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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
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046 懐柔

 河を昇る二艘の船はスピードを緩めないまま、すぐに見えなくなった。名残惜しいが小柄な彼女達ふねとはここでお別れだ。


「すごい速さでしたね、スーさ」


 隣には誰もいなかった。この状況はもしかして。


「そして誰もいなくなった、だと!?」

「何やってンだー!」


 いた。ただし、随分と遠くにだ。

 何やってんだというセリフは、スーさんにそのままそっくりお返ししたい。彼女は右手を振り回し、誰かに向かって怒鳴っていた。

 間違いない。トラブルだ!

 甘い香りの紙袋を両手にしっかりと抱えなおす。何だか面白くなってきたぞ。


「またお前か、アンドリュー!」

「それはおれのセリフだぜ、スー。ここで会ったが三日目。今日こそ、どっちが倉庫町のボスか。決着をつけてやる!」


 幸いなことに彼らの音声ボリュームは最大で、遠くからでも会話を盗み聞きするのに苦労はしなかった。

 アンドリューなる子とスーさんは、リリーという少女を「泣かせた」「泣かせてない」件で盛り上がったのち、どちらがボスに相応しいかで揉め始めた。


「いいぞ、ボス!」

「スーなんかやっちまえ!」

「ぼこぼこだー」


 海賊ごっこでもしていたのか。頭に古布を巻き付けた子供達がスーさんと一人の男の子を中心に円陣を組み、ヤジを飛ばしていた。物騒な物言いも含まれているが、舌足らずなせいか、緊張感はない。

 スーさんと向かい合っている黒髪の男の子。彼がアンドリュー君なのだろう。なかなか整った、利発そうな面立ちの少年だ。赤毛のアンに出てくるギルバート役なんか似合いそう。


 それから、円陣から外れて泣いている縞模様のワンピースを着た金髪の女の子。一人だけ泣いているからリリーというのは、きっとこの子だ。淡いグリーンのストライプは泥がついて汚れていた。そうだな、こっちの子は秘密の花園に出てくるメアリー役かな。

 そんな爛れた大人の内心など知らず、泣いていた少女が顔をあげた。


「こんにちはー」


 笑顔で、友好的に、接したつもり、だった。泣きじゃくる幼い少女にとって見知らぬ大人がそれだけで恐怖の対象になることを失念していただけで。反省。

 僕の顔を見てリリーちゃんは火がついたように泣きはじめた。そう、その警戒心は大事だ。知らない人に声をかけられても、付いていっちゃいけません。一見人畜無害そうな眼鏡でも、実は女子供をさらって自宅の屋敷で人形遊びしているようなサイコパス野郎かもしれないからね。


「だっ、だれだ! お前はっ」


 納得と悲しみを同時に味わっていると、アンドリュー君が異変に気がついた。ビシッと効果音がつきそうな勢いで、鼻に向かって人差し指が突きつけられる。


「えんぐんに、大人が来るなんて、ヒキョウだぞ!」


 えんぐんとは一体何の事かと考え、援軍の事かと思い至った。その間、アンドリュー君はぼうっと突っ立っていたり突然手を叩いたりする僕を睨んでいる。


 物怖じしない。それから、必死に難しい言葉を使おうとしてカタコトになっている。頭が切れる。実は仲間思いの、頼れる少年リーダー。

 彼はファミリームービーの主人公になる運命を背負っているに違いない。むしろ宿命と言ってもいい。そうだ、片目の海賊が残した宝の地図を見つけた際には彼に渡そう。


「バカ言うな。こいつは大人じゃねえ。ただ図体がでかいだけだ!」


 スーさんがフォローのような、そうでもないような、絶妙な言い回しでかばってくれる。


「こんにちは」


 近くまで歩いてきた僕を見上げ、アンドリュー君を含めた子供たちは一瞬たじろいだ。何故かエリザベスさんまでたじろいだ。

 大人の男とは言っても僕の身長は低いほうだ。そんな僕でも小さく見えるって事は相当小柄なんだな、この子達。ちゃんとご飯は食べているのか心配になる。


「リリーちゃん、だっけ。ころんだの?」

「あうえ」


 あれだけ泣いていたのに、リリーちゃんは僕のコートの裾をつかんでいる。正確にはカイルの……カイルのパパの遺品コートだけど、こういう場面で気にしてはいけない。


「あお」


 親指をしゃぶりながら、リリーちゃんが僕を見上げて声を出した。肯定でも否定でもない。つまり、そう、母音だ。困った。幼児語の習得はしていないんだ。


「そんなことはどうでもいい。てめぇら、そこのオッサンとリリーを捕まえろ! おれはスーと決着をつける!」


 わらわらと、ちびっこが集まってくる。その手には玩具の剣やその辺に落ちてる木の棒が握りしめられていた。


「そういうわけだ、オッサン」

「リリーと一緒におとなしくつかまりな」

「ぼこぼこにしてやる」

 

