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テラストカハウストカ  作者: 大田康太郎
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テラストカハウストカ4

「テラストカ ハウストカ」


第二章 ダークナイト ライヂング〓


三太が泣くに泣いた、あの夜から数年がたった、ある三月の午後の事でございます。あれから何回か桜が咲き、蝉も鳴き、落ち葉は舞って、記録的な大雪も一度降りました。


三太に変わり首相となった深見の内閣も長続きはせず、その後、挙げ句の果てに政権交代まで成し遂げられる始末。ウン十年と続いた一時代は終わりを告げ、三太たちの党は野党生活を送っておるのでありました。


三太はどうなったのでしょう?ご安心下さい、政治家は続けております。ただし、現世の政治には全く興味はございませんが。国会には、ちゃんと出席しております。もちろん、首相経験者でもございますので、党の重要ポストも任せられたりしますが、ただただこなすのみ。どうしても意見しなくてはならぬ時は、深見たちがあらかじめ用意した原稿を丸読みする。政治家、海老三太は厳密に言えば息をし、五臓六腑を動かして生命活動してはおりますが、果たして生きていると言えるのか?もっと言えば、この世に存在していると言えるのか?いるのかいないのか?まさに夢幻か蜃気楼ようにユラユラと、ユラユラして毎日を送っておりました。


それもそのはず。あれ以来、三太は妄想世界で生きていると言っても過言ありませぬ。そこでは不動の優良指導者なのでありますから。猫かコアラか赤子のように、暇さえ有れば目を閉じる。惰眠をむさぼっている?いいえ、妄想世界へ逃避行する事だけが、三太の唯一の楽しみなのでありますから。なので、現実世界では波風立てず、意見も持たず、皆の言われるがままなすがまま。一秒でも早く事を終らせ、一秒でも早く愛用のタオルケットの待っている家へ帰りたい、ただそれだけなのでございます。


その家は、官邸を追い出されて以来住んでいる元々の持ち家であり、三太も子供の頃から住んでいた馴染み深い場所。その一室である洋間に、こそこそとうごめく人影一つ。この家のもう一人の住人、夏子でございます。れっきとした三太の妻でありながら、なにやらこそこそ、抜き足差し足、時計は気にしながら入って参りました。そして、声を殺したウイスパーボイスで空に向かって言いました。


夏子「約束通り、来たわよー。来てやったわよー。」


はて、この部屋に夏子以外の人影など見えませぬが、誰に向かって言っておるのでありましょう?この家の者でありながら、何をこそこそする必要がございますか?三太の妄想の付き合い?夏子はそう言うタイプの女性ではございません。ならば誰かと密会?三太を見限って、わざわざ間男を夫も暮らす家に招き入れるとは。だとしたら夏子、大胆。何度か同じ台詞を繰り返しながら、洋間に置かれた高そうな大テーブルの周りを回る夏子。しかし、約束した待ち人の返事は無い様子。


すると、ドアが開き洋間に新たな訪問者が参りました。とっさにテーブルの下に身を隠す夏子。この家の者なのに。新たな訪問者も、こそこそと抜き足差し足、ウイスパーボイスで言うのでありました。


「オジジ様、約束通り参りましたぞ」


オジジ様?それに聞き覚えのある声…。夏子は懐かしのモグラ叩きゲームのモグラの如く、慎重にテーブルの上へ顔を覗かせますと、訪問者たちも空に向かって台詞を繰り返しておるではありませぬか。訪問者たちは深見と紙谷ではありませんか。もう、こそこそする必要などございません。あちらは他人の家に勝手に上がり込む、国会議員でありながら住居不法侵入を犯しておるのでありますから。モグラはお終い、夏子は毅然と立ち上がり、二人に侮蔑の視線を送るのでありました。深見と紙谷は、当然驚くのでありました。


深見「な、夏子はんか…びっくりするじゃないか。」


自分たちのしている事に何の反省も無い様子。


紙谷「玄関で声かけたけど、反応が無いから勝手に上がらせてもらったよ。」


よくもまぁ、いけしゃあしゃあと嘘がつける。流石、国会議員。玄関に着くまでに、無駄にどでかい門には鍵がかかっておりますし、腕に覚えのある警護の者もウヨウヨいるはず。どうせ深見たちは国会議員様だ、大臣様だ、とお偉いさん風吹かせて入って来たに決まっている、とは夏子の推理。


