059 相違
「僕はお二人から見て、どう見えてました?」
「リチャードではないのはすぐに分かった。現代人であることもだ」
監督の話を聞こうと、彼の真正面に置かれた椅子の上に飛び乗った。推理という単語を聞いたらワクワクしてしまうのは仕方がない。
「私の推理では君は香港在住。男の子。恐らくは中学生で中産階級層、兄弟はいない。違うかね?」
沈黙。たっぷり深呼吸二回分の時間が経った。
「答えは言わないとダメですか?」
僕は視線を右上へと動かした。
表情心理学的に言えば嘘を考えている時の表情だ。
監督はしぐさによる心理学を研究していたから、僕が目線をそらした時点で、僕が事実を誤魔化す為の嘘を考え始めたと考えてくれるだろう。そうであって欲しい。
確かに僕はアジア圏に住んでいるし、身長と精神の成長は中学生で止まっている。
姉ちゃんには甘ったれとよく言われるので、恐らく典型的な一人っ子のような側面を持っているのだろう。
「言わなくても良い。君の反応で正否を見極めよう」
「ちなみに、そう推理した理由をお伺いしても」
何より大御所様をヨイショしておけと本能が叫んでいる。疑うまでも無く得意げな顔を前にして「違います」などと言えるはずがない。彼が「白」と言えばなんだって白くしてやるとも。
「ショウ、君の発音は母音が特徴的だ。英語を喋り慣れてはいないが、知識はある。教育の一環として英語は学ぶが、それほど重要視されていない国なのだろう。それから、君はナイフとフォークを使い慣れてないね? これは文化面から考察するのに大きな収穫だった」
「ヘェ」
その相槌がカタコトだと、誰が気がつくだろうか。背中に滝のような汗が流れている。英語の教育は中学校と高校の六年間している。ナイフとフォークは、あの、ほら! 手をケガしていたから仕方ないんじゃないかな。うん。
「エルマー夫妻の住んでいたワイリンガムハウスには、ちょっとした仕掛けがあってね。全部が明らかな偽物なんだ。待合室に置いてあった骨董品は、東南アジアのもの。食堂の彫刻はアフリカのもの。廊下にかかっていた絵画は北欧とヨーロッパ。そうやって地域ごとに分けて展示していたのだが、君は東南アジアの骨董品のみに反応し、眉をしかめた。視線の先にあった屏風の漢字が違っていると、気がついたのだろう」
そこまで観察されていたとは。
ワイリンガムハウスで感じた悪趣味とか成金主義という漠然とした感覚は、色々な地域の偽特産品を混ぜこぜにしていた所為だったんだね。
「漢字を知っているとなれば、君の国籍は中国か香港に限られる。だが、君は漢字の間違いを指摘することもなく黙って耐えた。地に膝をつく事にも抵抗がない。中国と香港でいえば、後者の国民性に近い」
映画の興行収入的に、中国と香港はアジアの二大拠点として有名だ。他に漢字を使う国では、マレーシアやシンガポール、ベトナム、日本もあるけれど、僕が映画ファンという事をかんがえて映画大国香港としたのかもしれない。思いこみって危険だな。他人のふり見て、我がふり直そう。
「そして君を中学生と断定したのには理由がある。君はミステリアス・トリニティという映画を主にPG-12版で見たのではないかな。第一作目で『ユニコーンと盾』という店名が入ったカットが登場するのは、アジア圏で再編集されたミステリアス・トリニティだけだ」
「なんだとう!?」
思わず声が漏れた。そうか。国によって映画に使用されたカットの編集が違うんだ。「見ていないもの」には敏感に反応していたけれど「既に見た物がどのバージョンであったのか」までは気が回らなかった。うわぁぁぁ、北米版ミステリアス・トリニティのDVDが今すぐ見たいよぉぉ。見直したいよぉぉ。
「君は自分の血を恐れ、大人相手には委縮する一方、子供相手には砕けた態度をとっている。度をこした平和主義者で、マイペースな、のんびり屋。食器の扱いは勿論、女性の扱い、そして会食の作法すら経験が乏しい。そして酒を飲む事に対して罪悪感を覚えている。そして子供用に作られた菓子屋に網を張っていたところにまんまと現れた。この事から、君を一人っ子のハイティーンだと予想したのだが。どうだね、当たっているかな?」
「……うぅぅぅ」
僕は苦悩し、監督は満足そうにうなずいた。
当たっているのは「よく見たのはPG-12版」という点だけだ。
地上波は放送局によって、映画のカット、声優、第二字幕、翻訳が違ったりするものだから、年代ごと、放送局によってお茶の間に流されたミステリアス・トリニティシリーズは少しずつ異なっている。
そして放送局ごとに同一作品撮り溜めたビデオを作り、見過ぎと巻き戻しの繰り返しでテープ部分が切れて泣くまでがワンセットの青春。
そうそう、これだよ。これこそが僕の知ってるうっかりバグショー署長だよ。
監督の僕に対する推理はかなり的外れだけど、監督ではなくて「バグショー署長だから」であるなら仕方ない。だって、バグショー署長と云うキャラクターはいつだって「違う推理」を披露してくれるんだから。「バグショー署長による間違った推理」の実物が間近で見られて、大満足です!
結論として監督は僕がどこの誰だか何一つ分からなかったらしい。
彼がこの世界のすべてを理解し、管理していないと分かったのは収穫だ。
良かった良かった。
「監督、すごい……」
「経験の差だよ」
そう言って、監督は得意そうに鼻を鳴らした。




