042 手紙
そんな事を考えていると、ネリーさんが優しく微笑んだ。
「リチャード様。これからはご自身の言葉にも注意して下さい。優しさは尊いものですが、時として足元をすくわれてしまいますから」
景色が滲んで、柔らかく諌めてくれるネリーさんを見ていられなかった。
リチャード。君のまわりには、心配してくれる人達がいた。
この人達は君が沢山の人格を持っていると知っていた。脱走しても探してくれた。どういった事情かは知らないけれど、生半可な気持ちで死体の後始末なんかできない。
君は、人生の歩みかたを間違えてたよ。
「ありがとう」
わずかに言葉尻が震えた。
「さっ、暗い話になりましたね。気を取り直して朝食にしませんか?」
沈んだ僕の気分に反応して、いつもの明るいネリーさんが帰ってきた。
朝食の一言に、希望が見えた。今朝から取り調べだのアジの開きだので、何も食べていない。お腹がすくと悲観的になるからいけない。お腹いっぱいになったら少しは明るい話題が出るだろう。
「はい」
「リチャード様!」
勢いよく僕が頷くと同時に、エルメダさんが満面の笑顔で部屋に飛び込んできた。彼女の瞳が、いまだかつてないほどキラキラ輝いている。
「酔い覚ましを作って参りましたわ。今までで最高傑作が出来上がったと自負しておりますの!」
白魚のような指が添えられたグラス。
中には粘液状の黒い物体が入っており、見覚えのあるそれを目にした瞬間、僕の表情筋全てが活動を停止した。
まさかの続編である。
もしかして、今後二日酔いになるたびにコレが出てくるのだろうか。ジェイコブ先生の家でお目にかかった地獄と、こんなに早く再会するとは思ってもみなかった。
なぜエルメダさんがこれの存在を知っているのだろう。飲みたくないけれど、この飲み物が二日酔いにてきめんに効くと知っているのが辛すぎる。こいつが現在英国で流行しているのなら、もはや逃げ場はない。一度飲んだなら二度も三度も変わらないだろう。
視界の隅で存在を主張し続けていた見かけは汚泥、匂いも汚泥のそれを一気に飲み干した。
「け、っこうな、お点前で」
二度目ともなると、心の準備というものができてくる。例え劇物でも人からの親切に変わりはない。ぐっと口元を拭う。エルメダさんの作った二日酔いの薬は、タバスコと胡椒と鶏小屋の味がした。食べもので作られていてホッとする。けれど、一つだけ言わせてほしい。なんで、色が黒かったんだ?
「ようございました。私が知っている酔い覚ましはこれだけですから。おかわりはいかがで……あら?」
りーん。
エルメダさんが堪えていると玄関のチャイムが鳴った。
誰だか知らないが、来客の人。あなたは命の恩人だ。




