2日目。
「おはよう、太一。」
「……おはよ、りあ。」
……何故。
りあは俺を起こしてからじゃなく、寝ている間にこの鎧を身に着けさせるのだろうか。
当たり前のように、また俺は小手や具足を身に着けさせられていた。
いま、寝起きなんだが。困るんだが。恥ずかしいんだが。
昨日と良い、それだけされて起きない俺もどうかと思うが。
「傷は治っても、魔法じゃ体力までは治らないけど。太一、大丈夫?」
りあに聴かれて、俺は身体を起こした。
特に疲れが残っているとも思えない。
うん、と頷いた。
「今日は、バトルロワイアル方式の戦いになるから。」
ところで、りあの服が制服から清楚な白いワンピースに変わっているんだが。
なんだこれ。この世界の服だろうか?可愛い。
「バトルロワイアル?」と俺は首を傾げた。
ドキドキする心は置いておいて、ちゃんと話は聴く。聴くんだ俺。
……りあは髪形もポニーテールを下ろして、今日はセミロングになってるんだが。可愛いんだが。
「最後まで残れば勝ち。戦闘不能になったら、負け。……死んでも、負け。」
「……。」
こうしてみると、りあは俺と背は同じくらいなのかもしれない。
良い匂いがする。
りあに顔を覗き込まれて、「……ね。ちゃんと話、聴いてる?」と聴かれた。
近い。
「え、うん、勿論。……聴いてる聴いてる。りあの服装とかが昨日と変わってたから、気になって。」
まずい。全然、頭に入ってこなかった。何て言っていたっけ?
だってさ、こういう変化ってずるい。あのボロボロな制服姿も可愛かったけどさ。
髪の毛おろして、可愛い服に変わってるんだぜ。
俺はそういう小さなギャップに弱いんだよ。
女の子の顔をこんな距離で見たのだって、初めてだ。
「……昨日は、キミに同じ世界の人だ、って分かるように制服を着てたから。あれはもうボロボロだから、普段はこっちの世界の服なの。」
「その、何ていうか。可愛いなって思ったよ。」と俺は本音を言った。
女の子の変化は褒めろ、ってばっちゃが言ってた。
ぽふっと軽く、りあに頭をはたかれる。
「……太一?話、聴いてなかったよね。」
「ごめん……。」と素直に謝ると、りあは笑って撫でてから。
もう一度同じことを説明してくれた。
かわいいと思えてちょっと嬉しかったが、次はちゃんと聴いた。
「……成る程。」結局、戦うしかないのか。俺は少し落ち込む。
正直、恐い。
ゴブリンと戦いはしたが、死ななかったのは運が良かったとしか思えない。今度は対複数か。
逃げ回っていたら、殺されたり、そうでなくても報酬なし、とかになりそうだ。
「太一。動かないで。」俺の後ろに回ったりあが、名前を呼んでくる。
「……ん?え、ちょ。」
俺は焦った。りあが、背中側の服をめくってきたからだ。
「えっとね、身代わり符っていうのを張っておくから。」
そう言いつつ、背中に湿布のようなものをペタリと張られる。
あ、そういうことか。
何か色々と恥ずかしくなりつつ。
りあの指先は少し冷たかったが、身代わり符は特に冷たくはなかった。
それどころか、身代わり符は少し温かく感じる。
じんわりと。昨日の回復魔法の光のような温かさだ。
「これはね。一度だけ、強力な攻撃から身を守ってくれるから。身代わり符が発動したら、そのまま死んだふりをしてね。倒れてからちょっとすれば、騙し討ちが出来ないよう舞台からは転送されるから。傍目には身代わり符が発動したかは分からないけど、キミ自身には発動したかは分かるようになってるよ。」
「……なんか、すごい代物だな。」と俺は感心する。そんな便利なアイテムまであるのか、この世界。
「代わりに、太一にいま身についている分の"色の魔力"は殆ど使い切って無くなっちゃうけど……。それに、戦いが終わった後は魔力の使い過ぎでちょっとつらいかもしれない。身代わり符が発動した直後は、むしろ全身が魔力が充足してすごく調子が良くなるけど。」
流石にそう、うまいだけの話があるわけでもないらしい。
前回は魔力不足で使えなかった、って所か?
りあが言っていた、魔力があると使えるものが増えるってこういうことか?
