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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
43/174

037 探偵

 そうだ、もう一人考えておいた方が良い容疑者がいる。


 僕。というか、リチャードwith父親。

 やっていない……と思いたいけれど、僕の意識がない間に父親トマスの人格がどうなっているのか分からない以上、完全に除外して考えるべきではないだろう。


 ただ、エルマー氏の殺害には事前の準備が必要な事。

 誰かがご丁寧に僕を犯人に仕立てあげようとしている事。

 そして「リチャード本人」が晩餐会にから出席すると決まったのは昨日だった事から、可能性は低い。


 一体、誰がこんな面倒なことを。

 リチャードが恨まれるような覚えは……いや、あったらあったで、構わない。過去の因縁話やこじらせた殺意の証言、大好きです。少なくとも犯人はこの中にいる。

 つまり、この中の誰かがリチャードか父親トマスに何かしらの感情を抱いているってことだ。俄然、犯人の生け捕りに興味が沸いて来たぞーっ。


「君は血にまみれた状態で部屋にいた。窓は開いていて、壁を伝えば二つ隣の夫人の部屋へ侵入できる。アリバイは無く、凶器を持ち、服のポケットからは犯行に使われたと思わしき毒針が出てきた。さて、何か言い逃れはあるか」


 バグショー署長は机を拳で叩いた。

 はい、凶器を持って血まみれで部屋で寝ている。そんな犯人っぷりを全身でアピールしている時点で、犯人としておかしいと思います。

 何事も、思うだけでは、伝わらない。字余り。


 僕が血塗れなのは、間違いなく犯人の仕業。なら、その人物は僕の寝ている部屋に一度は足を踏み入れている。一歩間違えば、僕も死んでいるところだった。

 わざわざ生かしておいてくれてありがとう、犯人よ。くっくっく、その驕りが貴様の首を絞めるのだ。

 殺さなかった理由は何だろう。王道だけど犯人役に仕立てるため、かな。アリバイもないし、僕の言動が一番怪しいからね。言ってて悲しくなる。


 エルマー氏は椅子に座って死に、エルマー夫人は内臓を抜かれて死んだ。

 これは晩餐会で出た怖い話だ。ならあと一つ、ロンドンの死神の話が残っている。

 もしこの殺人がドラマなら、今はおよそ脚本の半分が経過したところだろう。

 見立て二つ終わり、怪しい容疑者が捕まる。めでたしめでたしと思った所で容疑者が不審死。忘れられている三つ目の死神の話に見立てられていたらパーフェクト達成だ。

 もし僕が脚本を書くならそうするだろう。そして周囲が混乱する中、一人だけ真実に気がついた探偵が、容疑者を食堂に集めて謎解きをするんだ。何で集まるのは食堂が多いんだろうね。広いからかな。

 だから見逃されたわけじゃなくて、僕にはまだ、三件目の被害者になる可能性が残っている。警戒しておくに越したことはない。一応、安全フラグは立てておいたけれど、ちゃんと作動するか分からないし。


 バグショー署長の中で、僕は唯一の容疑者だ。いなくなったら困るよね。目の前で座っている彼の瞳には「どんな些細な部分も僕に結びつけてやる」と言う盲目的な熱意がきらめいていた。


「コーヒーと食事、毒が入る、ない?」


 疑問文が作れないときは語尾をあげろ。そうすれば強制的に疑問文になる。

 結果、言動が子供になっても構わない。ようは伝わればいいのだよ、伝われば!


「エルマー氏と我々は、まったく同じものを食べ、飲んだ。あの中に毒が入っているわけないだろう」


 コーヒーなどの飲食物を調べる必要性を、バグショー署長は感じていないようだ。普通、調べる場所を警察が見逃している時は何かある。そう学校で教わらなかったのだろうか。


 僕が気にしているのは、エルマー夫人の死因がはっきりと特定されていない事だ。

 聞く限り、僕が刺殺してエルマー夫人をあじの開きにしたように思われているけれど、エルマー氏と同じ毒で死んだという可能性だって捨てきれない。

 真犯人は分からないけれど、そういった話の流れなら読めそうだ。そこを逆手に取れば、犯人を炙り出せる気が――しない。脱線する気しかしない。

 今回の事件。特徴をあげるなら、集った容疑者メンツが全員濃い。名俳優が犯人ポジションという邪道推理が通用しないのだ。


「ライン卿を連行しろ。二人の遺体も現場検証が終わり次第、署に移せ」

「はっ」


 扉に張り付いていた二人の警察官が小走りでやってきた。

 ずりずりと引きずられて図書室から出る。両脇抱えてくれる警察官二人には容赦がない。黒服の男に捕まった異星人もこんな気持ちだったのだろうか。


 僕が死んだり逮捕されたらどうなるか。作品の中では使用人の皆さんが緑塔館に火を放って、後追い自殺してしまった。それは断固阻止したいところだ。

 リチャードの書いた日記やらトマスの遺品やらが燃えるのは困る。とんでもなく困る。設定資料集にんじんを目前にして、諦められる馬がいようか? 答えは否だ。本編前という空白の行間に可能な限りミス・トリの裏話を拾わねばならない。それこそが僕の存在意義。


