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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
58/174

050 幽霊

 第一作目「七つの謎々」が公開された時、エンディングロール後にある映像が流れた。


 燃えて死体の転がる屋敷の中を「誰か」が歩いているシーン。床に落ちた眼鏡の傍に射殺された筈のリチャード死体は無く、血溜まりだけが残っていた。

 暗転。明転。

 ホラー映画によくありがちなおまけシーンだったけれど、ぼんやりと光の灯された映画館内はざわついた。


 リチャードは生きている?

 原作を知らない人にとっては「ホラーにするなら最初に言え」「殺人鬼が蘇るなんてありえない!」なんて驚きで、すでに原作である程度の知識がある人は「四作目のフラグだな。四作目まで映画化できるのかな、スポンサーと興行収入的に微妙かも」という緊張感で満ちた光景。


 ラストシーンなのにエンディングロールまでの退席者が多すぎて「幻の映像」と冗談で言われたシーン。地上波ではもちろんカットされる。時間の関係上と分かってはいるものの、いよいよ幻っぷりに拍車がかかった。


 一作目の原作で「リチャードは死んだ」「死体は見つからなかった」とはっきり書かれている。当時、既に十二作目まで原作は売られていたし、アンデル監督はダブルミーニングがこの頃から好きだった。


 だから「歩いているのは幽霊だよ。彼だ」と、どうとでも受け取れる曖昧なコメントを発表した。四作目までの映画化が半ば決まった瞬間だった。


 第四作目「崩落の劇場」の犯人。幽霊ザ・ファントム


 デコボコの無いツルリとした白い仮面。壁をすりぬけ、鍵も警護も意味は無く、夜にしか出てこない殺人犯を狩る殺人鬼。

 殺された人々の怨念が集って、夜な夜な復讐をしているのだとロンドン中で噂された。

 様々な噂が飛びかったが、「幽霊」の呼び名を決定的にしたのは唯一幽霊と会話をかわしたノーザンストレイジ劇場の新人歌姫、リンダ・ストックの証言だった。リンダはゴドウィンの実の妹でもある。まさに美女と野獣。歌姫と怪人。そういった呼び方がしっくりくる兄妹だ。


「幽霊の仮面の下は、生々しく血の滲んだ火傷が広がっていた」


 ちなみにここは英国。仏蘭西のガルニエ宮が舞台ではない。


 リチャードが精神疾患、リンドブルーム船長が憎悪で殺人を犯していったとすれば「幽霊」は両方のハイブリッド型殺人鬼。

 シェイクスピアのハムレットは父親の幽霊に復讐しろと囁かれたけど、こっちの幽霊は「彼女のため」に「人殺しを消す」ことを行動原理としている。


 法で捌けない悪人を直接手にかける彼は、人によっては正義に見えるのかもしれない。けれどダークヒーローと呼ぶには、些か常軌を逸していた。

 とにかく「人を殺した」人に対して過剰なほど反応するのだ。

 犠牲者の中には殺人犯はもちろん、貴族、裁判官、警察官、死刑執行人、はては事件を目にしたものの何もできなかった目撃者まで存在した。その辺の線引きは彼自身の判断らしく、常人が理解できない言い分に依るものだ。


 「幽霊」の言い分によれば「探偵は害悪。自らの舞台を整えるために人殺しを放置し、無関係な人間を殺す輩だ」だそうで。それを言ってしまえば、世の中の探偵小説がなりたたなくなってしまう。

 それに過去逃げおおせた殺人犯や、捕まっていない殺人鬼を推理し、特定し、狩りに行く。幽霊にも探偵の素質、立派にあると思います。


 とりあえずミストリに出てくる殺人鬼の中でも幽霊の人気は非常に高い。人気投票したら、得票数がリチャードの三倍になるほどだ。


 ほとんど悪い人しか殺さないし、頭がいい。物腰が紳士。強い。仮面被っている。

 最後のは理由として疑わしいけれど、もう幽霊の前日譚みたいな形で一本撮ったら、そこそこ売り上げがあるんじゃないだろうかと思えるくらいだ。

 僕も幽霊の事は嫌いじゃない。けれどリチャードと並んで「好きだけど一度顔面変形するまで殴らせろ犯人ランキング」に見事ランクインしている。


 ホラー好きには必ずあると信じているこのランキング。別バージョンとして「その現場に角材かチェーンソー持って乱入したいランキング」もある。あるよね?


