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テラストカハウストカ  作者: 大田康太郎
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国入るゼウス 五四や苟安 厳い張る

「テラストカ ハウストカ」



第一章 タイヨウ ノ テイコク〓


昔々、遥か彼方、北欧の哲学者、ヨーダ・デ・マハレコ曰く…「ペスト」、「コレラ」に「もしも話をする奴」は馬に蹴られて死んじまえ、とは良く言ったものです。


今現在。ペスト、コレラは馬に蹴られる心配は無いとして、もしも話をする奴だけは世に蔓延り、日夜、己の脳細胞を無駄遣い、妄想の限りを尽くしているのであります。一日、二十四時間。一年、365日。惰眠が多いか、妄想が多いか。この惑星の大半の人間は、タイム イズ マネーとも言われる金銭と同等と例えられる貴重で限られた時間を、妄想に費やしている事か。その時間があれば、嫌、積み重ねれば、人類が悩み直面している、あの危機を救うであろう大発明も出来たであろう。深刻なあの問題を解決するアイデアが生まれたかもしれないのにである。もちろん、妄想から生まれる人類の至宝もあるであろうが、統計を取ったわけでも無く、調べたわけでも無く、見たわけでも無い。


今宵も一人の男が、この国でせっせと妄想に励んでおりました。名は海老三太と申す者。誰あろう、知る人ぞ知る、この国の首相。嫌、ここは正しく申しましょう。で、あった者であります。彼は、今日の午後、首相の座を退いたホヤホヤの身でありました。原因は腹痛。一国の首相ともなると、国民から寄せられるプレッシャーは半端なく、重度のストレスが、あの絶叫コースターのGよりも、毎秒、身体に圧をかけるのでありますから気の毒ない。いわゆる、現代病の元凶、ストレス。それを発生源とする腹痛が、彼の悩みの元でありました。一国の首相のストレスなど想像つかねど、腹痛ならば皆様もピンとくるはず。ご存知の通り、来てほしくない時に限ってやって来る来客者の如く、デリカシー無く、空気も読まずに、苦痛を手土産にズカズカと土足で上がり込み、貴重な時間を奪っていくアレでございます。アレの最中は、皆様も今現在、世界中の不幸を背負い込んだ錯覚に陥る事、間違いなし。そのアレが、皆様もご存知のはず、あの有名な外商会議の時も、四年に一度のスポーツの

祭典の開会式に出席した時も、楽しかろうと辛かろうと、晴れだろうと雨だろうと、時選ばず所構わず彼に襲いかかるのでありました。


しかしながら、これごとき耐えてこその一国の首相。それは本人も重々承知。もちろん、正当法に全国の名医にも診察、治療は受けましたし、ありとあらゆる薬の類いは試してはみたのですが効果は皆無。終いには、おまじないまで試みたのにであります。こうとなっては、なりふり構っちゃいられない。ある閣僚から、恐る恐るある狂気の提案を出して参りました。彼は驚き、悩みましたが、その提案を受け入れた。彼も風の子、男の子。屈辱上等!!彼は、とっくに卒業し、お世話になるにはまだまだ早いオムツを着用し、国家国民のため日々の公務をこなし続けていたのでありました。しかし、彼も一国の首相なれども人の子、限度が存在したのでありました。先日の外交帰りの飛行機の中、尋常ではない腹痛のビッグウェーブが彼を襲いました。これで、今まで騙し騙し彼を支え続けた閣僚の努力も、国民も知らぬ所の受け入れた屈辱も水の泡。脂汗かきかき、悔し涙を流し流し、帰国直後に病院へ直行、即入院。そして今日の午後、首相の座を辞した訳でございます。


そんな傷付いた彼は今、首相官邸のある一室で、人知れず、明かりも点けず、子供の頃から愛用してるボロボロの薄汚れたタオルケットを被り、一人うずくまり震えておりました。彼の胸に去来する物は一体何でありましょうや。悔しさと虚しさと心細さと…。例えばキリの無い事でしょう。そんな複雑でネガティブな思いを渦巻きながら、彼はいつもの様に現実から逃げるのであります。そう、妄想の世界であります。非現実なその場所は、タオルケットを被り、目を閉じれば、そこにございました。苦痛だった子供の頃も、地獄のサラリーマン時代も、嫌な事あればすぐに逃げ込む。それが彼のルーティーンでありました。その世界の歴史は、彼の人生の大半をしめ、始まりはいつの事やら。きっと幼少期、いつかの思い通りならない時、もしも現実とは違いこうであったら…、と夢想したのが起源でありましょう。はい、ここで先に触れた、もしも話。三太少年も、人類のご多分にもれず、もしも話からスタートして幾年月、長年をかけて己の理想の帝国を築き上げたのでありました。


