051 配達
陽が傾いて来たけど、バグショー署長はまだ帰って来ない。イゾルデは眠っているのか、身じろぎ一つせず膝の上で巨大な団子になっていた。ありがとう、アニマルセラピスト二号店。ドクターの猫は優秀な精神科医だ。
日差しを取り込む程度にしか使われていない、閉め切られた窓ガラスを小突いてみる。
下は石畳。背中から落ちでもしたら、次の瞬間、カメラが切り替わって道路に横たわるシーンが映りそうな窓だ。ダメだ。これはアクション用の窓じゃない。ミステリー、しかも被害者が降ってくる用の窓だ。
一度でいいから、両手を顔面前に交差させて窓ガラスに飛び込んでみたい。間違いなく何針か縫う気がするけど、今ならいける気がした。根拠はない。
暇なので、僕はもう一つ気になっていることについて考えてみることにした。
運び屋、ゴドウィンとハーバーは誰にトランクを渡され、誰に渡すつもりだったんだろう。
彼ら運び屋は、大抵重要な証拠品や死体を運ぶ運命にある。それと同時に貴重な目撃者でもあるのだ。
どさくさに紛れて、一作目、冒頭四分三十二秒。リチャードをボコボコに殴った借りは返したけれど悔いはない。ありがとう、心の師。縄跳びで予行演習したかいがあった。
トランクに刻まれていた傷だらけのМは、A.Aにも見える。ダブルエーはアビゲイル・アシュバートンのイニシャルと同じだ。もしこれが盗まれたアビゲイルのトランクなら、その中に阿片蝋が入っていたということになる。
エルマー夫人の取引相手がアビゲイルだったのなら?
犯人は阿片を持ち出すためにアビゲイルのトランクを利用したわけではなく、最初から僕の部屋に置いてあるアビゲイルのトランクをそのまま持って行ったということにならないか。
エルマー氏を毒で殺したあと、何故夫人は手のかかる殺され方をしていたのか不思議だったけど、もし、エルマー夫人の取引相手がアビゲイルで、殺したのも彼女だったとしたら?
ネリーさんが調べたアビゲイルはカッとなりやすく、騙されやすく、オカルトのような証拠がないものを信じてしまう直情的な性格だと言っていた。阿片の取引中に激高したアビゲイルがエルマー夫人を殺害する可能性もゼロじゃない。
アビゲイルがつけていた大量の髪飾り、カンザシに近いものやブローチみたいなものを使えばアイスピックのように相手を刺す事ができる。彼女の長い髪の中に隠してしまえば、先端に付いた血は見えず、高価な宝石部分にばかり目を引かれてしまう。
エルマー夫人についた刺し傷を誤魔化すために、シャーロットはエルマー夫人を開腹した?
強引だけど、そこまでぶっ飛んだ推理でもない。面白さとしてはギリギリ赤点。
だから今、僕がショックを受けているのは別の理由。
犠牲者が犯人になる可能性を、想定していなかった。




