対赤鬼。
やはり闘技場の姿は、戦いの度に変わっているらしい。
前回ドラゴンと戦った時はもっと広かった。
今回はゴブリンと戦った時と同じくらいだ。
入ってすぐ、相手の顔が分かる距離だ。
赤い鬼が居た。
額には2本の短角が生えて、赤い肌、俺の胴くらいある太さの腕や足。
3メートル近くはある背丈。
それが虎柄のパンツを着けて、巨大な金棒を持って笑っている。
まるで絵本から出てきたかのような、赤鬼だ。
こういう既視感のある生物がいるっていうのは、どういうことなんだ?
「ガッガッガッガッガ!」
赤鬼はこちらを見て、とても上機嫌のようだ。
あのドラゴンよりは何とかなりそうな気もするが、やはり勝ち目があるとは思えない。
でも。……勝ちたい。
最初から逃げたり、諦めていたら勝てるものも勝てない。
戦うつもりはある。技術や力はまだまだ未熟でも。
背中の赤い長剣を抜いて、構える。
――と同時に、鐘が鳴った。
りあのことは心配だったが、今はこの戦いに集中しよう。
当たり前だが、俺は長剣なんて使ったことは無い。
だが何故だろう、この長剣の使い方は何となく分かる。
「こう使え」と何となく俺に教えてくれている気がする。
……いや。
教えると言うよりは、まるでこの長剣に指示をされているかのようだ。
剣が俺の魔力を吸い、しかし形を変えて俺へと返してくる。
その循環が、俺の事を作り変えていくようだった。
今走れば、誰よりも速く走れる気がする。
今殴れば、誰よりも強く殴れる気がする。
今なら、あの赤鬼にでも勝てる気がする。
赤鬼の動きは、ゴブリンより遅く見えた。
金棒を持って、普通にどしどしと足音を立てながら前進してきている。
そこに何かの策略があるように見えないのは、見た目のせいか?
赤鬼はただ楽しそうに、真っ直ぐだった。
俺も駆けだしていく。
動きが視える。
動きが読める。
赤鬼は飛んだ。
そして金棒を大きく振りかぶって、思い切り振り下ろした。
真っ直ぐに、俺の事を狙っていたのだろう。
赤鬼のあの全体重を乗せた一撃。
ゴブリンもこんな動きをしていたように思うが、サイズも迫力も威力も桁違いだ。
――しかし、簡単に避けられた。
跳ね上がる地面、そして巻き上がる土、凄まじい音。
爆発が起きたような一撃だった。――が。
赤鬼の背中に周り込み、跳ぶ。俺は赤鬼を盾代わりにしていた。
跳び上がりながら、背中から肩にかけて下から剣を斬りあげていく。――手応えが、浅い。
硬い。硬すぎる。あれでは薄皮一枚を斬っただけかもしれない。
鬼の肩をそのまま蹴り距離をとった。
一手遅れて、俺が居た地点に赤鬼の裏拳が空振りする。
着地し、すぐに赤鬼の方へと駆けだした。
食らえば一撃で俺は殺されるだろう。今回は身代わり符も無いのだ。
そんなのとまともに戦おうだなんて、正気の沙汰では無いと思う。
なのに。
楽しい。いま、こうして戦えていることが。
あの赤鬼との闘いが、とても楽しい。
剣が俺を強くする。
更に俺の動きを最適化しようと魔力を循環させてくる。
気づけば俺も笑っていた。
赤鬼の顔も、とても楽しそうだった。
言葉なんて必要はなかった。お互いにこの戦いを楽しんでいた。
金棒を捨てて、赤鬼は拳と蹴りで俺に当てようとしてくる。
あの金棒を振り回していても当たらないと判断したのだろう。
実際、俺は金棒を持ってくれていた方が楽だと思えた。
軌道が真っ直ぐで、どれだけ重い一撃であっても簡単に避けられる。
だから鬼が金棒を捨てたのを見て、俺は更に楽しくなってきた。
まるで落ちてくる隕石のような、鬼の拳の一撃。
