063 護衛
僕が「監督が思考に没頭するであろう事実」を使ってまで脱走するための賭けに出た理由は、書斎にある小さな窓にエルメダさんの姿が見えたからだ。
突然窓に細身の人影が浮かび上がった時の恐怖。お分かりいただけるだろうか。
全体的に薄暗い洋館ってだけでも心拍数上昇ものなのに、そこに黒服、長い髪、顔の白い女性という豪華三点盛りが映ったという驚き。よく悲鳴を出さなかったものだと思う。ああ、窓に、窓に。
いつのまにか閉まっていた書斎の扉が開いていて、のそのそとイゾルデが出て行ったことから、エルメダさんがまたしてもダイナミックお邪魔しますを実践したことは確かだ。今回は助かったけれど、次回はもう少し心臓に良い登場をお願いしよう。
「僕がここに居るって、よく分かったね」
「護衛に聞きました」
「護衛?」
聞き捨てならぬ単語が聞こえた。護衛? 女性でも、人気歌手でもないのに? 尾行の間違いでは? 僕を守るというよりも止めるためのボディガードかな、って疑うのは悪いことかな。
「リンドブルーム氏からの提案ですわ。もっとも、私達にとっては事後承諾のような形になりましたけれども。伺ったところによると、あちらのお宅にも随分と手のかかる脱走兵がいるようですわね」
「あぁ、エリザベスさん」
知ってます。その脱走兵、夜な夜な酒場の近くでカツアゲしてますよ。「お宅にも」ということは、此方のお宅にもいるんだね。脱走兵が。誰だろうね。まぁ、人間。健康で元気で、首が胴体にくっついているだけで感謝すべきだと思うんだ。
「普段からリチャード様には一人護衛がついているのですが、最近では手に余るという報告もありまして。それで新しい人間を雇おうかと考えていたところに、ご親切にもリンドブルーム氏から紹介があったのですわ。とりあえず今日は様子見ということで御二人の後を尾行させたのですが、腕は確かですわね。バグショー署長の家から動かないと報告があったので、本日は私が迎えに参りました」
「お手数おかけしました」
ともかく、屋敷の人が僕たち二人を外に放りだすなんて暴挙を犯した理由がこれで分かった。これは護衛さんのテストも兼ねていたんだろうな。リンドブルーム船長の紹介なら護衛さんは船長の知り合いだろう。はじめましての人かな。
もしかして護衛は探偵だったり!? そうだったら本編が始まる前にいきなり親友にして好敵手のバグショー署長が黒幕でしたって分かる残酷なルートが今から始まってしまう、僕としてはワクワクが止まらない大賞が始まってしまうのですが!?!?
って、そうじゃない! 護衛の人がレイヴンだったら、多分普通にバグショー署長の家にやってくるだろう。だから違う。
誰なんだろう護衛さん。尾行じゃなくて普通に横を歩いて交友を深めたかったァァァー!
尾行されていたとしたら、護衛の人にどこまで見られていたんだ? 倉庫の一件に関しては手伝ってくれても良かったんじゃないかなぁと思いつつ、場合によっては札束ビンタでもして口封じしなくてはいけない。ワイロも辞さぬ構え。手段は問わぬ。
特に、酒場だ。あのダンスバトルを外部に持ち出されてはならぬ。僕の名誉のために。
「その人に会える?」
「帰ったらすぐにでも会えますよ」
本編に出てる人かな。それとも出ていない人かな。
リチャードん家の名前付召使でまだ会っていないのは、秘書の李さん、料理人のデクワンさんの奥さんと妹さん、それからマット兄さんの四人だ。
エルメダさんを見る。
今更ながら、女中頭なのに彼女はどうして執事服を着ているんだろう?
「そうだ! エルメダさん、ルースターさんのお姉さんとスーさんが危ない!!」
「リチャード様、お静かに。そちらは対処済みでございます」
「そ、そうなの?」
「そうです」
何がどうしてそうなった??
疑問符塗れの僕に対してエルメダさんは涼しい顔だ。
それからシスター・ケイトリンの身も危ない。監督のデス・ノートにはきっと彼女の名前もあるだろう。
しかし彼女の場合は……彼女の身の安全と言うより、彼女が殺人鬼相手に迎撃態勢に入っていないかという意味で心配である。
何度も言うけど、彼女からは「母は強し」を体現した恐ろしさを感じた。
僕は彼女と相対したくない。リチャードの身に備わった異常な生存本能もそう言っている。覚悟の甘さで、こっちが殺られるだろう。
まわりくどい言い方は止めよう。つまり、僕はシスター・ケイトリンの心配をあまりしていない。彼女はもはや妙齢の薄幸の寡婦ではない。手加減というブレーキが壊れた破壊シスター二号だ。ちなみに僕が覚醒させてしまった。
「結局、船長との話し合いはどうなったの?」
リンドブルーム船長には孫娘を危険の中へ放流してしまった負い目がある。良かれと思って彼女と別れたけど、帰って逆効果になるとは思いもしなかった。エルメダさんはいいえと否定した。
「リンドブルーム氏は護衛が戻って事情を説明するなり、話し合いそっちのけで血相を変えて外へ飛び出して行かれましたよ」
その光景が目に浮かぶようだ。リンドブルーム船長が飛び出したとしても、ある程度事情を知っている護衛の人が一緒なら、エリザベスさんに関しては少し安心してもいいのかな。
「ちなみにリチャード様の身を心配した私も負けず劣らず血相を変えて飛び出しました事も併せてご報告します」
「ありがとう!?」
そう言うと目の前のエルメダさんが、ほんの少しだけ。得意げに鼻を鳴らしたような気がした。




