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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
45/174

039 馬鹿

「メイドです」

「メイド!?」


 メイド。


 全員が一斉にミランダを見た。彼女の顔は蒼白を通り越して土気色だ。餌を求める金魚のように口をパクパクとさせている。


 突然犯人扱いされると、パニックになるよね。分かる、分かるよ。その反応。

 僕だけが訳知り顔で頷いていた。


「そちらではなく、ここに居ない方のメイドです。シャーロットと言う名の」

「そう言えば、彼女を見ていないな」


 バグショー署長の一声で場が一気に騒がしくなった。

 どうして、誰も彼女が居ないと気付かなかったんだろう。

 弁解するなら、僕は自分の事で手一杯だったから、周りを見ている余裕が無かった。それでもレイヴンには気がついたけどね。レイヴンには気がついたけどね!


「いません!」

「こちらにもいません!」


 あちこちから警官の声が聞こえる。もし犯人が彼女なら、もうとっくに逃げているだろう。


「逃がすかよ」


 僕の心の声を察したかのように、傍らに立っていた警官が呟いた。


「どうしますか、ダニエル巡査部長」

「どうもこうも無い。道路を封鎖、周囲の聞き込み、外の奴らに伝達。屋敷の中も、もう一度手分けして探すぞ。いいか、怪しいモノは一つ残らず証拠品として押収しろ。何でもだ・・・・

 

 僕を連行していたもう一人の警官がキビキビと指示を出していく。

 鋭い目つきの男性だ。野性味溢れる黒髪に薄らと生える無精髭。

 彼も、ある意味探偵らしい人物と言えた。煙草にバーボンの、女に苦労するハードボイルド系の探偵だ。今は前職である腕利きの刑事時代といった所だろうか。これから愛していた女性が失踪するとか、殺害されるとか、そういった悲しい事件で退職しそうな顔をしている。


 一方、警察トップは相変わらず鬼の形相で探偵と睨み合っている。

 バグショー署長、貴方は立派に役に立たない側の人間コメディポジションだ。今後ともよろしく。


「お前もそこから動くなよ。面倒なことになる……なりますから」

「はーい」


 ダニエルと呼ばれていた彼は駆けて行った。せめて床から起こしてから行って欲しかった。

 ミス・トリには端役を含めて十人近い「ダニエル」さんが存在している。彼はどのダニエルさんだろう。

 リチャードを演じた俳優のダニエル氏を呼んだら、ラストシーン撮影のために来ていた殺人鬼(ダニエル)役の俳優ダニエルが振り返ったという笑い話は有名だ。


「ちょっと待って下さい。一体どうなっているのか説明して欲しいわ。貴方の話だと、おば様が直接殺人と関係した証拠はどこにもないじゃない!」


 アビゲイルが裏返った声で叫び、探偵はわざとらしく咳払いをした。


「順を追って説明しましょう。まずはエルマー氏の殺害からですね。シャーロット、という女をメイドとして雇い入れたのはエルマー夫人で間違いはないですね」

「はい、数か月前です。少し手際が悪い所もありましたが、よく気のつく子でした」

 

 戸惑いながら答えたのはミランダだった。


「その時からエルマー夫人は保険をかけていたのです。彼女は阿片の売買を行っていました。そして証拠が露見した際は、全ての罪を夫、ジェラルド・エルマーに被せる心算だった。阿片の密売も含めて、マーシュホースの悪行はエルマー氏一人の仕業になれば、エルマー夫人は残ったマーシュホース商会を相続することができる。そうとは知らないエルマー氏は自らを陥れようとしたライン卿の殺害を夫人に持ちかけ、夫人もそれに乗りました。そしてエルマー氏がライン卿を殺した後、事故または自殺に見せかけて殺そうと決めた。その為に雇われたのがシャーロットだったのです」


「いくら何でも酷すぎます! おば様は、麻薬の密売をされるような方ではありません!」

「それはどうでしょう。現に、昨日の晩餐会で大規模な麻薬の売買が行われるという情報があったようです。それに、今までの売買を裏付ける帳簿も……見つかったとか」


 レイヴンの言葉に、アビゲイルは顔を怒りで真っ赤に染める。

 それはそうだろう。僕は被害者として招かれ、マザーはレイヴン達の味方。そしてバグショー署長は警察。麻薬の売買が本当に行われていたなら、その相手はアビゲイルであるとレイヴンは暗に言っているのだ。


「ミランダさん、屋敷の中で流感が流行りましたね?」

「はい」


 ミランダはショックから立ち直ろうと、毅然とした表情を浮かべた。


「私達を除いた、従者のほぼ全員が倒れました。ですが晩餐会まで少しです。こんな失態が知られたら、皆さまに何と言われるか分かりません。新たに人を雇っている時間はありません。旦那様と奥様からは、しきりは全て私に任せると言われました」


「裏を返せば、この晩餐会で失敗すれば全てが貴女のせいにされる訳ですね。なので、焦った貴女は無理矢理二人のメイド。そして雇い入れた料理人で何とかしようとした」


「はい。料理人のイリーナとは、以前から付き合いがありました。けれど彼女は結婚したばかりで、お腹には臨月の子供もいます。無理をさせてはいけないと思いましたが、早く帰る事を条件に彼女は私達の提案を快く受け入れて下さいました」


