テラストカハウストカ5
「テラストカ ハウストカ」
第二章 ダークナイトライヂング〓
三吉「一日で各々が一番リラックスして時間を検討し、出たまでだ。リラックスしておれば、腹を割って話を聞いてもらえると考えたのだ。許せ、嫁殿。」
三吉がとりあえず頭を下げても、夏子グリズリーのデバガメされた怒りはおさまりません。
夏子「一番リラックスしてる時間って、一番油断してる時間ですからね。これじゃ話を聞いて欲しいんじゃなくて、話を聞かざるおえない状況を力業で作っただけじゃないのよ!生きてた頃と代わり無いわね!」
深見「ですな。相も変わらず、ゴリゴリでいらっしゃる。」
夏子グリズリー、ごもっとも。しかし、三吉の思惑は見事的中、夜な夜な幽霊が現れる嫌さに、三人は約束通りに集まった訳でございますから。流石、昭和の怪物。三吉は、早速話を進めます。
三吉「ここに集まってもらったのは他でも無い。我が祖国の危機を救ってもらう為だ。」
深見「祖国の危機を救う!?…私たち三人がですか?」
三吉「そうだ。フッ君とカミヤンと嫁殿が救うのだ。お主らが肝だと言っておるのだ。」
今となっては、誰がそんな呼び方をいたしましょう。深見と紙谷は、元はとは言え大臣経験者であり、現役国会議員に向かってフッ君、カミヤンとは。三吉だからこそ成せる業。何せ三吉は、親について家に遊びに来た幼き深見と紙谷を、そう呼んで可愛がったものでございました。死んでも尚、現役国会議員を子供扱いとは…。
しかし、この三人が国の危機を救う肝とは何故か?三人の頭には大きなクエスチョンマークが浮かび上がりました。深見と紙谷は国会議員でもありますから可能性ゼロじゃないとしても、夏子は元ファーストレディではありますが、国家の危機を救うほどの権力を持っているかどうかは疑問であります。夏子本人も、もちろん自覚あり。三吉の発言の真相解明の為、黙っていた紙谷が切り込みました。
紙谷「オジジ様、祖国の危機とは、どの危機でございましょう。我が国を取り巻く危機があまりにも多くございまして、果たしてどの危機をおっしゃられているのか分かりません。」
三吉「お前らには聞こえぬか?全ての危機が白蟻の様に我が国を食い潰しておる、あの音が。これでは我が祖国が、祖国であって祖国でなくなってしまう。だが、今ならまだ間に合おうぞ。」
うん、そんな音など聞こえてまいりませんが、三吉によると、この国は時間いっぱい、待ったなしの状況にまで追いやられておる模様でございます。そりゃそうでしょうよ。三吉が他界して幾年月が経ったでしょう。流行り廃りを繰り返し、人も街も外見、内容ともにすっかり様変わりしたのはいか仕方ない。三吉の憶測では、この国はもっと先へと行っているはずだったのでありましょう。しかし、この体たらく。財産である国土を汚し、多くを失ってまでも手に入れた一流国家の称号。それをみすみす返上し、あがきあがけど蟻地獄。どうせ堕ちていくならば、国民総出で末法思想の馬鹿騒ぎ。右も左も騷がにゃ損損。…これでもまだ間に合うとおっしゃるか?