その帝国は、季節ならいつも春時期のポカポカ陽気で、科学と自然が調和した大都市であり、国民は妖精だか小人だかメルヘンな連中の暮らす、煩わしい争いや問題など存在し無い、朗らかで素敵な時間が流れる、文部科学省が推薦したがる様な清廉潔白な街でございます。非常に良い感覚で立ち並ぶ高層ビルディング群は、お菓子のそれで出来ていて、街中に甘い香りを放ち、どれも目にも心にも優しいパステルカラーで統一されております。街の中心部にそびえ立つは、三太帝国を納めるキング・オブ・キングス、我らが三太が鎮座する城でございます。外見はバベルの棟ごときスケールで、アレに似ております。アレですよ、アレ。改修されてすっかり白い城になった白鷺城、姫路城。…と言うより、テレビドラマのイベント事で見かけるような、又は親戚の結婚式でしかお目にかからないような無駄に豪勢なケーキに似てるでしょうか。それもそのはず。三太帝国は毎日がクリスマスイブ。決してクリスマス本番ではないので、あぁ今日でクリスマス気分終わっちゃうよ、と惜しいような寂

しいような、日曜日の夕方気分を味わう事はございません。何せ明日はクリスマス当日、街中が本番に向けてせっせとワクワク気分満点で毎日生活しておるのでありました。ま、決してクリスマス当日が来る事はないのですが。真ん中に大きなケーキ、その周囲にはこれでもかと積み上げられたお菓子群、様々なジュースの川や滝、往来するマシュマロ製の車、夜には街中に立つ巨大キャンドルに火が灯り讃美歌が響き渡り、テレビじゃ見逃せない良い映画が連続放送…。つまり三太帝国は、クリスマスの食卓のごとき風景と言えるでしょう。


そんな毎日がハッピーな帝国に、今日はここに不似合いな一人の悲しき男あり。その名は三太。ここが三太帝国と呼ばれるのも、知ってつけたか知らずにつけたか、あんたの名前がそもそも三太。サンタだからこそ毎日がクリスマスイブ。見も蓋もないのでございます。こんな日が訪れようとは露知らず、三太だからクリスマスなんて安易に決めなきゃ良かったと後悔するも後の祭り。今は泣いて震えるしか救いは無いのですから、待つより他はありませぬ。恐らく世界中に不幸ランキングがあるとしたら、恐らく上位に食い込むであろう男を、誰が馬に蹴られて死んじまえなんて言えるでしょう。


三太帝国のど真ん中、生クリームで出来た巨大な城の天守閣の大広間、新鮮な、何故だかいつまでも鮮度の落ちないスライスされたイチゴやらオレンジやらが塗り込まれた壁に囲まれて、決して固からず柔らか過ぎないスポンジケーキ地の床で、深紅のベルベット生地のマントを被りうずくまり嗚咽する三太…。実際はと言うと、薄汚れたタオルケットを被り、時折不定期にビクビクと震える姿は、まるで何だかよく分からない虫の薄汚れたサナギその物。それを薄汚れた、薄汚れたと連呼しておりますが、深紅のベルベット生地にくるまった姿が目に写っている者もいるのでございます。それは妄想世界の、三太の周りを心配そうにグルグルと歩き回る、誰あろう三太の家来でございます。欧州の中世歴史モノから飛び出して来たような、いかにも家来と言った決して派手すぎず、なおかつ身なりの整ったその姿。名も、そのまま家来。懐かしのニコチャン大王の様な三太のネーミングセンス光る。家来は、三太がこの帝国を妄想して以来、右腕として帝国で起きてきた数々の問題を三太と共に解