「ミランダ、貴方が食事の次に気にかけたことを、もう一度教えて頂けますか」

「私は、館の衛生を何とかしないといけないと思いました」


「殊勝な心掛けです。ですが、あなたには晩餐会の準備がある。屋敷の掃除は、もう一人のメイドに任せきりだったんですね?」

「シャーロットは、何事にも一生懸命な娘でした。入ってきたばかりでしたが、屋敷の間取りは覚えていましたし、優先すべき事柄も、必要な作業も全て理解していました」

 

「こうしてシャーロットは自由を手に入れた。最下層メイドとして雇われた彼女には、他のメイドや使用人の世話も任される。屋敷内で感染が流行したのも彼女の仕業でしょう。彼女は、空いた時間で全ての椅子の中にニコチンを塗った針を差し込んでおいた。どの椅子に座っても、エルマー氏に刺さる様に」

「全ての椅子の中にだって? バカな、私たちも座ったが、何も起こらなかった」


「体重が軽すぎたんです、針が飛びだす条件が揃っていなかった。エルマー氏の体重はこの場にいる人々より二十ポンドは重い。エルマー氏の身体は他の人よりも深く椅子のクッションへ沈みこむ。遺体を動かせば凶器は再び椅子の隙間に沈みこむという寸法です。あとは警察が帰った後に本当の凶器を回収すればいい。仕掛けた後、シャーロットはちゃんと針がターゲットに刺さるかどうか実験を行った。近場にあった中国の美術工芸品を椅子の上に置き、針の飛び出す角度を念入りに調節したんです。椅子の革には白い陶器の粉が付着していました。そして何より、警察がすばやく駆け付けた為に全ての毒針を回収することは不可能だった。エルマー氏の命を奪った本当の凶器は、未だ椅子の中に取り残されている」

 

 僕は地面に置かれた美術品のことを思い出した。シャーロットの体型は小柄だ。もしレイヴンの推理が本当なら、シャーロット一人で全て元の位置に戻すのは不可能に近い。疑ってごめんね、美術監督。


 レイヴンは「明日は雨ですね」程度の気軽さで言い放った。


「毒針はジェラルド・エルマーの命を奪う事に成功しましたが、エルマー夫人には刺さらなかった。何故ならエルマー夫人は最初から椅子に毒針が仕込まれていたことを知っていたからです。彼女はエルマー氏より体重が軽く、着ていたドレスには布が何枚も重ねられていた。万が一針が刺さったとしても皮膚まで到達しないか、塗られていたニコチンが椅子に張られた革と布の両方で拭い取られてしまったでしょう。共犯であるシャーロットはエルマー氏に駆け寄り針を回収すると、警察官を迎える振りをしてコートハンガーにかけられたライン卿のコートに針を入れた」


 辺りは静まり返っている。全員が固唾を呑み、次の言葉を待っている。玄関に現れた一人の主役に、今や全ての目線が注がれている。


「エルマー夫人は部屋に戻りました。取引に使う阿片を屋敷の外へ隠す為です。彼女が座っていたソファには陶器の粉とは別の粉末、阿片が零れていましたし、同じものがエルマー夫人のドレスにも付着していました。恐らく彼女は、晩餐会の最中、何かのタイミングで取引相手に服の中に隠し持っていたアヘンを確認させた。エルマー氏が死ねば、屋敷は警察に捜索される。その前に屋敷から阿片を運び出す必要があった」

「一体どうやって隠した。部屋や持ち物は全て調べたんだぞ?」

「それこそ、ライン卿が倒れた本当の理由ですよ。彼は酒を飲むと昏倒する、不思議な体質の持ち主だ。晩餐会のデザート、トライフルにはシロップの中に大量のリキュールが使われる。その上、食後に振る舞われるコーヒーにもブランデーの香りが僅かばかり残っていました。エルマー夫人は眠っている彼の部屋に、あらかじめ阿片を隠しておいたのです。屋敷の主(エルマー夫人)ならば、彼を運ぶ部屋を指示することも、あらかじめその部屋の窓を開けておくのも簡単です。屋敷の近くで、脱ぎ捨てられた警官の制服を見つけました。警官に交じった誰かが隙を見て、屋敷の外へ阿片を持ち出す手筈だったのでしょう。

 ライン卿が血塗れで寝ていたことを考えると犯人はエルマー夫人殺害後、一度阿片の隠された部屋に入っている。既に阿片は外部へと持ち出されたと考えて良いでしょう。シャーロットはエルマー夫人を殺害すると一度部屋を出た。そして窓伝いにライン卿の部屋へ忍び込んだのです。深夜であれば、屋敷の白壁に血が付いても気づく者はいません。しかし日のある今ならば、壁に付着した血痕を馬鹿でも見ることができる。そう、シャーロットにとって幸いな事に、ライン卿は驚くべき馬鹿でした。三歳児でももう少し賢く立ち回れるでしょう。この英国で暮らしていて、どんな平和ボケした頭を持っていたら、此処まで鈍感になれるのか。さすがの私でも、この謎を解く事は不可能です。仮にも二十年以上生きているんですよね。今までの人生で何してたんですか、息ですか」


 殺しにくるかのようにレイヴンの毒舌が絶好調で嬉しいです。でもあいにく今は心の残機が少ないので、回復するまで此方に矛先を向けるのは止めて下さい。



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