ドラゴン・バトルロワイアル。
……ここが異世界かどうか、内心では少し疑っていたって?
そんな気は闘技場へと続く扉を通った瞬間、失せたよ。
ここは異世界だわ。地球じゃねーわ。
そう思わせる迫力が、目の前のドラゴンにはあった。
竜……、だよな。
赤い鱗。めちゃくちゃ固そうだ。
蛇のような長い胴体。それに四つの脚がついている。
口から覗く鋭い牙。噛まれたら一撃で死ぬな。
凶悪な爪。あれで切り裂かれたらこれも即死だろう。
尻尾には棘棘が生えている。毒でも持っているのか?
竜の翼は……切り裂かれたか、折れている?
あれなら飛べないだろう。
正真正銘の化け物だよ。なんだよこれ。どう考えても死ぬだろ。
勝ち目?馬鹿言うなよ!
全長10メートルくらいはあるドラゴン相手に勝てると思うのか?
まだサバンナでライオン相手にした方がマシだよ。そっちも死ぬけどさ!
こんなの相手に盾だの鎧が役立つとは思えない。こんなちっぽけな剣とか効くのかよ?
そして、思わずドラゴンの迫力に目を奪われたけれど。
俺の他には、魔術師みたいなのがいた。大きな杖を持っている。
ローブを深々と被っていて顔は見えない。
俺、ドラゴン、魔術師っぽいやつの位置でちょうど三角形になるような配置だ。
……あれ?この闘技場、こんなに広かったっけ?
ゴブリンと戦った時は、もう少し狭かったような気がする。
鐘の音が鳴った。
戦いが始まってしまった。
ゴブリンで倍率が1.2倍なら、ドラゴンは1.1倍なんじゃないか?
どういうことだよ……、と思いつつ。まるで俺は99倍のオッズのスライムになった気分だ。
赤きドラゴンが大きく咆哮しながら、中央へと前進してくる。
地面の揺れを感じる。段々大きくなってくるのが恐ろしい。
そしてまだ距離があっても、耳が裂けそうになるような爆音の叫び。
思わず身体がすくんでしまう。
恐い。何だよあれは。どうあがいても死ぬ、としか思えない。
それでも。勝ちたい。
まだその気持ちは消えてはいなかった。
俺は中央へと向かうドラゴンを迂回するように、そして魔術師からは遠ざかるように走り出した。
勝ちたいなら、今はビビってる場合じゃないんだ。
俺の脳内での作戦は、こうだ。
まず、俺が一撃食らって身代わり符が発動したらそこで終了。これは確定だ。
このドラゴンの気を逸らして、まずは勝ち目を探る。
例えば、あの魔術師。何か魔法を撃てるんじゃないか?
これは賭け試合だ。
どう足掻いても勝ち目がない試合として組まれている可能性は低い、と思う。
それじゃ賭けが成り立たないからだ。
その可能性はあのローブのやつにある、という予想だ。
俺にあのドラゴンをどうにか出来る力があるとは思えない。
とはいえ、俺ごと魔術師に攻撃されたりしても終了だろう。
ドラゴンを倒せるような魔法を俺がどうにか出来るかって?無理に決まってるだろう!
出来る限り盾を構えて、足を踏ん張って。
身代わり符を使ってでも、死なないように耐えておきたい。
いや、どんな魔法が来るか、そもそも魔法が撃てるのかは分からないが……。
更に言うなら、ドラゴンを倒せるような魔法を撃てる魔術師に俺が勝てるかって?
それで勝てなくても終了だよ!だが、何か手立てはあるかもしれない。まだドラゴン相手よりは。
俺が最初にあのローブのやつにいきなり挑んでもドラゴンはどうにもならないと思う。
それだけは見ただけで分かる。
俺は勝って戻りたいんだ。
最初から一撃食らい、死んだふりして諦めよう、というつもりはなかった。
りあにそんな格好悪い所を見せたくねぇ!という男の意地もある。
ちらり、とドラゴンの後ろの方へと見えるローブのやつの方を見た。
何らかの青い光がいくつか杖の周りに廻り、輝いていた。
やっぱり、魔法が使えるのか!
予想は当たり。だが本番はここからだ。
ドラゴンは魔術師の方に首だけを向けて唸りだした。
ブ、ブレスとか吐かねーよな?吐けるなら吐いてそうなものだが。
恐らく魔法を警戒しているのだろう。
身体は俺に対しても、魔術師に対しても横にしたままだった。
俺の方へもきょろりと首を向けているので、どちらを獲物としようか迷っているように見える。
俺、ドラゴン、魔術師で対角線上で挟み込む形だ。
魔術師か俺に背中を向けて、挟み撃ちになることを警戒しているのか?旋回しにくそうだしな。
ドラゴンに知性があるのかどうかは分からないが。
まず何故中央に行ったのかも分からないしな。
あれだけ図体がデカいと小回りが利かなさそうだが。
魔術師の方へと、ドラゴンが首を向ける。
俺は剣を抜き、鞘をドラゴンの方へとぶん投げた。
なるべく、俺の方へと気を引いておきたい。挑発行動だ。
魔術師の方を見ていたドラゴンの首元に、べしっ、と鞘が当たる。
ドラゴンはそれにビクりと反応し、大きく後ろに跳びすさった。
結構、素早い。まるで驚いた猫みたいだ。翼が使えなくてもあれだけ動けるのか。
それにしても「まずは様子見」は俺だけじゃなくて、ドラゴンもそうだったのだろうか……?