決し、ずっと仕え続けて参りました。そりゃ天下の王、三太様だって家来の前で涙を見せた事だってございます。やれ学校で恥かいただの、会社で上司にいびられただの。しかし、家来が気の効いた事でも、二、三言話せば機嫌は治る…いつもならね。今宵はウンともスンともご機嫌斜め。未だ見た事のない三太の様子に、家来もパニック状態。


家来 「おいたわしや、おいたわしや」


、と繰り返し、このままじゃ何時しかバターになってしまうのでは?と言う位、三太の周りをどうしたものかと歩き回るのでありました。歩き回った所で何の解決にもならない事は、家来だって承知はしておりましたが、やらざるおえない何かが家来の歩を進めるのでございました。


しばらくして、三太の嗚咽と家来の「おいたわしや」が響く中、第三の音がトントントンと交わって参りました。トントントン?女房が(はた)でも織っているのでありましょうか?いえいえ、三太の女房は機など織りませぬ。ならば何故トントントン?…ラップ現象?災難続きでオカルトまで引き寄せてしまうとは…


一筋の光が暗闇を割り、うずくまる三太の元まで伸びる。この光景を何と見よう。救世主現る。やはり神は三太を見捨てちゃいなかった、救いの手を伸ばしているじゃないか。そう、光の先には…神でも仏でもない三太の親友、深見一と紙谷博司がドアから心配顔を覗かせておるのが見えます。トントントンは、ただのノックでございました。そりゃそうでしょうよ。三人共に祖父の代から続く政治家一家であり、三太の地元の両隣の県が地元とあって顔を合わす機会も多く、子供の頃からの深い付き合いでありました。三太が首相時は、大臣に任命され、世間ではお友達内閣などと揶揄もされましたが、いかんなく政治手腕を発揮。共に政局を乗り越えてまいったのでございました。しかし今日、ここを訪れましたのは、親友として半分弱。わずかに業務連絡の割合が多く、大変心苦しさがございました。それは、親友だからこそ言える言葉であり、何処の馬の骨だか分からない人間には任せられない役目。深見は選択を迫られました。三太の心中察し引き上げるか、嫁に小言を言われ続けるより

は鬼となるか。心は決まっておりました。


深見「三ちゃん、お取り込み中悪いんだけどさ。」


今の三太は優しさに大変飢えておりました。昔ながらの親友から、癒しとなるねぎらいの言葉でも貰えるんじゃないか。藁をもつかむ気持ちで泣くのを止め、タオルケットの中から顔を上げたのでございます。それはまるで、亀が甲羅から顔をニョキリと出す様子でしたが、そのスピードたるやサバンナのミーアキャットの如し。


深見「さっき、俺、次の総理に使命されたでしょ?これからバタバタするしさ、早めに官邸に引っ越したいって嫁がうるさくてさ…早めに出てってくんない?」


少しの間。三太の怒りのボルテージ一気に満タン。


三太「おばべらp.m.がやべって言ぶbがら頑張っjobばぼび!!げっぎょWhoぐごんがべびg ばっだんじゃバイパー@./@@!!!!!!!!」


三太、腹の底からの魂の雄叫び。何を言っているのかは、さっぱり分かりませんが、どうやらお前らのせいで酷い目にあったっぽい八つ当たりをしたものと考えるのが妥当でしょう。それにつけても、今の三太には酷な深見の言葉。デリカシーをご存知無い?


それに気付いたは、深見の後ろで何も言えずに覗き込んでいた、もう一人の親友、紙谷。


紙谷「もう良いよ。言った、言った」


三太の辛い胸の内を察したか、親友の哀れな姿を見るに見かねたか。それとも、世界中のどんな言葉も、今の三太には効をそうしないとでも感じたか。紙谷は、深見の背を引っ張り引っ張り、ドアを閉め、退散して行きました。そう、それがデリカシー。最初から、そうすべきでありましが、時すでに遅し。


三太は再びタオルケットの中に顔を戻し、妄想ではスポンジ地、現実では官邸の一室のじゅうたんと不毛なにらめっこを始め、やがて泣きわめき出したのでございます。家来も三太が急に何かに向かって叫び出したものですから心配増し、先より倍以上のスピードで慌てふためいて歩き回るものですから、そろそろ足元もバターになってきたかの様に思えます。


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