金棒が無くても威力は凄まじい。
さっき付けた傷なんて、全くダメージを与えているようには見えなかった――が。
一瞬だけ見えた背中には、その跡も消えていた。
その鬼の拳をギリギリで避けて、腕から肩に浅い斬り傷をつける。
さっきよりは、まだ手応えがある。
しかしそうして斬られても、鬼は何ともないように次の攻撃を繰り出してくる。
避ける、斬る。
避ける、斬る。
斬るたびに、俺が剣を鋭くする。
もっと扱いやすいように、俺に合ったように。
赤き剣は、今は少し短くなっていた。
長剣というより、この形状は打刀に近い。
俺が振りやすいように、もっと硬いものでも斬れるようにとイメージをしたからだ。
赤き長剣は姿を変えて、赤き刀に変わっていた。
鬼が蹴っても、殴りかかろうとしても、何度もそれを避けては斬る。
一撃。一撃。一撃。
交えるごとに、少しづつ。
研ぎ澄まされて、俺が強く、刀が鋭く、そして鬼が少し速くなっていた。
鬼も俺に当てられるようにと、力より速さを上げているのだろう。
それより速く、強く、戦いの中で変わりゆく。
鬼より硬く、鋭く、戦いの中で変わりゆく。
鬼の血が霧のように、辺りへ赤い飛沫をあげる。
たらりと血が出て、――が、すぐにその傷は塞がり鬼は何ともなかったように動き続けた。
斬っても斬っても、あんなにも鬼の皮膚は硬いのに。
まるで水のように、斬っても斬ってもキリがない。
鬼が一撃を当てるか、鬼が倒れるまで続けるか。
俺が死ぬか、鬼が――。
――俺は、この赤鬼を殺せるか?
そんなことは、もうどうでも良かった。
俺は赤鬼の拳を避け、跳び。
更に赤鬼の頭を狙って追撃をかけた。
腰からナイフを抜いて、鬼から見えないように振りかぶる。
鬼の眼に向けて、ナイフを投げる。
――が、眼に向かうナイフへと気づいた鬼は上体を逸らして避けようとする。
狙い通りだ。そうして避ける瞬間を狙って、赤き刀を振るう。
そして俺は、鬼の短角を斬り飛ばした。
鬼の弱点らしい弱点は、そこくらいしか見当たらなかった。
鬼の肌はどこも硬く、傷をつけてもキリが無い。
角を斬った後はすぐに離脱し、さてどうなるか――。
着地し、振りむいた。
赤鬼は片膝をつき、短角があった額に手を当てて呻いていた。
鬼の顔から笑みが消えて――そのまま崩れ落ちるように倒れた。
「……。」
警戒しながら、鬼に近寄る。
すぐ近くに鬼の短角が落ちていた。その角を拾い上げて、赤鬼の方を見る。
あれだけ楽しそうに戦っていた赤鬼が、騙し討ちをするとは思えない。
それは本当に倒れた、としか思えなかった。
しかしそれが、少し信じられない。
俺が、この赤鬼を倒した?
しゃがみこんで、赤鬼の頭を確かめた。確かに短角が綺麗に斬れている。
だが、もう1本は無事だ。
これを両方とも斬り飛ばせば死ぬのかもしれない。
――コロセ。
その声は、今は"心の奥底"から聴こえた声ではない。
赤き刀として完全に分離し、俺の武器として語りかけてきた。
こいつは最初、俺の身体を乗っ取るつもりだったようだ。
が、自分の身体を元に作られたこの武器の方が気に入ったらしい。
しかし俺は、この鬼にトドメを刺す気は無かった。
俺は戦いに勝った。
もう一度短角に眼を落して、ようやくそれが実感出来た。
――出来ぬなら、その鬼角を寄こせ。
赤き刀が、俺に意思をよこした。
仕方ないな。お前には今回世話になったからな。
手に持った短角を、赤き刀の柄へと押し付ける。
溶け込むように短角は消えていく。
すまんな、赤鬼。
終わった。
初めて、俺は戦いに勝てた。