言いつつ、りあは俺に軽鎧の胸当てを着せてくる。
俺はされるがままに胸当てを着て、盾と剣を持った。
今更気づいたが、りあは鎧を着ける際に魔力を注ぎ込みサイズを調整しながら着けているように見えた。
鎧がぶよぶよと蠢いているのが見えた。生きているみたいだ。
回復魔法の時のような光こそ放っていなかったが、あれも魔法なのだろう。
もしかすると、俺1人だとこの鎧は着れないから手伝ってくれていたのかもしれない。
「ありがとう。……えっと。」俺は言葉を呑んで、頬をかいた。
俺が勝ち続けたら、りあを元の世界に戻すことも出来るのだろうか。
なんて、ふと思って。でも言えない。出来るか分からないことを言うのも恥ずかしいし。
キミの為に勝てるよう、頑張るよ。とか、言えるような男になりたい。
実は内心、ここは本当に異世界なのか?とまだ疑問に思うことがある。
りあの回復魔法や今の目の前で見た鎧を目にしても、どこかでまだ現実感がない。
が。
「頑張ってね。」
そう、りあが微笑んだ。
何だか、凄くやる気が出てきた。単純だけど、女の子に応援されるのって凄く良い。
頑張ろう、俺。
惚れた弱みか、男の性か。細かいことは気にならない。気にしない。
「うん。頑張ってくる。」
精一杯、なんともないふりをしながら。俺は扉の方へと足を運んだ。
気を抜くと顔がニヤけてしまいそうだった。
扉の向こうは最初に見かけた、武具や鎧の置かれた部屋だった。
そしてその向こうには、闘技場へと続く扉が――。
まだ閉じていた。
「まだ、もうちょっと時間あるよ。ご飯を食べてからね。」と、後ろからりあに声をかけられて。
りあは口許に手を当てて、くすくすと笑っている。ちょっと意地悪げで可愛い。
俺は折角、精一杯格好付けたつもりだったのに……と思いつつ。
確かにお腹は減っていた。
そういえば、あの果実以外は昨日は何も食べていなかったな。
自覚をしてみると、どこからか肉の焼けた良い匂いがしてくる気がする。
「もう食べるものは用意してあるから。ちょっと待っててね。」
一応テーブルと椅子などの座る場所はあるが、テーブルは武器を並べる為のものに見えた。
が、その中の一つ。りあの方を見ると、大きな肉の丸焼きが置かれていた。
漫画でこんな原子肉を見たことがあるな。
俺が起きる前に、りあが持ってきてくれたのかもしれない。
「ありがとう。何か手伝えるかな?」
「特にないかな。」
りあは手慣れた手つきで肉の丸焼きをナイフとフォークで食べやすいサイズに捌いていく。
俺が手伝うとかえって邪魔になってしまいそうだ。
手持無沙汰になった俺は、鎧や武器の置かれた部屋を見渡してみた。
俺の寝ていた部屋は、一応俺専用の控室という扱いだったらしい。
ここは差し詰め、準備室か。
大きな肉の塊の丸焼きからは、とても良い匂いがする。
それにしてもこれは、一体何の肉なのだろうか。よく分からない。
鳥の丸焼き……のような気がするが、鳥には見えない。
「はい、食べてて良いよ。ゆっくりだと、時間ギリギリだから。」と切り分けられた肉を勧められる。
「ありがとう。じゃあ、お先に。いただきます!」
俺は皿とフォークを受け取って、早速食べ始めた。
一度だけ食べたことのある、オーストラリア産の牛肉のような弾力がある。
「しかし味が濃くて、中々美味しいな。これ、何の肉なんだ?」と聴いてみる。
さくさくと肉を切り取る、りあの手が止まる。
「……勝ったら、教えてあげる。」とちょっと意地悪そうに笑って答えた。
「な、何の肉なんだよ……。」とは言いつつも、食べる手は止めない。
腹も減っていたし、美味い。
「これ、追加のお肉ね。じゃあ、わたしも頂きます。」と手を合わせて、りあも食べ始めた。
「良いの?ありがとう、頂きます!」
りあと一緒に食べると、更に肉は美味しく思えた。
「あ、そうだ。昨日、剣を弾かれてたよね。これ、持っていって。」
りあがナイフを取り出し、渡してくる。
さっき肉を切り分けていたものや、果物を切っていたものとは違う。実戦用のナイフだ。
りあは色々なナイフを持っているらしい。
「何から何まで、ありがたいな。がんばってくるよ。」
最後の一口を食べ終えてから、これも腰の帯に付けておく。
と、そこで鐘の音が鳴った。
「時間、か。……じゃあ、行ってくるよ。ご馳走様!」
「うん、お粗末様。……ちゃんと、生きて戻ってきてね。」
「ああ。」
出来れば、勝って戻りたいな。
勝ち続けたい。
そうして願いが叶うなら、この子の願いを叶えて欲しかった。