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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
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第七十四幕 議会

 そうなると早急に何とかすべきなのが、本業である議員と領地経営という仕事だ。名前に称号ロードがくっ付いている限り、義務からは逃れられない。


 イングランド中部に住んでいるリチャードがわざわざロンドンにやってきたのは、貴族院ハウスオブローズへと出席するため。叙勲された二十一歳以上の貴族は貴族院に席が用意され、国政への参加が許される。個人的な意見を言わせてもらうなら、心神喪失状態の人に議席(けんりょく)を与えるなんてとんでもないことだ。


 イギリスは日本と同じく両院制議会で政治を行っている。貴族院と庶民院ハウスオブコモンズ。読んで字の如く、構成されるのは叙勲された貴族階級が集う院と、選挙で選ばれた一般階級の人が集っている院の二つ。ここで出た議案は最終的に国王……今は女王の承認によって、可決される。


 議会がある場所はビッグベン。正確には、その隣に建っているウェストミンスター宮殿。ウェストミンスターとか、ビッグベンと言っても議事堂の意味としては通用する。永田町が国会議事堂、桜田門が警視庁の別名を示すように、場所そのものが代名詞となるのは珍しくないようだ。


 そして、僕は議会に行くように進言されていない。リチャードはすでに二十一歳で、議席は用意されている。しかも社交界シーズンだと言うのにお呼ばれしたパーティはエルマー夫妻の一件だけ。


 ここで疑問になるのは、ミス・トリ本編でもずっとレイヴンの助手していたリチャードは、どうやって本業を回避してフラフラ遊び歩いていたのかという点だ。影武者でも使っているのか、議会への欠席を認められているのか。あとでエルメダさんに聞いてみよう。


 それはともかく、船長はマーシュホース商会を潰した策士が誰なのかを調べにやってきた。交渉役にネリーさんとエルメダさんを選んだのは良い選択だ。黒髪執事二人組はとても賢い。

 さっき聞いた話によると、リンドブルーム船長は、僕を泳がせておいて護衛に行動を探らせる目的があったように感じる。これは僕への宣戦布告と受け取った。我が行動パターン、読めるものなら読んでみるがいい!

 しかし、不思議だ。リンドブルーム船長は僕に対して不気味だという印象をまだ抱いているはずだから、彼一人の考えならば交渉の席に僕も同席させていたと思うんだけど。


 そこまで考えて、止まる。リンドブルーム船長が紹介したという護衛。同年代の協力者。

「まさか……」

 い、いやいや流石にそれはないだろう。あくまで原作に則るなら、これからの流れは「僕が押しかける」のが正規ルートであって、万が一にも「彼が押しかけてくる」ことなんてあり得ない。

 彼は護衛とか、そういうケチな仕事は断るタイプだ。その上、僕のことをあまり好意的に見ていない。変装したリチャードなら友達になれる可能性があったけれど、先日のあの様子を思い返す限り、貴族リチャードと彼との友好関係はマイナスぶっちぎりからスタートする羽目になる。


「リチャード様は」

「えっ、なにかな?」

 エルメダさんが振り向き、淡々と、結果だけを読み上げるように言った。

「最初からマーシュホースを潰されるおつもりだったのですね」

「うーん、少し、違うかも」


 彼女の言い方だと、まるで僕が計画して潰したかのように聞こえる。慎重に言葉を選ぼうと悩み、諦めた。回りくどく言うよりも、思ったことをそのまま言った方が楽だ。


「上手く言えないけど、この人が死ぬなぁって何となく分かってしまって」

 自分で言って、この上なく怪しいセリフだと思った。

「だからね。実のところ、そう。人助けをしてみたかったんだ、僕は」

「あら、そうでしたか。良い事ですね」


 こちらとしてはかなり思い悩んだ上での告白だったのだけれど、あっさりと流された。


「あら、って。それだけ?」

「それだけですわ。リチャード様が何をされていようとも、私はついて行くだけですので」

「そうか。ありがとう」

「どういたしまして」


 エルメダ・アッシャー。

 彼女の真意が分かれば、どれほどこの言葉に安心し、喜べるだろう。


 だから、ごめんね。身近な人ほど裏切られた時に傷つく。

 真相が分かるまで、名前付きで登場した人物を心から信用できない。美人で優しく、協力してくれるなら、なおさら。

 これは探偵小説、ミステリー好きがかかる疑心暗鬼の法則。不治の病。誰もかもが自分を騙しているかもしれないと、怪しく思えてくる。とりあえず、笑える三枚目キャラと眼鏡と臆病者と自分は信じない事にしている。 


「一応伺っておきますが、今からまっすぐ家へ帰られますよね?」

 訊ねられ、我に返った僕は首を横に振る。

「今からノーザンセット教会に行かないと。シスターが人殺しに狙われているらしいんだ。それから、イリーナという妊婦が今夜、殺されるんだって」

「さきほどのバグショー様のお言葉が真実だとすれば、先日からリチャード様が出歩かれていたのは、シスターを殺すためではなく……守るため?」

「そうなのでございます」

 丁寧に言おうとして、変な言い回しになったけれど、殺すつもりはないと伝わったのならばそれでいい。それにしたって、疑惑でも僕が殺すと思っていた理由を聞きたい。心当たりがないと、そんな物騒な動詞は出てこないよ。

「ノーザンセット教会は放っておいて大丈夫でしょう。先日リチャード様が屋敷を抜け出した際、そちらに向かわれたという報告がありましたので、一人、そちらの様子を見に行った者がおります」

 数日前に、あの辺りをふらふら歩いてて良かった。様子を見に行った人って誰だろう。ネリーさんかな。だったら心配することは無いんだけれど。

「カイル強い子、元気な子」

 ほぎゃーっと帽子で目元を隠した赤毛のアンの悲鳴が、脳裏で響く。幻聴だと分かってはいるものの、かなり迫真の悲鳴だったので本当に叫んでいるのではないかと不安になる。

「心配だなぁ」

 不安要素が増えました。


「一つ、申し上げるとすれば」

「はい」

「今度からそういった危ない件に首を突っ込むときは、首を切られる前に相談して下さいませ。私も、ネリーも、話だけは聞きます」

 驚きの提案に、耳を疑った。

「話だけ?」

「万が一もしかしてときどき気が向けば、手伝うかもしれません」

「確率低そう」


 それでも嬉しかった。もし嘘でも、相談してほしいと言ってくれただけで嬉しかった。

 一つ僕の夢が叶ったよ、リチャード。屋敷の人に話を聞いてもらったんだ。君の悩みについてじゃないけれど、やっぱりノーとは言われなかった。


「それじゃあ、イリーナさんを見つけに行きたいんですが!」

 エルメダさんがいるなら百人力です。

「無理です。その方が何処にいるのかも分からないので」

「うっ」 


 ご都合主義はそう簡単には姿を現さないらしい。

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