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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
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第七十九幕 対話


 薄暗い部屋に椅子が二つ。座った二人の男が向かい合っている。

 同じ顔に同じ服装。ただし、纏う空気は対照的だった。


「で?」


 気だるげに腕を組んだ男はゆっくりと言った。嘲りを含んだ笑みを口の端に浮かべてはいるものの、隠し切れない苛立ちが空気を伝う。


「また、邪魔をするのですか」


 男は、他人を見下すことに慣れていた。かつてそうだったように長い脚を組み直し、微笑みの裏で考えを巡らせる。


「うん!」

「このままだと、死にますよ。それでも、私に主導権は渡さないと?」

「そうだね!」


 ニコニコと笑みを浮かべていた片割れが口を開いた。子供のような口ぶりで、酷い訛りだった。足を揃え、両手を膝の上に置く。見本のような座り方のまま、男は続ける。

 直接的な殺意を向けられた相手は、ホワホワと緊張感のない顔をしている。ただし口から出る言葉は挑戦的だった。互いに腰をかけていた革張りの椅子が、音を立てて軋む。


「生まれた時から身体に刺さっているもの、なんだ?」

「爪」


 即答。まるで最初から決められていた会話のように問答はすらりと流れた。

 一人は苦虫を噛み潰したような表情に。もう一人は挑発するように肩を竦めた。


「世界が不完全なジグソーパズルに似ている理由は?」

「ピースが無い」


「埒が明きません」

「そうだね」

 

 痺れを切らしたように男は立ち上がった。

 そして見上げてくる朗らかな同じ顔に向かって、男は赤い柄のナイフを突き立てた。静かな苛立ちをぶつけるように何度も。確認するように心臓部分に何度も振り下ろした。

 いつしか項垂れていた相手を見下ろし、吐き捨てるように言う。

 

「私は、死にたくありません。あんな不出来なあねに殺されるなど御免被る」


 男は手にしたナイフを手放した。

 人格内での殺し合いには、存在の重さをぶつければ良い。弱い人格は自己を保てず消滅する。


 トマス・ラインにとって、家紋入りのナイフとは己の存在と家柄を証明する証だった。

 ライン家に伝わる当主のナイフ。己の誇りで刺したのだ。今回ばかりは普段とは違う。

 相手も「普段と同じナイフ」だと思い、油断したに違いない。それが敗因だ。


 トマスは、かつて父だったもの・・・・・・に背を向け、外の世界を見つめる。

 血のつながった家族あねを二人消せば、父親に近づけるはずだと、かつてリチャードだったもの・・・・・・・・・・は信じている。


 まだ間に合う。まだ殺せる。まだ父になれる。


 意識を外に向けていたゆえ、男は知らない。

 先ほどまで自分達が座っていた椅子に、今は誰もいないことを。

 自分の背後に狂気の笑みを浮かべた影が迫っていることも。


 男は知らなかった。

 今まで自分より生き汚い人間を知らなかったから。


 男は知らなかった。

 なぞなぞを答えた被害者は生き残るという、未来のセオリーを。


 男は知らなかった。

 殺人鬼も隙を見せたら容赦なく被害者に襲われるということを。

 

 男は知らなかった。

 映画マニアの曲がった感性は……時として本気の誇りや自尊心すらも「絶対防御よくわかんないけどごほうび」に変えてしまうということを。




■□■□



 長い間、彼は口を噤んだままだった。呆けた様はただの空っぽの人形、または死体を思わせた。


「パパだ」

 感極まったようにウィリアムが叫んだ。自らが殺されるかもしれないという状況において、彼女は繰り返し同じ言葉を叫んだ。


「ねぇ、ヴィクトリア。パパが帰ってきた!」

「違う、あれはリチャードだ!」


 ヴィクトリアと呼ばれた女が鋭く叫んだ。しかし少女は聞く耳を持たなかった。自分の世界に住んで長い彼女にとって、他人の言葉など聞くに値しない物であった。男に近づいて馬乗りになると、首筋に手を当てる。


「ずいぶん長い間見ないと思ったら、コイツの中にパパがいたのね」 

「止めろ、シャーロット!」

「取り出そうよ。そうしたら、パパは私達の所に来てくれるわ。そうでしょう?」


 昔と変わらない喋り方で、まだ少女として生きていた頃の喋り方でウィリアムは言う。


『君が男だったら、跡継ぎにしていたのになぁ』


 かつて冗談として言われた言葉を本気にし、シャーロットは性別を偽ることにした。

 父親の願いを叶えようと何でもした。その結果、捨てられた。しかし本人が捨てられたと思っていなければ、何も問題はない。

 シャーロットにとって自分の血が誰のものであろうと構わない。それが父親の一番気にする部分であることを、彼女は失念している。何故なら彼女にとって自分は、従順な(トマス)の子供であるのだから。