 しかしアビゲイルがこんな波乱万丈な事件に巻き込まれていたなんて知らなかった。僕にとってはリチャードの許嫁であじの開きになって死んだ子というイメージだったけど、スーさんにもバックグラウンドが色々あったように彼女にもあったようだ。

 リンドブルーム一家の誘拐事件が未遂になったように、もしかして今回の黒幕エルマー殺人事件は、本来「起こらないはずの事件」だったのではないだろうか。


 殺人を回避したら、別の殺人事件が起こった?


 そうだとしたら、エルマー夫妻の死は確かに僕の責任なのかもしれない。

 麻薬の帳簿が警察の手に渡り、リンドブルーム一家が助かった。これは本編にあるはずなかった出来事だ。

 脱線した先にも殺人事件が待ち構えているのなら、僕はどうすれば良いのだろうか。


 薄暗い部屋から出るとすぐにエルメダさんとカイルが駆け寄ってきた。

 エルメダさんから眼鏡を渡され、そう言えば部屋に置きっぱなしだったと思い出す。

 問題なく見えていたから忘れていた。リチャード、そんなに目が悪くないのかもしれないね。


 廊下には車椅子に乗ったマザーと、血まみれの僕を見ても表情を崩さないシスター・ナンシーがいる。疲れたアビゲイルと、青ざめたミランダさんは、しなだれるように壁に立ち、僕の姿を見ると恐怖で強張りながらしゃっきり立ち上がった。おや、誰かが足りないような。


 玄関に辿り着くと、ドア前で足を止め抵抗する。


「行ーきーたーくーなーいーでーすー」


 散歩嫌いの犬のように踏ん張ったが、拮抗したのは一瞬だけだ。

 二対一では勝負にもならない。玄関のドアが開き、背中を押されて呆気なく前へと進んでしまう。

 冷え切った空気。思わず空を見上げた。有名なロンドンの灰色空が広がっている。本物は初めて見た。淡い黄色の日光が、一瞬だけ雲の隙間から差し込む。視界の片隅で白い光が反射した。なんだろう、あれ。


 感動しながら空を見上げていると、背後から伸びてきた手に襟首を持ち上げられた。

 猫じゃないんだけど。

 そう思った次の瞬間、喉が詰まった。ぐえっとか、ぐほっとか、気管が潰れた時特有の変な声が飛び出す。馬鹿力に、家の中まで引き戻された。

 予告なく後ろに放り投げられた僕は、石造りの玄関に尻から盛大に着地する。滑った摩擦でお尻と背中、それから見下ろしてくる周囲の視線が痛い。


 直後、ガシャンという大きな音と共にエルマー家の玄関に、草刈り鎌が刺さっていた。

 鎌って刺さるんだね。


 玄関先に敷かれた石畳の隙間を縫って刺さっている。俺を引き抜いたら王様になれるぜ。そんな顔をして、当たり前のように刺さっている。


 こういう時、刃物は必ず刃を下にして地面に刺さる。

 重力の問題もあるけれど、石にぶつかって弾かれるんじゃなくて絶対に刺さる。ついでに異常に回転する。

 派生として「仲間が投げた剣は、回転しようが放物線上に落ちようが、仲間は絶対柄の部分をキャッチする」というものがある。大変趣き深い事である。


 賭けてもいい。僕があの場所で立っていたら脳天に鎌が刺さっていた。いや、もう一か所掛け金を置いていいなら、首がスパーンって落ちてた。一拍置いて膝から崩れ落ち、簡易噴水が出来上がっていた。

 そこに、下向いていないのに何で首だけが切れるのか、などという些細な疑問など通用しない。人以外も、見た目が良ければすべてよし。超常現象的運動物理学フィクションパワーの前に、科学や自然の法則など無力なのだ。


 人間を縦に真っ二つにする日本刀、明らかにタイムオーバーしてるのに主人公が到着するまで爆発しない時限爆弾、顔に向かって撃っているのに足に被弾するマシンガン。こういった深淵を、けして覗いてはいけない。人類にはまだ早い。


「何だこれは!」

 バグショー署長の怒鳴り声が、その場の意見を代表していた。


「何で怒っているかは知りませんが、何が起こったかは明白ですよ。バグショー署長」


 左側に立っていた警官は体の向きを変えると、気取った態度で深く被っていた警察帽ボビーハットを放った。


慈鳥レイヴンが来たんですよ」


 見上げるカメラアングル。

 下手をすれば、親の顔よりも見た顔。

 再び、雲の隙間から太陽の光が差し込んだ。スポットライトのように玄関が照らされる中、ミステリアス・トリニティの主人公レイヴンが決め台詞と共にそこに立っていた。



 

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