外は真似してはいけない。ゆっくりと湯船に浸かりたいところだけどそれは夜のお楽しみとする。


 手早く身体を洗い、髪だけ少し丁寧に洗う。ナナキの髪は長い、だから手入れにどうしても時間が掛かってしまう。しかし洗濯機が役目を終えるまでまだ時間はある。少しばかり至福の時間を満喫。大自然と違って温水、人類の英知に感謝。


 さっぱり。髪を乾かすにはやはり時間が掛かる、よって魔法で対応。ナナキの才能に感謝。替えの下着と給仕服を取り出し瞬間装着。ただいま戻りました、ナナキです。今出た洗濯物を持って洗濯機の下へ。ささっと中身を取り出し、今度はリドルフ執事長の洗濯物をダンク。再び中庭へ参る。


 参った。すぐさま一つ一つ丁寧に伸ばして干していく。今日はきっと良い天気になる。すぐに乾いてくれそうだ。洗濯を干し終われば洗濯機が奮闘している間、清掃に取り掛かる。シャワーを浴びてしまったために埃には十分に気を付けること、復唱。


 ご覧くださいお母様、これがナナキの朝です。少しばかり慌ただしいように見えるのかもしれないですが、ナナキはこの朝が好きです。



 有意義な休日とはなんだろうか。のんびりと身体を休めること、家族と過ごすこと、人それぞれだろう。けれど我が主の場合はどちらも当てはまらないようだった。休日の昼下がり、ナナキは書類と睨めっこをする主の傍で控える。


「アルカーンの妨害がなくなっただけでずいぶんとやり易くなったな」

「決闘での敗北を逆恨みすればどうなるか、貴族が一番よく分かっていることですからね。とはいえ、まだまだ油断はできませんよゼアン様」

「わかってる。あいつが大人しくしてる今がチャンスだ。ここで失敗はできない」


 寡黙で在ろう。


 我が主とリドルフ執事長は執務中で在られる。ナナキは元より武官、正直に言えば財政の話をされても力にはなれないだろう。幼少を大自然の中で過ごしこの身は、五帝の皆さまと出会うまでは千より先の数字を知らなかった。


 そんなナナキに帝都で生活するにあたって必要な知識を与えてくれたのは炎帝エンビィ、貴女だった。エンビィ、貴女はナナキにとって姉のような存在だった。けれど、貴女がナナキを赦すことはないのだろう。予言の日、貴女は私に対して非情になれた。


 あれだけの時を過ごしたナナキを帝都のために、即座に切り捨てた。誇ってくださいエンビィ、貴女は高潔であった。ナナキは貴女を恨みません、今でも慕っています。あんな別れ方になってしまったが故に言えませんでしたが四年間、ナナキの面倒を見てくれてありがとうございました。


 さあ、友よ待たせてしまったね。今のナナキはフリータイムだ。なんでも話そう。


「一応、ナナキにも意見を聞いてみるか」

「ナナキさんにですか……?」

「まあ武官だったのだからその反応はわからなくもないが……意外な一撃が来るかもしれないぞ」


 すまない友よ、少しだけ待っていてほしい。


「ナナキは限られた金で富を築くとしたら何を買う」

「……お肉でしょうか」

「食材か……その意図は?」

「お腹が減っては戦えませ――――」

「ありがとう参考にする。ナナキは茶を入れて来てくれ」

「……かしこまりました」


 ナナキは挫けない。今日よりナナキは財政の勉強を自身に義務付けようと思う。違う、悔しいのではない。ナナキは大自然の中で違う、言い訳でもない。ただナナキは、いやだからナナキはそもそもあの大きな森でああもう、友ようるさい。


 はい、この話はこれで御終い。


 今はお茶を入れることに集中、いいね。いつもはリドルフ執事長が担当しているが、余程の動揺与えてしまったのだろう、ナナキが準備することに反対の声は上がらなかった。これは好機である。ここでナナキの実力を見せつければ再び厨房に立つことが適うかもしれない。


 ナナキは特別な人間だ。日々の生活の中でリドルフ執事長の動きをよく観察してきた。同じようにやればいいのだ。造作もない。あらん限りの才能を行使してリドルフ執事長の動きを再現する。これにて完成、可及的速やかに、そして一滴も零さずに運んで見せる。


「お待たせ致しました」


 友よ見よ、これぞマスターメイドナナキである。ゆっくりと優雅に、テーブルに二人分のお茶を置く。今ここに限り、速さは必要ないのだ。優雅で在れ、ナナキ。さあお召し上がりください、そしてナナキが厨房に立つことを認めて頂きたい。


「……ナナキさん。どうぞ、私の分を飲んでみてください」

「……私がですか?」

「ええ」


 リドルフ執事長、その挑戦、受けて立ちましょう。貴方はまだナナキのことを誤解している。ナナキは特別な人間だ。並みと比べてもらっては困る。この紅茶は貴方の動きを完全に再現して淹れたもの。この勝負、ナナキに敗北はない。


「では失礼して、頂きます……あッ」


 ッッヅイッ‼


 込み上げてきた悲鳴を舌ごと噛んで殺した。この誇り高きナナキが悲鳴を上げるなどあってはならない、この流血は妥当なものだ。表情を変えるな、そうだ、大丈夫。ナナキは平常だ。けれど失敗は認めよう。ここは悠然と去り、挽回を図る。


ひへはほひへ(淹れなおして)はいいあふ(参ります)

「……ナ、ナナキさんは休憩に入ってください。それと冷やすのを忘れないように」

「はひ」


 好意に感謝して自室に戻らせて頂いた。


 自室で舌を冷やせばすぐに動かせるようになった。むしろ噛んだことによる流血の方がダメージは大きい。だが、そんなことよりも反省しなければいけない。この午後までの失敗は洗濯、財政、お茶。実に三件、これは多すぎる。特別なナナキに相応しくない結果だ。


 だが安心してほしい友よ。こんなことでナナキは挫けたりしない。なに? 七転び八起き? 友よ、君は博識だ。だけど少し違う、その言葉はナナキに相応しくない。気になると、そうだろうとも。


 では御静聴頂きたい、神話の雷イルヴェング=ナズグルよ。


 今の私に相応しいこの言葉を君に教えよう。


「七転びナナキ、どうだろう友――――へぶぅッ!?」


 ビンタ!?


 

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