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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
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幕間六 栗鼠

 ダマスさんを探す前に今までの情報を纏めよう。僕達の間で自然とそんな話が出た。落ち着ける場所は無いかと聞かれた時、僕の頭にまっさきに浮かんだのは、あの楡の木だった。


「昔から、小さい生き物を見るのが好きだったんだ。ネズミとか、猫とか、鳥とか。だからリスの巣を見つけた時は嬉しかったよ。それも、あの楡の木が好きな理由のひとつかな」

「この中庭は、まるで小さなケンジントン公園ですね」

 僕が楡の木へ赴いていた理由を聞いたナンシーは、そう言った。

「他の人には内緒にしてね。巣が駆除されたら、嫌だから」

「お婆様へ報告する件は生首に関してのみです。告げ口はしません。……それに、私も毛がある生き物は好きです」

「それは良かった」

 並んで歩いていると、近くの木から茶色い塊がスルスルと降りて来た。尻尾が小さい子がマイケル。お腹に白い毛が混じっているのがジョン。僕の頭に飛び乗った子は、おそらくウェンディだ。 

「ずいぶんとリスに懐かれていますね」

「懐かれているというより、侮られているのかも。『こいつからは餌を奪っても大丈夫だ』って」

 じっとお互いを見つめ合うナンシーとリス。僕と同室の人……いや、同居人はリスが苦手だ。ネズミなんか見かけただけで半日は部屋から出てこない。シスター・セシリーは「服が汚れる!」と言って箒を取り出した。だからこの可愛さを共有できる人が出来て嬉しい。このまま生首のことは忘れてピクニックしたいな。良い天気だし。外で紅茶が飲みたい。


「リチャード君はリスたちに餌として認識されているんですね」

「餌係としてだね。今の言い方だと猟奇的な意味に聞こえちゃうか、ら?」

 ぞわりとした感覚に腕に視線を落とすと、一面に鳥肌が立っていた。何故? その理由はすぐに分かった。


「随分楽しそうですが、リチャード」


 名前を呼ばれた瞬間、体温が下がる。

 低木の茂みを乗り越えた先から、黒いコートを羽織った第三者が僕たちを見ていた。


「なにを、して、いるのですか?」


 危険を察知して、肩と頭に乗っていたリスが一目散に逃げだしていく。僕も彼らの後を追ってこの場から去りたかった。けれど足が動かない。

 楡の木の下には先客がいた。その人は見るからに不機嫌で、今日の午前中に出かけた人だった。彼は仁王立ちで此方を睨みつけていた。


「ここには何にもありませんでしたね」

「そうだね。さっ、戻ろうか」

 ナンシーが踵をかえし、僕も同じように回れ右をする。


 楡の下に憩いは無い。あるのは激怒している探偵(レイヴン)だけだ。


「茶番は終わりましたか? 早く来なさい。二人ともです」

「あっ、はい。すいません」

「ふっ、ここで会ったが百年目ですね。我が好敵手よ」

 敗走すら、許されないとは。好戦的なナンシーはさておき、僕はがっくりと項垂れた。


「私が留守の間に貴方は何をやっているんですか? 責任と言う言葉すら知らないと見えますね」

「ごめんなさいごめんなさい。もう逃げ出しませんから!」

 青筋を立てるレイヴンに口答えすると、お説教の時間が延びる。こういう時は素直に反省するに限る。なので、先手をとることにした。

 素直に謝った僕を見てレイヴンは戸惑っていた。そしてショックを受けたようによろりと数歩後ずさった。顔色も悪い。

 僕は自分の後ろを振り返った。別に生首は飛んでいない。ならば、何にショックを受けたのだろうか。

 もしかして反省してはいけなかったのだろうかという疑問が過るが、勝手に病室を抜け出したのは事実なので非は此方にある。やはり謝るのが最善の策で、普通のことのように思えた。


 出かけると言ってレイヴンが病室から出て行ったのは、つい二時間ほど前のことだった。

 ロンドン屈指の名探偵と名高い彼は、信じられないことに、いま、僕の護衛として雇われている。実際にやっている事はお目付け役と何ら変わりなく、心配してくれるのは嬉しいが、多少やり過ぎだと感じることもしばしば。


 レイヴンが僕を護衛すると病室で聞かされた時、護衛を辞めるように何度も説得した。けれど、口ではどうやっても敵わなかった。気が付けば丸め込まれている。

 そこで僕達・・は考えた。コペルニクス的転回。

 彼が僕の護衛をしながら探偵の仕事を続けるにはどうすれば良いか?


 結論。僕が、仕事をする彼の傍に行けば良い。聞けば秘書の椅子は空いているらしい。

 名案だと思った。幸い、事務仕事や経理は得意だ。自分の家の商会に潜り込んで、会計士の勉強をしていたから。勿論レイヴンと比べれば得意というのもおこがましいけれど、雑務全般は僕に任せて、彼は事件解決に全力を注げば良い。

 だから僕は伯爵業をお休みして、会計士として使ってきたリチャード・レインの身分をそのまま使わせてもらう事にした。

 あの夜から、僕はラインの名前ではなく別の姓を名乗っている。そうして中流階級の人間として病院に入った。関係者以外で僕がライン伯であるのを知っているのは、ほんの一握りの人間だけだ。

 病院長のマザー。晩餐会で顔を合わせているナンシー。それから、レイヴン。使用人の皆。僕の身代わりを務めてくれる劇団員のマットさん。

 レイヴンの助手になったことをナンシーに隠している訳ではないのだけれど、言えば彼女が怒るのは目に見えている。黙ったままでいるのは卑怯だろうか。 


 話が飛んだけれど、僕達の予想ではレイヴンが帰って来るのは午後のお茶が過ぎてからの筈だった。ここで僕は大切な事に気が付いてしまった。

 レイヴンってば、せっかくエルメダ姉さんを誘って一緒に出ていったというのに、午後のお茶も一緒にしなかったの!? その点だけは、僕、彼に対して怒ってもいいかな!?


 それから。僕はレイヴンの隣に並んだ人を盗み見た。珍しい人がそこにいる。

 白いシャツに、ベージュのチョッキ。安い茶色のジャケット。手には診察鞄。まるで「お気に入りのお医者様」をお手本にしたような人物がそこに立っていた。


 ドクター・ジェイコブ。町医者であるはずの彼が、どうしてこんなところにいるのだろう? 僕は驚いてジェイコブをまじまじと見つめた。一方ジェイコブは夢遊病者のような眼差しを誰かに向けていた。視線を辿っていくと、その先には日差しを受けて輝いているナンシーの姿。

 

 ……オーケー! 察した。 



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