032 椅子
ケルピーがいかにして村人を喰べたのか、ディナー仕立てで話すエルマー氏。
食人鬼な天才教授のおかげで、想像できてしまった。ありがとうございます、勘弁して。
目の前の焦げた血の塊に視線を下ろし、僕は羊のように沈黙して、もくもくと咀嚼をしていた。ソーセージ。これは美味しいソーセージと少しばかり自己暗示をかけていた事は否定できない。
作品ごとに監督を変えたりドラマ化したりして、色んな側面をあぶりだすのは良い手法だと思うよ。僕は基本的に第一作目が好みです。
「リチャード様は、どう思われますか」
「げふっ」
話しかけられて、ソーセージで窒息しかけた。危うく死因が肉になる所だった。
顔を上げるとアビゲイルを含めた皆が僕の反応を伺っている。前の話題を聞いていなかった僕は、大きく息を吸い魔法の言葉を唱えた。
「た、大変興味深いと思います」
「ですよね。椅子に座ると死んじゃうなんて!」
笑顔で死んじゃうなんて言うもんじゃないよ、お嬢さん。
僕の中のおじさんな部分が顔を出す。いつ馬から椅子に話が飛んだんだ。
話の断片を繋ぎ合わせたところ、どうやら座った人が死んでしまう呪われた椅子があるらしい。実におっかない。眉唾ものすぎるが、実際に持ち主から始まって、それに座った色んな人が次々と不幸な死を遂げたのだとか。
絶好調、独壇場。オカルト少女、アビゲイルの本領発揮だ。
「そういう品は、やはり悪魔の呪いを受けているのだろうか」
何より恐ろしいのは、今まで黙り込んでいたバグショー署長が難しい顔で話に参加していたことだ。
喋る事もできたんですね、署長。警察署長が真顔で悪魔の仕業だなんて言うもんじゃないですよ。
いや、待ってよ。この人は、何度か事件を悪魔の仕業だと言い張っていた。
見立て殺人は、事ある事にひっかかっていたし……そのスピリチュアルを信じる純粋な心が彼の命を救っていたから、一概に悪いとも言いきれないのだけれど。
「死神の、処刑椅子、かもしれませんね」
ボソリとシスター・ナンシーが口を開き、隣に座っていたキャロライン夫人が「まぁ恐ろしい」と呟いた。
分かる。美人がうつむき加減、しかも無表情でボソッと言うと迫力あるよね。僕も鳥肌たったよキャロライン夫人。でも安心して、シスターのあの目は「なら、とりあえず粉砕しておけば人死には出ませんね」って考えている時の目だから。
「そういえば話は変わりますけれど、先日、私の古い知り合いがロンドンの教会で死神を見たと言って怯えておりましたわ」
マザー・エルンコットが怖い話に参戦してきた。聖職者も怖い話大丈夫なの!? そういうの「不謹慎ですよ」って諌める立場じゃないの!?
「死神は、教会に入れますのね」
興味津々で食いついたアビゲイル。彼女はしまったという表情で顔をしかめると、すぐさま上目遣いで僕を見上げた。
「リチャード様、そんな死神がいるなんて恐ろしくて眠れませんわ。やはり鎌を持った気味の悪い骸骨の姿で現れるのかしら?」
「あーうん、そうかもねー」
さっきまで彼女が「ケルピーが好みそうな内臓ランキング」を本気で考察していなければ、僕はすがりつく彼女の潤んだ瞳を本気で心配していたと思う。
「それで、その死神を見たお知り合いというのは」
「ああ、彼女ならピンピンしておりますよ。もしかして、『死神』を見たというのは彼女の比喩表現で、シスター・ケイトリンは、あら嫌だ、私としたことが。彼女は、彼女にとって何か、恐ろしいものを見たのかもしれませんね」
「ンむッ!?」
マザーの話を聞いたバグショー署長もふむ、と興味を示していた。
デザートとして運ばれて来た苺とクリームをすくって口に運んでいたが、味なんて分かる筈も無い。無心で咀嚼していたところに、聞いた事のある名前を不意打ちでぶっこまれたのだ。
「大丈夫ですか。ライン卿」
不意打ちをかましてきたマザーは柔和な表情でおっとりと訊ねてくる。
この婆ちゃん、おそらく僕がシスターの所に行っていると知っている。シスター・ケイトリンに相談でもされたのか?
「……ご心配なく」
人を食べる馬、座ると死ぬ椅子、ロンドンに現れる死神。
今まで出た怖い話が晩餐会の出席者について暗喩しているのだとすれば、この流れは非常にマズイ。
例えられた三名が死ぬ確率、ぶっちゃけ高い。