「動くな」


 聞き覚えの無い男の声が、会話を遮った。

 何時の間にか、玄関は開いていた。黒い影として現れた彼の手には拳銃が握られている。そうして、彼の背後には付き従う二つの黒いマントがついていた。


「もう一度言うぞ、動くな」


 レイヴンと名乗る男は照準を少女に定めていた。


「嫌よ、アーサー。あんたの言う事は、ぜったいに聞いてなんかやらない」


 片目の潰れた少女は腕を振り上げ、そうして銃声に倒れた。

 見開いた目には何も映っていない。シャーロットは笑顔だった。

 彼女に相応しい、あまりに淡泊で、あまりに呆気なく味気ない最期であった。


 

 ■□■□


 ゆっくりと意識が上がる。起きた瞬間全身が死ぬほど痛くて、角材で誰かを殴り続けなければいけない使命感に駆られながらも、おはようございます。良い仕事をした。見たか、会社員の底力。


 ついに殺ってしまいました、トマスを。

 まぁ、自分同士の殴り合いにおいて、殺人が適用されるかと考えると疑問です。

 更には、角材で殴ったところで人格というものは消えるのか、と問われると微妙です。

 あれはバトルなどではなく、我の強さを競い合っていた様な気もします。とにかく次があればチェーンソーを試してみたいと思いますが、あんな、エイリア何がしvsプレデ何とかさんの試合を彷彿とさせることは、しばらくやりたくはありません。女性同士なら、ビデオテープさんvsお家大好きさんになっていたのでしょうか。


 主人格を放置して他二名が殴り合い、しかも心と心が通じ合いかけるという波乱万丈な一幕もありましたが、あのなぞなぞ野郎はさておき、僕は今日も元気です。遂にジャクリーン巡査部長の仇をとりました。ひゃっほー! 今は生きてるけど、僕の見ていた千回を超えるジャクリーン巡査部長の仇は取ったぞー。


 リチャードがトマスという人格を生み出してから十七年しか経っておらず、あれは経験が浅い状態でした。

 僕はトマスの人格が「最悪、どういう風になるのか」を知っています。

 そう、半年後の状態を知っています。

 最終形態と比べると月と火星。釘バットとすりこぎ。半年前のトマス、恐るるに足らず。 


 リチャードも、トマスの性格や情報を知り、父親の人格を気取ったところで「実際に見た事がなければ」本物にはなれないのです。つまり、先程の人格はリチャードが想像した父親のイメージに過ぎず、まだ漠然としているため、強引にいけばまだ主導権を握り返す事ができます。

 現れるたびにモグラ叩きみたく潰していけば、いつかは消えるかもしれません。相手のキャラが立って無いからこそ出来る強引な手法。トム先生、ごめんね。


 一つ分かったことがあります。人格を交代する際、少しばかり相手の性格に重なった状態になります。寝ぼけた状態に近いのです。これを繰り返して、リチャードはトマスの人格に引きずられたのでしょう。ところでこの喋り方、何とかなりませんかね? 超トマスっぽいんですけど。



 横を見ると、額に穴を開けたウィリアムが倒れていた。見た事のある光景。「七つの謎々」のラストシーンが、そっくりそのまま再現されている。もう少し再現性を高くするなら、その倒れているポジションは僕でした。


 ウィリアム。君、凶器、トマスのポジションだけじゃなくて、死に方まで僕と一緒だというのか!?

 キャラ被りを恐れていた訳じゃないのだけれど、ここまで一致するとちょっと引く。


 ウィリアム、いやシャーロットか。死闘を繰り広げた相手だが、また見ていない内にご遺体になってしまった。

 目の前でレイヴンが銃を構えているし、ジャクリーン巡査部長も警棒を構えているので、状況は分かる。後ろの方で震えているのは……あれはベッカー巡査だ。身体が動かないので視線だけ動かして見れば、頭から血を流しているエルメダさんが立っていた。普段三つ編みにしている黒髪が、今はほどけて見事なウェーブを披露している。ギャップ萌えナイス。

 

「あっ、エルメダさん無事だっガフッ!?」


 傷の事を忘れていた僕は腹筋を使って叫び、残り少ない体力を大幅に減らした。レイヴンがゆっくりと歩いてやってくる。僕は静かに拳を握った。どうやら「ピンチの時に主人公が登場する」に救われたらしい。いやー、間一髪だった。これ以上の出血は命に関わりそうなので早くヘルププリーズ。 


 てっきりレイヴンは嫌な顔をしていると思っていたが、眼鏡の無い視界でも心配そうな気配が感じ取れた。眉間に皺は寄っているけれど。彼の後ろにはジャクリーン巡査部長が立っている。


 え、素敵な組み合わせですね。どこで知り合ったの!? どういう経緯で合流したの!?