 一人ぼこぼこ狂がいるけれど、今日もロンドンは平和だな。


 そう考えた次の瞬間、脳内に電流が走った。

 気がついてしまったのだ。前代未聞のこの状況に。


「おれたちの恐ろしさに、声もでないのか?」


 ひとりが不敵に笑い、他もそれにならって悪い笑みを浮かべていた。


「あ、うわああ!?」


 映画の神様、大変です。リチャードが子供に囲まれています!

「生きている」子供達に囲まれて、脅迫されています!


 貴重なシーンをありがとう。思わず袋を脇に抱え直し、片膝を付き、指を組んだ。映画神に捧げる祈りのポーズ。何人かが怯んだ気配を感じた。


 撮影舞台裏ではリチャード役のダニエルと死体役の子役が仲良くしていたに違いないと長年思い描いていた光景が、いま、目の前に広がっている。何だろうこれ。僕向けのサービスシーンかな。ありがとう。ちびっこよ、生きていてくれて、ありがとう。幸せです。思わず熱くなってきた目頭を手で押さえる。


「な、なんだ。こいつ」

「ちかよりたくない」

「こわい」


 君達、リチャードと同じフレームにインしていて、五体満足に揃っていることが、どれほど奇跡的で素晴らしいコトなのか、分かっちゃいない!


「ひっ!? おっ、おれたちは、海賊だ! お前なんかこわくないんだぞ!」

「きょうふをあたえ、りゃくだつするのがお仕事だ!」

「びぇーーーっ」


 小さな海賊たちは、いまや半狂乱状態だった。僕が映画神に祈りを捧げている間にどうしてそんな事態になったのか。皆目見当がつかない。けれど、何かがあったんだろう。感動のあまり見逃してしまった。映画は一秒一瞬ワンフレームの見逃しが命取りだというのに。現実の巻き戻しボタン、欲しいなぁぁぁ。


 ふと、ちびっこのひとりが、熱心に紙袋へ視線を向けていることに気づいた。

 カリブの海賊達には悪いけどココには死者のタンスたからばこではなく、砂糖と小麦と牛脂でできた死者の腕(おかし)しかないよ?


 おや、それでも手を出すというのか。恐れ知らずの小さき略奪者よ。よかろう、喧嘩せずに並んでくれ。今日の僕は機嫌がいい。


「人質とは、おちたなアンドリュー!」

「うるせえ! スー、てめぇに勝てるなら手段なんて構わない。今日こそ俺のなわばりを返してもらう!」

「一度負けておいて返せとは、大口叩くじゃねぇか」


 背後で聞こえるアンドリュー君とエリザベスさんの言い争いは続いている。会うたびにやる儀式のようなものだから、気にするなとの情報を入手した。喧嘩友達、いわゆる類友というやつなのだろう。


「一人、一個だよ。リリーちゃんは食べるか脚にしがみつくか、どっちかにしようね」


 喧嘩する程仲がいいとも言うし、後ろの二人のことは放っておこう。納得するまで話し合うのも時には大切だ。


 きっとアンドリュー君もカツアゲに近い形でエリザベスさんになわばり取られたんだろうな。エリザベスさんとリリーちゃんは友達なのだろうか。友達というよりも、近所のお姉さんと最年少の関係が一番がしっくりくるような。


「もういい! 子分ども! スーもろとも、全員海に突き落として処刑してやれ!」


 アンドリュー君はエリザベスさんからは目をそらさずに指示を飛ばした。正しい判断だ。彼女から一瞬でも目をそらしたら必殺の一撃を食らう。けれど彼は何の反応もないことを不思議に思ってか、きっかり五秒後に僕達の方ををみた。


 アンドリュー君の手下は、すでにボスの手から離れていた。

 死者の腕をもぐもぐ口に含んでいるちびっこ軍団を見た瞬間、ポカンと口を開けたアンドリュー君の表情は実に見物だった。


「海軍の圧力にくっしたのか!」

「船長! うまいです!」

「船長! あまいです!」

「あー! 私のー! あー!」


 仲間であるはずのエリザベスさんからも悲鳴に近い叫びが聞こえるが、笑って誤魔化した。海軍と呼ばれて悪い気はしないけれど、僕はフック船長の方が好きだな。だって悪役(ヴィラン)だもの。


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