061-2 哨戒
【Side:警察官と彷徨う二人】
足早の靴の音が石畳に響く。
黒いマントをたなびかせた二つの影は、道の正面から歩いて来る二人連れの紳士を前に一度立ち止まった。
手にした灯りを眼前へと掲げれば日に焼けた屈強な老人の姿を照らし出す。その顔を見て警官の一人が驚きの声をあげた。
「リンドブルーム氏! どうされたのですか、こんな夜更けに」
「ご機嫌よう、ミス・ハーフォード。それにミスタ・ベッカー」
応えたのは船長ではなく、隣にいた紳士であった。何故自分の名をと考える前に相手が帽子のつばに手を当てたので、警官二人は慌てて敬礼をする。
男は女好きのする笑顔を浮かべていた。
誰が見ても色男、と形容する男である。社交界に熱心に通う女性ならば、どんな手を使ってでも近づきたいと思うタイプだとジャクリーンは観察した。
闇の中でも分かる、目の覚めるような金髪。古風に一つに結わえる姿など、この所、社交界でもお目にかからなくなった。今は短髪が流行しているが、流行ものなど意に介さぬとばかりに凪いだ蒼瞳は感情を乗せずに静まり返っている。
「私の顔に何か?」
「失礼、初見の相手をまじまじと見るなど、礼を欠いていた」
ダニエル先輩にライバル出現だとニコラス・ベッカーは呟いた。先輩上司たちのやきもきした恋愛模様に対して、ほんの少しでも良いから進展が欲しいと願っていたこの男はちいさく心の中で快哉をあげている。
「その、兄と見間違えてしまって。申し訳ない」
「……おや。貴女のお兄さんに。それは、実に、光栄です」
レイヴンはにっこりとした笑顔を崩さないまま軽く会釈をした。その、浮かべた笑顔があまりにも仮面に似た不気味な固さを伴っていたため、ジャクリーンとニコラスは揃ってぶるりと背筋を震わせる。
「こちらは私の友人でレイヴンと言う」
「ロンドンでしがない探偵業を営んでおります。以後、お見知りおきを」
警官ならば誰もが名前を知っている。上司の上司……バグショー署長が誰よりも目の敵にしている男だ。そんな男が芝居がかった調子で現れたので警官二人は呆気にとられた様子で眺めた。
「探偵レイヴン、何件もの怪奇事件を解決に導いたと聞いている。貴方のおかげでロンドンの悍ましい犯罪が何件も解決に導かれた。市民に代わって礼を言う」
「ねぇねぇ、人食い宝箱事件を解決したって本当ですか!?」
興味津々、といった眼差しを向ける後輩の脇腹をジャクリーンは無言で小突いた。
「しかし、そんなお二人が如何してこんな夜更けに?」
リンドブルームはレイヴンを見やった。その表情にどこか翳りがあるのを、ジャクリーンは見逃さない。
「バグショー署長に用があるのです」
「わぁ、奇遇ですね!」
ニコラスは無邪気に破顔した。
「我々もバグショー署長に呼ばれて、家に向かっている最中なんです」