だがです、しかしであります、深見たちが権力で警護の者たちをひれ伏せさせられたとしても、玄関までたどり着くには決して乗り越えられない難攻不落の壁があるはずなのでございます。言わば、海老家の最終防衛ライン、又は守護神、もしくはボスキャラ。それはどんな権力にも媚びず、どんな説得も聞く耳を持たない、本能の赴くまま自分を貫くアイツでございます。


アイツとは番犬であるシェパードのペスの事。誰にもなつかず、誰かれ構わず噛みまくる。それが海老家の訪問者であろうと、ペスにとっては自分のテリトリーに入ってきた侵入者以外に他ならないからでございました。


海老家では今まで何匹か番犬を飼ってきましたが、三太がつける名前は現在に至るまで全てペス。三太の残念なネーミングセンスは、皆様ご存知の通りでしょう。今のペスが来た時も、シェパードなんだからペスじゃない相応しい名前にしよう、と夏子は進言いたしましたが、三太はペスだペスだと聞き入れてもらえる事はございませんでした。ペス本人はそれを知ってか知らずか、飼い主である三太にまで牙をむくのでございます。それはまるで、理由が有るで無く不似合いな名前をつけられた恨みを晴らすが如く、出掛けの際、帰宅の際、見かければ、目が合えば襲いかからんと付け狙うのでありました。ある日は三太の腕に噛みついたペスをぶら下げながら、ある日は三太の足に噛みついたペスを引きずりながら、ある日はマンガの一コマのまんま血眼で逃げ惑う三太を血眼で追うペス、などテレビで見かける警察犬の訓練の様な光景を夏子はよく目にしておりました。それを見ている夏子に危険は?心配無用、夏子は例外でございます。餌をくれる夏子だけは、ペスが噛む事はございません

でした。そんなペスが、深見たちなんかを易々と通す訳など無いのでございます。


深見「あぁ、ペス?そう言や今日は姿見なかったな。」


ペスがいない!?犬小屋で昼寝か?いやいや、無防備なカモが、しかも二人もノコノコ現れて、噛みつきまくりのストレス発散チャンスをペスが逃すわけがございません。だとしたら何故!?ペスも屈する、どんな強大な力が働いたと言うのでありましょうや。それはきっと待ち人に因果関係あり、と夏子はピンと来たのでございます。


夏子「あんたたちが不法侵入した理由、オジジ様と何か関係あるの?」


深見たちは驚愕。まだ何も言い訳してないのに、例え警察につき出されて言ったとて、到底信用性ゼロの訳を夏子は何故容易く見破ったのだろう、と。エスパーか?夏子はエスパーなのか?と、真相心理のプロでも無い夏子が見ても、深見たちの顔にはそう書いてありました。夏子には深見たちを安心させる理由はありませんでしたが、話を進める為に言いました。


夏子「さっきオジジ様って言ってたでしょ。約束通り来たって。」


夏子のエスパー疑惑は晴れ、胸を撫で下ろす深見たち。


紙谷「そうなんだよ。オジジ様の幽霊が枕元に立つんだよ。」


深見「で、言うんだよ。枕元に立たれたくなけりゃ、今日ここに来いって。」


夏子「…枕元。」


夏子の胸に釈然としないモヤモヤが芽を出しました。紙谷は、森の生態系の底辺に属する小動物の如く、夏子のまだまだ奥底に漂い始めたばかり殺気を感じ取ったか、地雷を踏まぬ様に相手を煽る事無い様に、出来るだけ平坦な声色で話ました。


紙谷「…うん、枕元。夜な夜なね。」


深見「まさか夏子はんも!?枕元に立たれた?」


夏子は自分自身の物ながら、もう押さえきれない何かを押し殺し、押し殺し、平静を装い、いつもより一オクターブ下の声で言いました。


夏子「…私は入浴中にバスタブの横に立たれたの。」

深見「夏子はんの入浴中に!?しかも夜な夜な!?」


紙谷は、先程に申した通り小動物的察知能力ですでに森の奥へと逃げ込むが如く、気配を消してクワバラクワバラ。ところが深見は、冬眠明けで気の立っているグリズリーが目の前にいるのもいざ知らず、目の前でたわわに実る野イチゴを摘む田舎者の様な振舞いでございます。今の夏子に対し、入浴中、夜な夜な、なんて言葉を声に出すなど自殺行為。


