対ゴブリン。
訳が分からないまま、俺はあれと戦うことになったらしい。
棍棒をもった緑色の肌をした小人。たぶん、ゴブリン。
重そうな首輪をつけている。防具……、というよりは拘束具みたいだな。
ゴングのつもりか、また鐘の音が聴こえた。
そして、ゴブリンが一直線に俺に襲い掛かって来る。
棍棒を振り上げ、ジャンプをしながら全体重を乗せて突っ込んできた。
身に着けている物の割に素早いな。
俺の半分くらいの背丈しかないが、本能的にヤバいと感じる。
「……っ!」俺は咄嗟に盾を前に構えた。
盾はその見た目の大きさの割に、意外と軽かった。
ゲームの知識で言えば、カイト・シールドに近い盾だ。
予想していた衝撃より軽い衝撃が盾から伝わり、しかし息をつく間もなく。
ゴブリンが盾の下から俺の足を狙って棍棒を横薙ぎに振って来る。この足払いへの連撃が本命だったのかもしれない。
俺は対応出来ずにそのまま転ばされた。
「いっ、ちょ!」転んだ際に背中を打ち付けられた。
が、すぐに立ち上がろうと横に転がった瞬間。棍棒が俺の頭があった位置に振り落とされた。
今、かわさなかったら死んでいた。……などと、ゾッと思う暇もない。
俺は慌てて立ち上がり、更に襲い来る棍棒を盾で受け止めた。
流石に今度は下からの連撃も気を付けている。
ゴブリンもそれを分かっているのか、一旦俺と距離を取った。
……なんだ、これは。
完全に押し負けている。そして、向こうは俺を殺す気満々なことが伝わってくる。やべぇ。
俺はここで初めて武器を持っていることを思い出した。
鞘から剣を抜き、構えてみる。刃渡り40センチほどの短めの剣。
正直、剣なんて扱ったことは無い。
そりゃ俺だって小学生の頃は木の枝を妖刀に見立てて振り回したことはあるさ。
剣道の授業だって受けたけど。実物を振り回す?何の冗談だ。
部屋には修学旅行で買った木刀があるけど。包丁だって使えるけれど。
こんなもの、使ったことはありゃしない。
左手は盾で塞がっているので、少し重いが剣は片手で扱うしかない。
刃筋を立てなきゃ斬れない、とか。
あるんだろうな、とは思いつつも急にそんなことは出来るとは思えない。
それに、相手はゴブリンのような……緑色の肌をした小人とはいえど。
人だ。俺には、あのゴブリンが人に見えていた。それを殺す?
どう見ても、こちらを殺す気で襲い掛かってきているゴブリン。
また棍棒を振りかぶってジャンプ攻撃をしかけてきた。
それを見ても、俺には殺してやる!とやり返す気にはなれなかった。
甘いとかじゃなくて、そんなことをするのは単純に気持ち悪いのだ。
そんなこと出来るか!
と思いつつも、今度は盾で受けずに横に動いてゴブリンをかわしつつ剣を振り下ろした。
思っていることとやっていることは逆だが、それでこいつを殺せるとも思えない。
ゴブリンは宙で身体をひねり棍棒で剣を受けて、その反動で位置が交差する。
またゴブリンとの距離が空いた。
俺も体重を乗せて素早く剣を振りかぶれたわけじゃない。
それでも、簡単にかわされたように思えた。こいつ、強い……!
あのジャンプ攻撃からの防御、連撃などがこのゴブリンの戦い方なのだろうか。
俺よりもずっと戦いに慣れているように見えた。
俺は盾を構えてまたジャンプ攻撃を仕掛けてくるのを待った。
また横にかわすつもりだ。しかし、今度はそこから追撃をする。
空中で攻撃を防ぎ続けるのは難しいはずだ。
それを続けざまにやればやるほどに体勢を崩すのではないだろうか?
じり、じりとゴブリンは距離を詰めてくる。
俺は斜め後ろにじりじりと動いてなるべく距離を開けようとする。
俺が待っていることで、何かを仕掛けようとしていることを察している……?