 監督、カメラカメラ持ってきてカメラ! 詳しく知りた、大量に血を吐いた。

 

 興奮すると出血が激しくなる。血流良すぎるからね。盛大に咳き込んでいると背中に手を回された。


「無茶をする」


 レイヴンだった。

 嬉しいが、抱えてもらうならジャクリーン巡査部長の方が良かった。

 何でってレイヴンだと死亡ルート一直線過ぎるから。

 友達だと思っていた系の台詞は言わないぞ。言ったら死ぬ。何か、死ななきゃいけない雰囲気になる。だから言わないぞ。よし口をつぐもう。


 それじゃあ、すこしだけ、変わってもらってもいいかな。


 いいよ、どうぞどう……誰だ今の!?


「ごめんね」

「貴方が何について謝っているかは知りませんが、今は黙っていなさい。出血が」

「君と、友達になれたらなって、ずっと思ってた」


 !?


「!?」

「だから、ごめん」

 

 レイヴンが驚いたように目を開いた。

 

 それ以上に僕も驚いている。

 生き残ったと思った瞬間に自分で自爆ボタン押したら、誰だってこんな顔すると思う。


 普通の気絶なら死に損なったなって生還チャンスもあるだろうけれど、今の意味深なシーンはダメでしょう。意味深過ぎるもの。含み、持たせ過ぎだもの。このまま首ガクッっていったらヤバイって絶対ヤバイって今の。首よ頑張れ、寝るな、寝たら死ぬ!


 レイヴンとリチャードがどういう関係なのか、そしてエルメダさんがどういう風に今の状態に至ったのかを知るまで死ねぬ! 


 あっ、今更だけどさ。被害者って意味深な台詞ばっかり言ってないで、最期はもう少し具体的な台詞を言うべきだと思うんだ。何月何日、こういう事があったので、○○さんに恨まれました。ガクッみたいに。

 ダイイングメッセージとか凝っている方が好き派だけど、実際は凝らなくていいんだよって言いたい。直接「○○にやられた」とか「犯人はこいつで凶器はこれ」とか「家系図とかつての交友関係を纏めたアドレス帳が落ちていた」みたいな親切設計でもいいと思うんだ。まぁ、僕が観客や読者ならクレームつけるけどね。複雑な、謎解きたいファン心。


 つまり僕が言いたいのは映画には時間制限や文字数制限があるんだから、一話の間に要素を詰め込み過ぎず、話が1から2に越える際には伏線を持ち越さないようにしてほしいってことなんだ。

 続編ありきで作ったとしても一つの映画として、ちゃんと一話完結型で話をまとめて欲しい。一話の最後で続きを気にしながら散っていく殺人鬼だっているんだよ、その辺を考慮してくれないかな。化けて出るよ。推理物で一番やっちゃいけないタブー「幽霊と火星人は実在した」をやってしまうよ。もしくは敵としてサメを出す。一気にB級の香り。


 なお続編で成功した映画例は大変少ないので、全員、次など無いという思いで作ってほしい。

 1の興行成績が悪かったら、スポンサーもつかない、映画の製作費も回収できない。分かりますか、伏線の回収どころか、話も投げっぱなしになるんだからね! 

 しかしキャラクターの人気と勢いだけで作り、ストーリーが投げやりな2が出るのも、どこか納得できない。複雑な、続きは見たいが駄作になるならば作らないで欲しいと願うファン心。またはそれ、この作品でやる必要あったかな。まったく別のオリジナル映画としてだったら素直に楽しめた心。


 話を戻そうか。

 シリーズもので一番ショックを受けるのは作者死亡により、事件の謎が明かされなかった場合。遠回しに言ったけど、つまりミステリアス・トリニティシリーズ、君の事です。

 この日この時この場所で君に出会わなかったら的な新しいフラグが立っているというのに、何も分からず退場するとかどんな罰ゲームですか。トム先生には責任もって一体何が起こったのか、かつて何があったのかを、きっぱりはっきりくっきり三倍速モードで説明してほしい。死ぬ前に、いや、死んでたまるか――……





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