「これじゃ、この野イチゴはさぞや美味いジャムになるだろう、と考えているんだろうが、お前自身がジャムにされる方が先だぜ。」


森の奥から小動物・紙谷は、風前の灯火となった深見を見つめております。幽霊とは言え、夫の親類に夜な夜な入浴を覗かれる女性の気持ちを考えれば分かる事。国会議員にもなろうお方ですが、誠に残念無念でございます。


その夏子、それにも無論、ご立腹ではありますが、深見のアレも気に触ったのでありました。「夏子はん」問題でございます。「さん」付けされる事はあっても、「はん」付けされる覚えは無い。ついに夏子グリズリーが、田舎者・深見に襲いかかります。


夏子「何で(夏子はん)なんて呼び方するのよ!!あんたの地元じゃ、(何とかはん)なんて言い方しないでしょ!!」


深見「だって、夏子と言えば(夏子はん)だろ。もしくは(燃えろ!いい女)だけど、(燃えろ!いい女)は長いだろ。」


深見曰く、夏子を「はん」付けで呼ぶのは、深見の趣味が深く反映されているとの事。趣味とはマンガでございます。首相就任中も、この趣味がマスコミに取り上げられ注目されました。事あるごとに、得意のマンガネタを引っ掛けてコメントしてたので、ある一部の層からは熱狂的に指示されておりました。何でも、深見のお気に入りのマンガの一つに、夏子と同名のキャラクターがおり、作品内で「夏子はん」と呼ばれているからに他ならないと。…とは言われてもねぇ。だからって「はん」付けする理由には、どうせ呼ばれるならナッキーとかナンシーとか和テイストからかけ離れた呼び方を望むのは、果たして夏子のわがままでありましょうか。


「(はん)を付ける付けないなど、どうでも良いわ!全員揃ったな。」


空間が割れ、三吉の登場でございます。しかし、この登場時のビジュアルたるや、この世の物とは思えない科学を凌駕した光景、驚嘆いたし…、嫌、こちらに驚いた!、三人ともに涼しい顔。そりゃそうでございましょうよ。夜な夜な、寝室で、浴室でこんな光景を見せられても御覧なさい。最初の内こそ絶叫パニックしてはおりましたが、それも幾度と目にするにつれ、当たり前として受け入れる様になったのでございます。どう考えても異常な事も、時さえ重ねれば日常になってしまう刹那。空間亀裂さえも、幽霊登場さえも。人間の慣れと言う学習能力は恐ろしいものでございます。しかし、この幽霊にとっては、騒がれない方が好都合なのでありますが。


三吉「三人とも、約束通りよくぞ集まってくれた。感謝するぞ。」


三吉は下げたくて下げたじゃないが、便宜上、悪魔で頭を軽く下げました。困惑したは深見と紙谷。幽霊とは言え、伝説の政治家に頭を下げられた訳でありますから。そこに食って掛かるは、夏子グリズリー。


夏子「ちょっとオジジ様、何で私だけ夜な夜な入浴中に出てくんのよ!セクハラ!」


三吉「我は幽霊ぞ。嫁殿の風呂を覗いた所で何をする訳で無し。」


深見「当たり前でしょう。されても困りますぞ、オジジ様。元気過ぎる幽霊なんて洒落にもなりませんからな。」


夏子「会った事も無い夫の親類の幽霊に裸見られた気持ちを考えなさいよ!」


紙谷「複数回ね。夜な夜なですから。」


完全になめている、嫌、なめられている。念押しにと夜な夜な出た事が、結果仇となってしまった模様。幽霊相手にいきなりクレームとは、完全に幽霊を目撃する非日常的世界に慣れ親しんでしまっておるようでございます。三吉は、したくも無い、言い訳をいたしました。


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