と、思考した瞬間。
俺はいつの間にかに、壁際にまで追い詰められていた。
右ひじが壁に当たってから気がついた。
「あっ……」
そして、その焦りを襲われた。目の前のゴブリンしか見えていなかった。
周りをちゃんと見ていれば、こんな初歩的なミスはしなかったのに。
またもジャンプ攻撃。
俺が左にかわすと、ゴブリンは壁を蹴って更に追撃をしてきた。
「う、うわぁ!」
咄嗟に前に出した盾をゴブリンは掴み、その盾を乗り越えながら棍棒を振りかぶり――。
そのゴブリンの重みに、俺は盾を落とした。
ゴブリンも体勢を崩してよろける。
俺はゴブリンに向けて剣を思い切り振り下した。
さっきまで考えていた、殺すのが嫌だなんてもう頭には無い。
ただただ必死だった。
棍棒を剣に合わせて、ゴブリンは攻撃を受け流した。
剣をかわされて俺は体勢を崩し、そして。
ゴブリンの連撃。かわしただけでなく、更に横から剣に向けて棍棒を続けざまに打ち付けてきた。
俺には剣を持ち続けるような力も、技術もない。
剣が棍棒に弾かれてしまい、滑るように遠くへいってしまった。
盾もない。剣もない。
俺は、一歩後ろへ後じさった。
死ぬ……。
殺される!
足が、体が震えていた。
ひぃ、ふぅ、と自分は息をしていることに意識がいく。
……まだ。息をしている。
俺は生きてる。
やるしかない。逃げても、死ぬ。
こいつの顔面を殴るしかない。
あの棍棒に手をやられたら、折れるか。それでなくても凄く痛いだろう。
でも、死にたくない。
死にたくないなら、やるしかない。
剣を拾いに行くとか、他に方法はあるかもしれないけれど。
下手に扱えない剣に頼るよりは、まだ拳で殴った方が良い気がする。
ゴブリンは落ちている剣との直線状へじりじりと移動しながらこちらの様子を見ていた。
恐らく俺が戦意を失っていないか確認していたのだろう。
こいつ、良く見ると結構人間臭い。
その目つきにも知性があるように見える。
剣と盾がこちらから消えても油断はしていない。
俺が剣の方へ行くならそれを討てるように。
盾の方に向かうようでも追撃出来るようにしているのが分かる。
ぐ、と俺は拳を構える。武道だって何の経験もない。
喧嘩位なら経験はあるし、雑誌で拳の握り方を読んだ程度の知識だけ。付け焼刃も良い所だ。
たぶん、これは空手か何かの。ゲームのキャラだったか、漫画の構えだ。
右手側を半身を引いて、左手を前に出して……あれ?構え方は逆だっけ?
……良いや。これで。
俺の構えはこれだ。じっとゴブリンを睨みつける。
どうせロクな知識も経験もないんだから、自然体で取った構えが一番な気がする。
「ギュイ……。」
ゴブリンが鳴き声のようなものを出し、ジリジリと距離を詰めてくる。
もしかすると、それは言語だったのかもしれないが。意味は分からない。
喋っても不思議ではないと思った。
今度は俺は一歩も動かなかった。じっと見て、殴りにかかるタイミングを計る。
イメージでは、右手で顔面を殴れそうなら殴る。
右手が棍棒で防がれそうなら、右手で棍棒を止めて左手で殴る。
蹴りは当てられる気がしないのでしない。
そんな単純かつ、出来るかどうかも分からないイメージだ。
ざ、っとゴブリンが動き出した。速い。
今までのようなジャンプ攻撃ではなく、右へ左へとステップをするように跳ねつつ攻撃を仕掛けてきた。
今度は左右には避けられない――と咄嗟に俺は理解した。
避けても俺が逃げた方向へとステップの方向を変えて襲い掛かって来るだろう。
俺は右手をゴブリンの顔面に向けて放った。やけくその一撃。
瞬間、イメージ通りに右手でいける、顔面を捉えた……と思った。
……が、手応えはない。
ギリギリでかわされていた。
拳の下に避けられた……と、いうのは俺に認識することは出来なかった。
すぐにカウンターを食らってしまったから。
ゴブリンの棍棒の一撃。
腹の鎧の上から思い切り食らったらしい。
吹き飛ばされて、まともに受け身を取ることも出来ず。
そのまま意識を失った。