三吉「その昔、我が国は帝国と呼ばれていた。我が国は、今再び、あの輝かしき帝国へと返り咲くのだ。」
紙谷「返り咲く?…それは予言ですか、オジジ様?」
おお、紙谷による真相解明の為のナイスな切り込み。その努力が実ったか、三吉は核心を口にいたしました。
三吉「その通りだ、カミヤン。予言しょうぞ。三太は再び総理の座につく。」
少しの間。何の鳥かは分からないが、チチチッと庭から飛び立つ音が聞こえ、チクタクと置き時計の秒針が、洋間では妙に大きく響き渡っておりました。何故、脅威の超上現象起こる中、白けた空気が流れたかと申しますと、いくら伝説の政治家の幽霊の発言とは言え、この予言達成の確率は限りなくゼロに等しいからであります。
三太の現状はご存知でありましょう。もしもう一度、総理の椅子に座れと周りに言われたとして、果たして三太は素直に従うでありましょうか?あんなひどい目に会ったのでありますから、猛烈に拒否反応をしめすであろう事は想像出来ます。もしくは、自分の意志なんて物は無いに等しい今の三太なら、素直に従うかもしれません。ただ木偶の坊よろしく、ただただ何もせず何も話さず座っているだけでありましょう。となると、史上最大に手間がかかり、やがて周りが根を上げてしまうのは目に見えております。ま、どちらにしろ、三太自身は現実世界になど全く興味無い訳でありますが。もちろん、そんな事なんか三吉はお見通しで予言をしたのでございますから。
三吉「心配せずとも三太は必ず総理の椅子に座る。そのためには、お主らの協力が不可欠なのだ。」
深見「それが我が祖国の危機を救う事に繋がるのですか?」
三吉「自ずとそうなるな。それに、祖国救済策はもう始まっておる。なぁ嫁殿。」
一同の視線は夏子へと集まります。ご本人はどうやら心当たりがあるご様子。
夏子「まさか…あの薬?」
夜な夜な現れた三吉幽霊は、いついつに洋間に集まるようにとコンコンと言った後、深見と紙谷の時はそのまま涅槃へと戻るのですが、夏子の時は少々異なりました。立ち去る時には必ず、夏子に粒状の物体を手渡し言うのでございました。
三吉「腹下しに効く薬だ。三太に飲ませよ。」
などと言われても、薬屋の常套句の効くと幽霊に効くでは信用度が違います。渡された訳の分からない不審物を夫に飲ませられる訳もございません。とは言え、バチが当たるのも怖いので、それを無下に捨てる訳にもいかない。ティッシュに包み、引き出しの奥へとしまいこんでおりました。明くる日、またもや入浴中に三吉は現れ、去り際に薬を更に念押しされて渡されるのでございました。それも又、ティッシュに包み、引き出しの奥へ。また次の日も、次の日も、それが幾日か続き、夏子も根負けし、
夏子「肉親が言ってるんだし、ま、いいか。」
と、食後に薬を三太に飲ませてみたのでございました。明くる朝も、別に三太の様子は変わりなくすこぶる明るい。なので、その日も、次の日もと、毎日一錠飲ませ続けたのでございました。まさか、その薬が、三吉の企みの一つとは露知らずに。
夏子「あの人に何をしたのよ。」
いやいや、夏子さん、正確には何かしたとしたら、あなたでございます。そこに五人目の声が聞こえてまいりました。
「心配するな。害はねえよ。」
三吉の後ろから現れた、この男。いつから、この部屋に?三吉がここに現れた時、空間の亀裂から一緒に出て来ておりました。そして気配を消し、窓際の壁にもたれかかり、こちらをニヤニヤと伺っておったのでございました。
男の名は土方トモロヲ。三吉と空間の亀裂から現れたのでありますから、土方もこの世の者ではないのでありましょうか?一つ言えるのは、カタギ者では無いと言う事。見た目はもちろん、目付き、印象からすぐにそれは感じ取れるはずです。なぜなら、普通の人間は、幽霊と三人の人間がもめている光景なんかを面白がったりしないからであります。
紙谷「害は無い?あんたはその薬の何を知ってる?」