だとすれば、それなりに知能があることになる。
ドラゴンは俺の方へと大きく咆哮しながら、ドシドシと大きな音を立てて走り出してきた。
俺が何かをしたことに怒ったのだろう、それ自体は目論見通りではある……が。
ここから先は地獄の鬼ごっこだ。
俺は全力疾走をした。
俺のアドバンテージは、小回りが利くという一点だけだ。
追いかけられながら、左に急カーブしてはドラゴンの前足から繰り出される攻撃を避け。
時にはあえて近づきつつ転がって避けて、ドラゴンの脚の下を駆け抜けて避ける。
走る、走る、走る。
この鎧、改めてすげぇな。
邪魔にならない。どころか俺に力を分け与えてくれている気がする。
盾や剣も重い、とは思わない。最悪捨ててしまうのもアリだったが。
バトンを持っている、くらいの軽さに感じる。
時間にして、それはそう長くはなかったかもしれない。
全力疾走もし続ければいずれ体力が尽きる。
もうそろそろ、この時間稼ぎも限界だ。まだかよ魔法はっ!?
……もう魔術師の方へと、行くしかない!
何らかの魔法を避けて、ドラゴンに当たってくれることを祈る。
たったそれだけが俺の勝ち筋だ。
後ろから近づいてくる地響き、ドラゴンの鳴き声。
竜の吐息の音さえ聴こえてくる気がする。
でも振り返らない、まだ振り返れない。
ローブの魔術師が、少しづつ近づいてきた。
(撃ちます。)
聞き覚えのない少女の声が、俺の耳に――。
いや、脳内に直接伝わってきた気がする。
――その瞬間、瞬間が俺にはスローモーションのように感じていた。
青い光が、魔術師の杖から放たれた。
"あの青い光は、ドラゴンを狙っている。"
俺はそう判断した。
聴こえた声は、目の前にいる魔術師の声な気がする。
俺は振り返りながら、持っていた剣を思い切りドラゴンの方へとぶん投げた。
ドラゴンに魔法を避けられないよう、俺が気を引かねばならないから。
竜の眼を狙った。その時、ドラゴンの眼は俺を見ていた。
俺の事を、殺す。絶対に殺す。
その意思が、ドラゴンの眼から伝わってきた。
ドラゴンの爪が、俺の剣に向けて振られていき――。
俺は転がり込むようにしゃがみ、ドラゴンに向けて盾を構えた。
――恐らく、その時。凄まじい爆発が起きた。
閃光に眼を閉じてからは何が起きたか、どうなったかは精確には分からない。
気が付けば、俺まで吹っ飛ばされていたから。
盾を持って踏ん張ったつもりでも、その衝撃の前にはどうにもならなかった。
閃光が終わり、爆炎が収まり、辺り一帯の黒煙が微かに晴れて。
あまりの音に耳がいかれて、一時的に聴こえなくなっていた。
そして。首から上の吹っ飛んだドラゴンが、倒れた姿が見えた。
焼け焦げた臭いが酷い。
それはどこか、現実感のない光景だった。
ドラゴンの首から、ドロリと赤い血が流れていく。
それと一緒に、首元から赤色のモヤがかった何かが出てきた。
あれは、血か?魔力か?それとも、たましい?
亡霊のようにそれは蠢き、動き、揺らめきながらもそのまま俺に向かってきて――。
速い。一瞬の出来事で、俺は避けられなかった。
何だよ、これは。
荒れ狂う意思のようなものが、俺に入って来る。
――コロセ。
そんな声が、聴こえてくる。
呪いのような。命令のような。
たぶん、俺は、あの爆発で死んでいた。
……この、身代わり符がなかったらな。
背中から全身にかけて、今、俺には魔力が満ちていた。
力が湧いてくる。みなぎってくる。
今なら何でも出来るくらいの万能感が駆け巡ってきていた。
これが、身代わり符の効果か?
もし、この符が無ければ俺は一体どうなっていた……?
――コロセ。
しかし俺は、何で立ち上がっているのだろう。
身代わり符が発動したら、終了。
死んだふりをするんじゃなかったか?
りあもそう言っていなかったか?
心の奥底から、コロセ、と言う声が聴こえてくる気がする。
誰だよ、お前は。
流れ込んできた異物が、俺に何かをさせようとしている。
俺は腰からナイフを引き抜いて。
ローブの魔術師の方へと、ゆらりと一歩。
次の二歩目で、走り出していた。
魔術師は、さっきまで被っていたフードが取れていた。あの爆発のせいだろう。
それはとても綺麗な、女の子だった。
金髪碧眼、長い耳の少女。まるで人形のようだ。
その綺麗な顔が、恐怖に歪んだ表情に見えた。
これから魔法を放とう、という風には見えない。
だって、あれはどう見ても腰を抜かしているのだ。
杖も取り落とし、化け物にこれから襲われますよって顔だ。
ドラゴンを殺した魔術師が、俺を恐れるなんて。
そんなに酷い格好をしているのか?俺は。
――ソイツを、コロセ!
だから、俺は躊躇ってしまった。
いやさ。だってさ。無理じゃん?
お前さ。
金髪碧眼の美少女をナイフでぶっ刺して殺せんの?
何でも出来る気がしても、何でも出来るわけないだろ。
いい加減にしろよっ!
――……。
俺は心の奥底の声に、抗い。
火が消えるように。
心の声は、消えていった。
そして、俺は転んだ。
少女の前へと、見事なヘッドスライディングを決める。
そのままピクりと動かず、目を瞑ったまま。
――終わった。
そんな気がする。
これはドラゴンの感情、だろうか?
長い長い何かの終わり。
そんな感情に緊張が解けて、俺はすぐに眠りに落ちていった。