 徹底的に嫌われつくす悪人や、胸が痛くなるような悲劇を生み出せる、人間の想像力って本当に凄いと思う。僕は自他ともに認める腰抜けなので、リチャードでありながらもそこまで思いきって悪い人間になろうとは思わないし思えない。自分が経験するなら穏やかなヒューマンドラマがいい。

 幽霊も、昔はそういう優しい人だったんじゃないだろうか。だから、自分の倫理観を徹底的に壊さないと人殺しなんて出来なかった。彼も幸せになってほしいものだ。


 そうは言っても幽霊がジェイコブ先生を殺したことに変わりはない。ゆえに僕の幽霊に対しての恨みは深い。ジャクリーン巡査部長を拷問して殺したリチャードにだけは言われたくないと思うけれど、ジェイコブ先生を探偵と見間違えて撲殺した恨みは以下省略。


 そんな幽霊の本名はダニエル・ルースター。

 レイヴンの推理によるとダニエル・ルースターという刺繍が入った警察官の制服は「幽霊」がどうしても捨てられなかったもの。つまり「彼女」と何らかの思い出があるか、この刺繍を施したのが「彼女」だったのではないかという事だった。

 幽霊の「彼女」に捧げる愛は相当なもので、「彼女」が死んだ後も幽霊は隣に「彼女」がいるものと思いこんでいた。


 誰が彼を壊したのか。「彼女」とは誰なのか。はっきりと明言されていないけれど、ミス・トリファンの中では暗黙の了解として一つの解がでている。


 ヒントその一、唯一まともに幽霊と会話を交わしたリンダ・ストックは金髪を結い上げた凛々しい美人で、ジャクリーン巡査部長にそっくりである。


 ヒントその二、幽霊の火傷は描写の中に「生々しい」という一言が入っていた事から、つい最近負った怪我だと予想できる。火事といえば、例えば一作目のラストで凄まじく燃えていた誰かさんの屋敷とか。

 そのうえ、エンドロール後のカットについて監督本人から「彼は幽霊だよ」とのコメントが飛び出している。


 ヒントその三、幽霊が後生大事に警察官の制服を持っている事。ならば幽霊が愛していた彼女とは「ジャクリーン巡査部長」のことではないか。そして、ダニエルは元警察官でジャクリーンとコンビを組んでいたのではないかというのがファンの見解だ。


 僕がダニエル・ルースターの名前を聞いて背筋が寒くなった理由がお分かり頂けただろうか。幽霊が、ただの殺人鬼であれば、僕もこんなに警戒はしない。リチャードは恐らく、幽霊という復讐鬼を作り出した張本人なのだ。


 蛇足になるけれど幽霊の住んでいる劇場の地下で、人骨の上半身をレイヴンとシスター・ナンシーが見つけたシーン。何度も切りつけられた頭蓋骨、無理に捻じ曲げられた背骨を見て、レイヴンは「シェイクスピアの『リチャード三世』に見立てている」と言って骨を近くの紋章飾りで隠している。

 頭蓋骨はずっと後ろ向きだったけれど、頭に一つ、射出穴が開いているのが確認できる。


 屋敷からきえたリチャードの死体。

 数ある遺体の中で、唯一レイヴンが隠した骨。

 シスターに気をつかって骨を隠した説が有力だけど「レイヴン、友達だと気づいて隠してやったんだよね」説もある。


 ちなみにリチャードと思わしき人骨、その下半身は幽霊の飼ってる人食いネズミの家になっていた。


 それがきっかけで、僕はネズミという生き物がダメになった。近くにいるだけで、かじられてしまうのではないかと鳥肌がたってしまう。


 もしアンドリュー君が幽霊の関係者なら、まだ幽霊になる前のダニエル・ルースターとして彼と会えるかもしれない。あわよくば、味方にして元犯人グループを作ることができるかもしれない。


 今度アンドリュー君に聞いてみよう。直接会うとか怖過ぎるけど、今の僕はジャクリーンさんを殺していないから、出会い頭にネズミにかじられることもあるまい。


 気が付けば、足元には猫が座っていた。じっと僕の事を観察している。動物とのふれあいにはまだ慣れていないので、そっと目線を逸らす。僕がネズミに齧られていたら、この子は追い払ってくれるだろうか。


 膝に重みが加わる。ジャンプ一つで僕の膝の上に飛び乗った彼女は、くわっと真っ赤な口を開いて返事代わりに大きな欠伸をした。



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