土方「その薬を渡したのは俺だからだ。飲んだ事はないけどな。」
土方によると、その薬を飲むやその人間が深層心理で望んでいる光景の幻覚を見る事が出来るようであります。ある者は急に落語を始めたり、ある者は幻覚の皆さんと涙ながらに合唱を始めたり、土方は目撃談を語るのでありました。
土方「飲んだからって、死にやしねえよ。健康被害もゼロだ。」
紙谷「でも幻覚作用があるって事は、いわゆる危険ドラッグの類いになるんじゃ…」
土方はニヤニヤ、ニヤニヤ。充分な答えであります。確かに面白い。だから土方は笑っていたのでしょう。元総理大臣が、現職の国会議員が危険ドラッグを毎日服用。マスコミが必ずや食い付くであろう、デカ過ぎる酷聞。議員を辞任するだけではおさまらない、当然逮捕、所属政党のダメージだって計り知れないでしょう。そして、この騒ぎはこの国だけにとどまる事無く、世界中に伝えられ、ますます国際社会で肩身の狭い思いをする事でありましょう。悪魔でこの話が外部に漏れたならの話ですが。可愛い孫の為にと言いながら、愛する祖国の危機を救う為にと言いながら、何故に三吉はこんな滅茶苦茶な事をしたのでありましょう。
三吉「言ったであろう。これは三太の持病を治す薬だ。嫁殿、薬を飲み始めてから三太は腹を下した事はあるか?」
確かに。気に病めば病むほどド壺になるもの。三太の腹痛は、首相在任中の頃に比べればましではありましたが、ちょいちょいと顔を出しては脂汗を絞り取っておりました。トイレに籠る三太を目にするにつれ、夏子は思うのでございました。そんなにまでも現実世界が嫌なのか?それを身を持って体現しているパフォーマンスだとしたら、本当に気の毒無いと。
しかし、薬を三太に飲ませ始めてから、そのパフォーマンスを目にした事はございませんでした。毎日楽しそうなのは薬の副作用だとして、持病の腹痛には悩まされていないのは事実でございます。とは言え、薬は危険ドラッグの類い。
深見「本当にピーピーシャーシャー治っちゃったの?へー、危険ドラッグも使いようだね。」
紙谷「それに気付いてりゃオムツはかせずに済んだのにね。」
夏子は、目力だけで紙谷に穴が開くほどの憎悪を込めて睨み付けました。このままでは危ない。紙谷の小動物的感覚が働き、話を進めました。
紙谷「薬効いてるなら、三ちゃんはどんな幻覚を見ているんだろうね?」
深見「三ちゃんが深層心理じゃ何を望んでいるかなんて分からんよ。」
夏子「けど、持病の腹痛が無いって事は、プレッシャーは感じてないって事でしょ?」
三吉「そう、三太は今、リラックス状態にある。何故か?それは三太が目をつむらなくても、常に妄想世界が見えている訳だからな。」
何と衝撃の事実発覚!!三太は現在24時間、世に言うハイな状態にあり、現実世界を捨て妄想世界でのみ生きたいと心の底から願っているので、常に妄想世界の幻覚を見続けている事となります。正確に申せば、現実世界でも生活しておりますから、現実と妄想の入り交じったチャンポンでカオスな風景を見ているのではと予想されます。まるでそれは、現実世界と妄想世界が結合してしまった如く、さぞや奇妙で、見た事はありませんが白昼夢を見ている様な感覚なのでありましょうか。それは三太のみぞ知る。確かなのは、三太が常にリラックス状態である事だけなのですが。
三吉「リラックスしておれば、腹痛で総理の座を退く問題は無くなった。帝国復活は安泰だ。」
深見「しかしオジジ様、危険ドラッグとは危ない橋を渡りますな。ご自分の孫に薬盛るとは。」
夏子「そうよ、私を利用するなんて。あの人は好きで妄想してるだけなのに…無理矢理、妄想させられてるなんて可哀想だわ。」
紙谷「いや、オジジ様がそこまでするからには訳があるんですよね?我々ではなく、三ちゃんじゃなきゃいけない理由が。」
三吉「ああ、大いにある。」
三吉は、積もり積もった怨み節をとうとうと語り出したのでございます。




