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犯人は僕でした  作者: 駒米たも
本編
42/174

036 取調

 扉が閉まり、二人の警官が手を後ろに回した体勢で並んだ。


 晴れて匿名貴族容疑者リチャード・ロウとなったリチャード・ライン改め、高畑です。ライン卿として来ているのに、調書にロウ名義を使われるとはなんたる皮肉。


「念のために聞いておくが、昨晩の事は覚えているかね?」


 バグショー署長の質問に、僕はまったくと答える。


「エルマー氏、倒れる。その後、寝る」


 バグショー署長が動きを止めた。ペンが挟めそうなほど深いシワが眉間に浮かぶ。


「私を馬鹿にしているのか?」

「いいえ」


 パトラッシュ、僕は猫をかぶることに疲れたよ。


「エルマー氏は昨晩死亡した。それは覚えているか」


 ようやくイエスと答えることができた。

 ミステリアス・トリニティにおける首魁が死んだのだから、忘れるはずがない。

 

「毒ですか」

「その答えは既に知っているのだろう」


 含みのある言い方をされても、毒を飲んで死んだのか。触れて死んだのか。それすら予想できないのだ。もしかしたら、知らない間に僕達も凶器に触れている可能性がある。


「毒物の塗られた針が、君のコートのポケットから発見された」


 そう言って、バグショー署長は白いハンカチを取り出し開いた。中心部分には先端が黒く塗りつぶされた針が一本乗っている。大柄なエルマー氏を刺したら折れそう。そんな感想を抱く細さだ。


「先端に付着しているのはニコチンだ。エルマー氏が死ぬ前にみせた症状はニコチンの中毒症状と一致する」

「これが、僕のコートに?」


 その時まで、僕はコートの存在をすっかり忘れていた。

 たしか、エルメダさんが玄関にあるコートハンガーにかけてくれた。


『屋敷内は閑散としていましたから、誰でも僕のコートに近づけましたよ。それに、僕が犯人ならわざわざ使い終わった針を自分のコートに入れるでしょうか。僕なら針をマチ針代わりに服の縫い目の間に隠しておくか、窓から庭に向かって放り投げてしまいますよ。こんなに細いのですから、見つかりっこありません。これではまるで凶器が見つかって欲しいようではありませんか。それに僕が危険な凶器を、無防備にポケットに入れるような粗忽者に見えるのでしょうか』


「おい、何をボーっとしている!」

「ごめんなさい」

「君は血にまみれた状態で部屋にいた。窓は開いていて、壁を伝えば二つ隣の夫人の部屋へ侵入できる。アリバイも無く、凶器を持ち、服のポケットからは犯行に使われたと思わしき毒針が出てきた。何か言い逃れはあるか」


 イングリッシュ、ペラペラになりたい。妄想の中では饒舌に反論できるんだけどな。

 しかし、これはまずい流れだろう。観ている時は「わーい、バグショー署長のうっかり推理ー」などと気楽に騒げたけれど、当事者になるとまるで笑えない。


「アビゲイル嬢は、エルマー氏が死んだのは呪いの椅子の仕業などと騒いでいたが……私の目は誤魔化せんぞ」


 バグショー署長の表情から察するに愉快な思い出では無いようだ。垣間見たあのオカルトっ娘のあの興奮ぶりを思い出すと、昨晩から頑張っているバグショー署長に同情する。


「倒れたのも君の計画の一端なのだろう? 気付けとして強めのブランデーを飲ませたのに何の反応も無かったのは、倒れたのが演技だったからだ!」


 お巡りさん、この人が犯人です。

 それアルコールがトドメになったんじゃないかな。僕が泥のように眠って起きなかった理由が分かったぞ。


「エルメダと言う従僕が君を二階に運び、若いメイドがマスターキーで部屋の鍵を外側からかけたと証言している。そのすぐあとで警察の応援が到着し、朝まで入念な捜査が行われた。皆が所持品を検め、厳重な監視の元に行動した。部屋にこもっていた君にはアリバイがない」


 寝汚くてすみません。半分はあなたのせいです。

 でも、あの気絶がワザとだと考えているなら、部屋に閉じ籠って一晩中姿を見せずにいた僕は怪しいだろうなぁ。


「キャロライン夫人は、どうした」

「しらを切るか。まぁ、いいだろう。彼女は体調が悪いと言って、昨晩二十三時に寝室へ引き上げた。寝つけるようにとメイドがココアを持って行ったが返事がなかった。其の時は眠ってしまったのだろうと気にしなかったが、朝になっても起きてこない。不安に思ったメイドがアビゲイル嬢に相談し、部屋を開けたのだ。そこには内臓を取り出された夫人の遺体が横たわっていた。死後時刻は昨夜未明。メイドがココアを持って行った時には、すでに死亡していた可能性がある」


 何だかんだ言って説明してくれる署長が大好きです。

 内臓を取り出されたという話は、ケルピーの話を思い出す。どうやら、二件の殺人は晩餐会の話題に見立てられて殺されているようだ。


 ただケルピーの呪いを受けているのはエルマー氏の家の話で、エルマー夫人には関係ない。見立てとしては甘いけれど、逆に考えれば無理矢理見立てをしなければならなかった理由が、どこかにあったはずだ。


「現場、見てもいい?」

「駄目だ」

「死体は?」

「駄目」


 女性の内臓を抜くには、それなりの時間と体力が必要だ。


 マザー・エルンコットは容疑者から外して良いだろう。彼女は高齢で、足が悪い。人間の解体を行えるだけの体力があるようには思えない。それにシスター・ナンシーが彼女から目を離すとは考えにくい。

 シスター・ナンシーが殺人の手助けをする筈がないので、彼女も除外。

 同じ理由でバグショー署長も除外。体力もあるし、死体に対する知識もある。それにある意味目立つ彼が屋敷で数時間も姿を消すことは難しい。

 アビゲイル。

 エルマー夫人の血縁である彼女なら、動機があっても不思議じゃない。けれど彼女もバグショー署長と同じく、長時間姿は消せない。ジェラルド氏が亡くなり、エルマー夫人が自室に戻ったことによって、屋敷の権限は彼女に移った。二人のメイドと慣れない館で来客の世話をするはめになったのだから大変だったはずだ。


 考えれば考える程、途方に暮れてしまう。やっぱり僕には探偵の才能が無いんだ。

 冷静な部分が「君の正しい役割は殺人鬼と観客でしょう」と優しく肩を叩いてくる。適材適所。諦めてこのまま容疑者に甘んじるとしよう。


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