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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
66/174

058 匿名

 トム・ヘッケルトン。

 ミステリアス・トリニティの生みの親。匿名作家。


 トムは公には一度も顔を出した事がなく、出版社の協力もあって、その正体は最期まで隠された。おかげで、トム自身がこの作品最大のミステリーと言われたりもする。

 ミステリー作家には、どこかしらミステリアスな部分があるものだ。そうであってほしいなという願望が大半ではあるのだけれど。 


 トムが何者なのか。

 有名な作家が別の名前で書いたのか。何人もの人間が集ったグループの名前なのか。男なのか、女なのか。それすらも不明。


 僕達どくしゃが分かっているのは、ミステリアス・トリニティーは最初、アメリカで出版されたこと。十五年かけて十二作が出版されたこと。そして、トムは映画一作目の監修に協力したけれど公開直前に亡くなってしまったこと。この三つだけだ。


 いまでも、トム・ヘッケルトンの正体が誰なのか熱い論議が交わされている。あまりに熱過ぎて僕のような新参者は見てるだけで精いっぱいだ。


「もし、トム先生に会えたら挨拶したいです。感謝をささげたいので」

 トムと会ったらやりたい事を指を立てて数えていく。

「それから、サイン、ほしいです。あと、裏話知りたいな」


「普通だな!?」

 監督は目を見開いた。そこまでショックを受ける答えだっただろうか。普通の答えだと思うけど。


「どんなのを期待してたんです?」

「そりゃあ読者が作者を監禁して、自分の思い通りの作品を書くように強制する類さ」


 それには雪で埋もれたコテージが必要ですね。


「やります? ベッドに括りつけたりするのが王道ですよね? 僕は相手が監督でもかまわないんですけど……あ、足を折れ(がんばれ)って言いながら映画監督の足を折るの、最高の皮肉じゃあないですか。やってみたいなぁ、えふふふふ」

「そのジョークは面白いが、君のその、未だかつてない食いつきと瞳孔の開き具合が父親の方の人格を彷彿とさせて恐ろしいのでこれ以上は弁護士を通してからにしてもらおうか。それと、私を監禁すると君の家が燃えるからな!? ミステリアスかミザリーか、どっちの理由になるかは分からんが、ともかくラストシーンで轟々と燃えるからな!?」

「冗談ですよう。ミス・トリ好きに、監禁何てそんな酷いことする人いるわけないじゃないですか」

「……」

「何で無言なんですか。何で目をそらすんですか。撮影中、一体何があったんですか。答えて下さい、監督」

「みんな、君のようなファンだったらなぁ……」

「目頭押さえてどうしました監督!?」

「とは言えだ」


 ごほんとわざとらしい咳払い。触れてはいけない映画界の闇は封印された。本当はもう少し聞きたかったんだけど、ダメだって言われた。


「トムはいわば、ミステリアス・トリニティという物語を生み出し、支配した存在だ。私だって神に会い、挨拶して『はい終わり』というわけにはいかなかった。君だってそうだろう?」

「そうでしょうねぇ」


 だって監督とトムだもん。映画製作時には何とも恐ろしい裏設定会話が繰り広げられたのだと推察いたします。


「監督は何を望みますか? もし、()に会えたら」

「私かね?」

 逆に質問を返すと、監督は静かに二度頷いた。

「そうだな。私の作った作品を観た、トムからの感想が欲しいな。褒め言葉限定で」

「それって、僕の希望とたいして変わらない気がしますね」

「そうかもしれんな」


 監督は豪快に笑った。それからは口を噤んでしまって、トム・ヘッケルトンについての秘密の話は出なかった。僕達の間には再び沈黙が流れ、僕は転がった阿片の回収に戻った。


 監督は彫りの深い顔を右手で何度か撫でつけていた。


 下から覗き見た表情は、こらえきれない笑いを押し殺しているように見える。それでも隠しきれていない口元を、手で覆っている。目線は窓の外。


 一作目を撮影している最中、トムは生きていた。凝り性の監督のことだ。絶対に質問攻めにして、設定を聞いて作っただろう。トムが自分の死期を悟っていた場合、アンデル監督に後を託したのかもしれない。

 監督がいまトム・ヘッケルトンの名前を話題に出したのは、様子見かな、誘導かな。


 実の所、僕はトム・ヘッケルトンと会っている。

 監督は、あの人のことを「トム」と呼び続けた。僕が呼んだように、監督にはトムの事を気軽に「彼」と呼べない理由があると思ってる。


 本当にトム本人であるのかは分からないけれど、現代人であるのは間違いない。今は当然のように使われているけれど、アレルギーという単語は元来ドイツ語で、英語じゃない。


 なにより、その単語が生まれたのは十九世紀ではなく、二十世紀に入ってからのドイツ。十九世紀の英国の人間が、その単語を知るはずが無い。

 アレルギーと口に出したあの時、彼女は確信を持ったはずだ。僕が自分の作った「登場人物(キャラクター)」じゃないって。


 だから「免疫」と言ったんだ。


 晩餐会の出席者は一通り名前をこねくり回した。

 簡単なアナグラムだった。いや、見栄をはりました。すごく難儀しました。発音とスペルが違うから、かなり手間取ったけど、これが偶然だったら二十ポンド払ってもいい。


 "Tom Heircelton" のスペルを並び替えれば"Mother Elincot"。


 マザー・エルンコット、彼女は一作目しか出演しなかったんじゃなくて、それ以上は出られなかったんだ。二作目の撮影が始まったときには、すでに亡くなっていたから。

 マザーがトム・ヘッケルトン。だとすれば、主人公二人を侍らしていたのも納得がいくし、バグショー署長/アンデル監督が妙に気をつかっていた理由も分かる。


 マザーはすでに車椅子に乗っていたから、熱烈なファンに足を折られる心配もないし。

 史上最強の護衛と書いてシスター・ナンシーがそばについているなら、人里離れたコテージからの脱出も、除雪作業も楽々だろう。

 トムを「彼」と呼んだことで、監督は僕がマザー=トムであると気づいていないと思ったのだろう。さっきの笑いを、そう解釈させてもらう。


「そういえばトムと一緒に、突然現れた君の正体ついて推理していたんだよ」

「えっ、はい? リチャードの?」

「リチャードじゃない。中身の君だよ。その正体を暴いてやろうと思ってね。君は私達の事を知っているが、私達は君のことをまるで知らない。これではフェアとは言えないだろう」

「僕!?」


 何がどうして、フェアなんだ!?


 いや、待てよ。

 たしかに、こちらは長いあいだ彼等の発言を雑誌やインタビューや後書きで見(守っ)てきた。最近のDVDだと監督の略歴や本編に沿って副音声がついていたりするから、監督に至っては、そこから性格や略歴もずいぶんと分かった。


 つまり僕は二人の基本情報を持っているけれど、二人にとっては、全世界の中から特定の人間を見つけるのに等しい。

 つまり、リチャードの中身が平々凡々なジャパニーズサラリーマンということも分からないんだ!!


 ……聞けば聞くほど「この人達、暇なのかな」という感想しか浮かんでこない。



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